23.三番勝負

 ミリアーネとサリアの傷も癒え、今日から訓練に復帰できることになった。その日の朝食の席上、エルフィラが言った。


「今日から1人、新しく隊に加わる人がいるんですって」


「え、誰?」


 興味津々のミリアーネとサリア。だが、それ以上の情報はエルフィラも知らないのだった。


「それがわからないの。昨日の訓練の終了間際に、隊長がいきなり言い出してそれっきり」


「どんな人だろう。騎士道物語好きな人だといいなあ」


「嫌だよそんな人。イケメン騎士がいい。そして甘酸っぱい恋が始まって……」


「恋愛脳のサリアが嬉しいだけじゃん、それ」


「それだったら私は、一緒に百合談義できる方が」


 3人の期待がそれぞれ膨らんでいく。





「ミリアーネ、サリア、無事に復帰できて何よりだ。初戦果を上げられたこと、隊長の私もうれしく、また誇らしく思う」


「まあそれほどでもありますね」


 ドヤ顔のミリアーネを無視してベアトリゼ隊長の訓示は続く。


「しかし、もっと訓練をしていれば怪我をすることもなかったのではないか、と思うと、私は残念でならない。よって今日からまたみっちり稽古つけてやるから覚悟しろ」


 サリアが小声で、隣のエルフィラに言った。


「なんか隊長の話って結論いつも同じだよな」


「『訓練』と『覚悟しろ』ってキーワード絶対入ってるわよね」


 そしていよいよ3人にとっての本題が始まった。


「今日はもう一つ話がある。訓練以前の問題として、そもそも我が隊は所属騎士の数が絶対的に少ないのではないかと思い、新規に一人加えることにした。おい、自己紹介しろ」


 その言葉とともにベアトリゼ隊長の後ろから現れたのは、どこかで見た銀髪のちんちくりんである。こちらもミリアーネに負けず劣らずのドヤ顔で名乗るのだった。


「ユスティーヌという。以後よろしく頼む!」


「ちょっと待った!」

「異議あり!異議あり!」


 ミリアーネとサリアが叫びだしたので、隊長は驚いて2人を見た。サリアが抗議する。


「新しい人が加わるって聞いて期待してたら、こいつユスティーヌじゃないですか!」


「ユスティーヌと名乗ったんだからユスティーヌだろう」


 ミリアーネはエルフィラに尋ねた。


「ユスティーヌじゃないユスティーヌって存在するのかな?」


「哲学的ね」


 2人の的外れな会話を聞き流し、サリアはじれったそうに抗弁する。


「ユスティーヌはユスティーヌですけど、そうじゃなくてですね……。私が言いたいのは、コイツと一緒の隊なんて嫌だということです。態度デカいし、派閥争い大好きっ子だし、挙げ句の果てに下僕になれとか言ってくるし」


「私もそこまでは言ってない。あとコイツって呼ぶでない」


 抗議するユスティーヌ。ベアトリゼ隊長は無頓着に言う。


「我が隊の戦力が増強されるのであれば、貴様らの関係が主人と下僕だろうと、主人と奴隷だろうと一向にかまわん」


 隊長の暴論にサリアは開いた口がふさがらない。代わってミリアーネが口を開く。


「隊長、ユスティーヌは戦力として期待できないです。こないだ同期のオフェリアさんに手も足も出ずコテンパンにされてました。そこら辺の野良犬でも加えた方がまだ戦力になります。あと負けキャラだから、関わると碌なこと無い」


 ベアトリゼ隊長は傍らのユスティーヌに向かって言った。


「お前、同期からの人望が絶望的に無いな」


「私の才能に嫉妬しているからです」


 ドヤ顔を崩さないユスティーヌに、サリアが言う。


「そういうところを直せって言ってんの!」




 このままでは埒が明かないとみたベアトリゼ隊長は宣言した。


「よし、ではこれから貴様ら3人、ユスティーヌとそれぞれ試合をしてもらう。ミリアーネの言うことが本当なら、3人ともユスティーヌに余裕で勝てるはずだ。そうなったら入隊は諦めてもらう。逆に1人でも負けたら、入隊を認めろ。いいな?」


