5.モブキャラの訓練(平日)
騎士団の訓練所。いつも騎士たちが鍛錬に精を出している。
ある日、そろそろ訓練の時間が終わろうという頃になって教官役の騎士が酔狂なことを思いつき、今年の新入団員で総当たり戦をやってみろと言った。誰が一番剣が立つのか見極めてやるから。
新入団員たちは皆一様に「それはエルブラッドだからもう訓練終わりにしてください」と思ったが、教官役の指示だから従わなくてはならぬ。始めてみると予想通り、エルブラッドの勢いが圧倒的で、大多数の新入団員は剣を合わせる前に一撃で沈められる。サリアとエルフィラも手もなく負けた。ちなみにエルフィラはサリアにも負けた。
「サリアに負けるのはちょっとマズいよ~?騎士団最弱の称号が手に入っちゃうよ~?」
ミリアーネはエルフィラをおびえさせて楽しんでいる。サリアは真っ赤になって、
「やかましい、何がマズいんだ!ほら、そろそろミリアーネがエルブラッドさんと当たる番だぞ。下らんこと言ってないで身体を温めておけ」
それに対し、ミリアーネはあっさりと言った。
「まあモブキャラの私が主人公に勝てるわけないんだけどね」
サリアは(ここでもその話するのか)と思った。エルフィラも言う。
「最初から負ける気でいるのはよくないわよ?」
「でも、さっきヒロインとライバルヒロインの2人もあっさり負けてたじゃん。これでモブキャラが勝つなんて番狂わせ、騎士道物語ではあり得ないんだよね」
呆れているサリアとキョトンとしているエルフィラを尻目に、ミリアーネは言葉を継いだ。
「だが、私にも意地がある!他のモブたちのように剣を合わせる前に一撃で負けるのではなく、1回は剣を合わせてから負けてみせよう!」
◆
2人は対峙した。
ミリアーネは剣を中段に構え、エルブラッドの一撃を待ち受ける。一撃でも受け止めれば、一撃すら受け止められなかった大多数のモブより技量があるということになるのだ。そうしたら、しばらくはサリアとエルフィラに尊敬の目を向けられるだろう。特に最近のサリアは、なぜか知らないが私のことをおかしな人間扱いして軽んじる傾向がある。困ったことだ。
エルブラッドの構えは上段、じりじり間合いを詰めてくる。ミリアーネは動かない。
そしてあと数歩の距離に迫ったとき、エルブラッドはいきなり模造剣を上段から振り下ろした。
見切った、と思うのと手が動くのとが一緒で、二つの剣はフィーラウラの頭上数センチのところで止まる。受けきった、と思う間もなく、エルブラッドの右手が繰り出す二撃目がミリアーネの左から弧を引いて唸る。これを後ろに跳んで躱すと、胴の真ん中を狙って突きが放たれた。これも剣を上から叩いて払うと、エルブラッドの伸び切った手に隙が生まれた。
(もらった!)
剣を振り下ろそうとしたが、エルブラッドが剣を引いて四撃目を繰り出す方がわずかに早かった。左の二の腕に鈍痛が走った。
審判がエルブラッドの勝ちを宣言した。
◆
その夜の浴場。3人は湯舟に浸かりながら今日の模擬戦について話していた。
「ミリアーネの二の腕、内出血起こして凄い色になってるわ。痛そう……」
エルフィラが心配するも、ミリアーネは患部の様子にまったく頓着なく、
「それよりさ、今日の私の活躍見たでしょ?エルブラッドさんの攻撃を3回も受けきったの」
「その話これで4回目だぞ。あと何回聞けばいいんだ」
ミリアーネの自慢は止む気配がない。自分をモブと認識している彼女にとって、結局は負けたものの、主人公と3回は渡り合えたというのが誇らしくて仕方がない。
「負けてここまで喜ぶ人初めて見たわ。それより早くお風呂上がって薬塗りましょう、私良い塗り薬持ってるから。ミリアーネけっこう肌白いのに跡残ったらもったいないわ」
ミリアーネはエルフィラの心配も耳に入らない。
「試合の後にエルブラッドさんが寄ってきて、『なかなか強いね』って言うわけ。私の剣も主人公さんに認められるレベルってことだよね。そこで私はこう言って————」
今でも何かの折に、ミリアーネはこの日の自慢話をする。するとサリアはこう返すのがお約束になっている。
「私その話聞き過ぎて、ミリアーネとエルブラッドさんの一挙手一投足再現できるぞ」
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