6.モブキャラの訓練(休日)
休日。訓練も公務も無い、平和な一日。
サリアはベッドで仰向けになり、顔と手だけを出して夢中で恋愛小説を読んでいた。敵国に捕らわれてしまった王女と、密かに王女を恋し、単身敵国に潜入する騎士。2人の運命はどうなってしまうのか。ページを繰る手が止まらない。
窓からの光がサリアの顔を照らす。平日であればとっくに朝食を済ませ、訓練でもしている時間帯だ。それが今日は、ベッドから出もせずこうして好きな恋愛小説を読んでいられるのだ。なんという幸せ。なんという至福の時。
至福の時は唐突に終わった。頭の上から声がかかった。
「また恋愛小説読んでる。騎士道物語読んで、死亡パターン研究した方が有意義だよ」
声の主はほぼ予想できたが、一応確認のため本を視界から除いて上を見ると、やっぱり予想通りの顔があったので、身体を横にして読書を続けようとした。
「無視しないでよ!今日は一緒に自主練するって約束したじゃん!」
なぜ目はつぶることができるのに耳はつぶることができないんだろう、とサリアは思った。耳をつぶることができたら人間はもっと幸せになれるのに。そもそも自主練の約束をしただろうか。まったく記憶に無い。本から目を離さず、
「いつそんな約束したっけ」
ミリアーネはぷりぷりしながら、
「昨日だよ!夕食の時に言った!」
最近はミリアーネの話に適当な相槌ばかり打っていたので、知らぬ間に約束してしまったに違いない。今度からもう少し真面目に話を聞くか。しかしミリアーネの話は真面目に聞きすぎると頭がおかしくなる。そして今日はベッドから出たくない。
「悪いが急用ができた。自主練はまた今度にしてくれ」
ミリアーネはぷぷぷと笑いながら、
「休養が急用ってね」
沈黙。
正攻法ではサリアが起き上がる気配がないことを見て取ると、ミリアーネは次の手段に移る。今までのつきあいで、彼女の弱点はもう分かっている。机の引出を勝手に開けると、
「サリア、机の中いろいろ可愛い物があるよね。あ、熊のぬいぐるみがある。いつも真面目なサリアが可愛い物好きってこと、ギャップがあっていいと思うよ?」
サリアはベッドから跳ね起きて叫んだ。
「勝手に見るんじゃない!なんたる屈辱……!」
「サリアが起きるのを待つあいだ、引出を勝手に見るくらいしかすることないからな~」
「わかったわかった!5分で支度するから、廊下で待っていろ!」
廊下を歩きながら、サリアはミリアーネに今日の自主練内容を尋ねた。ランニング?筋トレ?剣術?
「せっかくの休日だから、普段はできない自主練をしよう。今日はモブキャラの死亡フラグを回避する練習だよ」
「帰る」
踵を返すサリアの袖をミリアーネは慌てて掴み、
「待って!せめて1回はやろう、1回は。ほら、ここにうってつけの倉庫がある」
そう言って立ち止まったのは、なんの変哲もない倉庫の前である。
「はい、ここからが訓練です。それではサリアくん、戦死しないように倉庫の扉を開けてみたまえ」
何のことやらわからず、サリアが倉庫の扉を押すと、ミリアーネが大きな声を出した。
「危ない!これが騎士道物語だったら戦死してたよ。今のはモブキャラ死亡パターンの42番目、『不用意に開けた扉から敵が飛び出してきて斬られる』だね」
そして正解を見せてあげようと言い、扉の脇に片膝立てて座り、剣を抜いた鞘を扉に押し当ててゆっくりゆっくり開けていく。
「こうすることで、中に不審者がいないか確認しながら開けられるし、敵が飛び出してきてもすぐ臨戦態勢に移れる」
騎士団員が不審な目で2人を見ながらすぐ側を通っていった。そんな目にもミリアーネはまったく臆せず話し続ける。
「騎士道物語マスターの私はモブキャラ死亡パターンを76通りに分類したのだ。あ、おととい読んだものは新しいパターンだったから、77通りか。そして回避方法も77通り考えた。どうだ、すごいだろう!」
サリアは頭が痛くなってきた。
その後も、窓が少し開いているのを見て毒矢が飛んでくるパターンだとか、床が変色しているのを見て床下に敵が潜んでいるパターンだとか、自主練は夕方まで続いた。
◆
今日も食堂ではサリアとミリアーネとエルフィラが夕食をとっている。街に出て買い物を楽しんできたエルフィラが心配そうに尋ねた。
「サリア、あなた休日だっていうのに、平日より疲れた顔してない?」
「ミリアーネの被害妄想に一日中付き合わされた」
げっそりした顔をして答えるサリアに対して、ミリアーネは口をとがらせて抗議する。
「有意義な練習だったじゃん。死亡パターンと回避法の1/4は伝授できたし。そうだ、今度はエルフィラも一緒にやろうよ」
「エルフィラ、頭がおかしくなるから断った方がいい。私はお先に。今はとにかく寝たい」
そして食器を片付けに席を立った。
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