「いいですよ!絶対負けないもんね!」


「負けられない戦い――――あの夜以来だな」


 一気に士気が上がるミリアーネとサリア。それを見てため息をつくベアトリゼ隊長。


「そのやる気を、訓練でも出してくれたらいいのだが」





 一戦目はユスティーヌと、「元・ライバルヒロインとモブキャラ、どっちが強いか勝負だね!」と意気込むミリアーネ。開始早々、ミリアーネが苦も無く勝った。


「元・ライバルヒロインに勝つってことは、私モブキャラじゃないんじゃないかな?」


 二戦目はユスティーヌと、「その鼻っ柱をへし折ってやる」と豪語するサリアで、これもサリアが圧勝した。


「この程度で私を奴隷にしようなんて、片腹痛いわ」


「だから、そんなこと言ってない……」


 2人との実力差を見せつけられる形になったユスティーヌは半分涙目である。




 残すところはエルフィラのみ。2人はもう大盛り上がり、エルフィラ頑張れ!の大合唱。しかしエルフィラは、わざと負けることを決めていた。

 ユスティーヌの態度が鼻につかないではなかったが、エルフィラはそれ以上に彼女に内心同情を寄せていた。半分自業自得とはいえ仲間から孤立する様が、ミリアーネとサリアと仲良くなる前の自分の姿に重なって見えるのだった。


(ごめんね、2人とも。でも性格はベアトリゼ隊長の指導でそのうち改まるだろうし、大丈夫でしょう)


 だがわざと負けるにしても、八百長だとバレないようにしなくてはならない。エルフィラは適当に攻撃を繰り出すことにして、スピードの乗らない突きを放った。これをユスティーヌが避けて、エルフィラの伸びきった腕に小手を入れてくれれば、彼女は晴れて仲間である。

 が、どうしたことかユスティーヌは避けない。突きが彼女の胴にまともに入ってしまった。大歓声を上げるミリアーネとサリアをよそに、エルフィラはうずくまったユスティーヌに駆け寄る。


「ちょっと、大丈夫!?なんで避けないのよ!?」


「避けられるか、あんなもの!」


 苦しそうなユスティーヌ。エルフィラは思った。この子、実力はちょっと、いや、かなり……

 2人も寄ってきて、ミリアーネが慰め顔で言葉をかけた。


「今回はダメだけど、その高慢ちきな態度を直してからまた来なよ」


「どうしてもダメか……?私を受け入れてくれそうな人、おぬしら以外にいないんじゃ……」


 悄然と呟くユスティーヌを見て、エルフィラは決心した。


「ねえ2人とも。入れてあげましょうよ」


「ええ!?なんでえ!?」


 驚く2人に、エルフィラは先ほど考えていたことを説明する。騎士団に入った当初、孤独だった自分には今のユスティーヌが他人事とは思えない。


「孤独ってとてもつらいことなの……。横風な性格は直すべきだと思うけれど、そこは私が責任を持つわ。だから、ね?」


「エルフィラが言うなら、まあ……」


 エルフィラにそこまで言われると、2人とも認めざるを得ない。ユスティーヌの顔が明るくなる。


「本当か!エルフィラ、恩に着る!私が騎士団長になった暁には、副団長にしてやるぞ!」


 途端にエルフィラが烈火のごとく怒り出す。


「だから、そういうのがダメなんだってなんでわからないの!?そういう傲慢な発言、次から鉄拳制裁だからね!あなたの性格矯正は私が責任持つって言っちゃったんだから!」


 半泣きになって謝るユスティーヌを見ながら、ミリアーネとサリアは身を震わせている。


「エルフィラさん、怖っ……」

「うん、エルフィラは怒らせちゃダメだな……」


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