19.物語を作る

 エルフィラの実家から帰ってきた報告をする3人に向かって、ベアトリゼ隊長は言ったのだった。


「リフレッシュはできたか?そうか。では明日から、はりきって任務に取り組めるな」




 というわけで、今夜も隊長以外の3人は内心ブーブー言いながら市場の警備をしている。市場の夜間警備はもう3夜連続。いま、ミリアーネは1人で詰所にいて、残りの3人がそれぞれ市場内を警備している。


(あー、暇だ……)


 詰所の椅子に深く座ったミリアーネは、思わず心の中で独り言。前に昼間の警備をしたときにサリアとミリアーネの買い食い未遂がバレてから、「貴様らは2人以上でつるむとロクなことをしない」と言われ、1人行動が原則にされてしまったのだった。その代わりに小さな笛を渡され、何か異常があったときに吹けば皆が駆け付けることになっている。

 この任務の主目的はいまだ勢力の衰えない白の盗賊団対策のものだが、夜の市場は店が閉まっているから盗賊が狙うとも思えない。だからミリアーネの緊張も緩みきって、さっきからあくびばかりしている。詰所にいる人間は市場の入口を見張る、という目的があるのだが、外は真っ暗闇。


(隊長、せめて昼間の任務にしてくれてたらなぁ……)


 ミリアーネの手元にはろうそくランタンが1つだけ。昼間であればサボって好きな本でも読めるのに、ランタン1つしか無い今はそれも難しい。明るさが足りないし、何より光に引き寄せられて虫が飛んでくるから、あまりランタンに近付きたくない。サリアとエルフィラも今頃あくびしながら市場を回ってるんだろうな、と思いながら、ミリアーネは時間を潰す作業を始めることにした。


 この3日間、ミリアーネは自分の騎士道物語のストーリーや設定を考えることにしていた。騎士道物語ファンの自分が書いたら世紀の傑作が出来上がるのでは?という自惚れから、ちょうどいい暇つぶしとして始めたのだが、これが意外に難しい。まずストーリーの大枠を決めようとしても、どこかで読んだようなものになってしまう。自分がモブキャラという自覚があるからこそ、創作では主人公になって敵をなぎ倒していきたいと思うのだが、主人公無双の小説は既にごまんとあるのだった。


(幼少期に弱い弱いってバカにされていた主人公が、実は世界を滅ぼすほどの力の保有者で、成長するにつれて……ダメだ、この設定はもう飽きるほど読んだよ)


(開幕直後にドラゴンを仲間にして、それで無双しよう!……でも、そんなストーリーの物語を以前読んだような……ていうか、それ主人公じゃなくてドラゴンが強いだけじゃん!)


 早くもストーリーの創作に行き詰まり、キャラクターを考えてみることにした。


(前にサリアに提案したみたいに、ニヒルなやれやれ系はどうかな?で、エルフィラに提案したみたいな高飛車お嬢様がやられ役。うーん、陳腐すぎる……)


(自分の実力の高さを自覚していない、無自覚系天然キャラ!でもこれ、やりすぎると鼻について嫌味なんだよね)


 結局、ミリアーネの頭からはどうやってもありきたりな設定しか浮かび上がってこないのだった。自分の想像力の無さにため息をつき、そしてあまりの暇さに、ついウトウトし始めた。




 外で、こちらに近付いてくる足音がする。次の交代はベアトリゼ隊長だから、ウトウトしているのを見つかったら鉄拳制裁である。ミリアーネの五感は、自分に危機が迫っているときだけは鋭くなる。すぐに足音を聞きつけ、剣とランタンを引っ掴んで詰所の外に飛び出した。


「隊長、お疲れ様です!ちゃんと見張ってましたが異常無しです。オリジナルストーリーなんか考えてないですよ。ましてや居眠りなんかしてないです」


 自分の落ち度を逐一報告しているようなものだが、寝ぼけているうえに慌てているミリアーネはそれに気付かない。そして言い終わってからそれに気付き、(あ、やってしまった)と思って鉄拳が飛んでくるのを覚悟した。




 飛んできたのは剣の一振りだった。反射的に右に飛んでよけ、青ざめながら抗議した。


「隊長、いくらなんでも冗談が……」


 そこで言葉を失った。彼女が持ったランタンに照らし出され、ぼうっと浮かび上がる姿は、頭からつま先まで全身白ずくめ。話に聞く、白の盗賊団の格好そのままだった。

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