18.エルフィラの実家 ②
次の日の朝食でも、昨日の夕食と同じようなことが繰り返された。ねえサリア、これはどう食べるのが正しいの?私も知らん。サリア、この食器どう使うの?私もわからん!
だから朝食後、エルフィラが2人を川遊びに誘ったときも、2人はそんなことよりテーブルマナーを教えてくれと頼んだのだった。エルフィラはそんなの気にする必要ない、おいしく食べてくれたらそれで良い、と優しいことを言うのだが、2人は納得しなかった。
「娘はテーブルマナーも知らんような猿と仲良くしてるのか、ってご両親に思われたらエルフィラも嫌でしょ?」
エルフィラはそれは杞憂が過ぎると説明したのだが、2人があまりにも必死に頼み込むので教えることにした。その日は昼食、ティータイムと、食事のたびに見たことのない料理が出てくるから、食事が終わるとすぐに2人がエルフィラに正しい食べ方の説明を求める。結局、エルフィラのテーブルマナー講座で一日が終わった。
「よし、これだけ学んだら大丈夫。今日の夕食は自信をもって食べられるよ!」
「うん、今日だけでいっきに猿から文明人に進歩した気がするな」
満足顔の2人の脇で、エルフィラだけが不満そう。
「明日こそ、川遊びに付き合ってもらうわよ」
実際、その日の夕食は2人とも昨日と比べて格段に洗練された作法でいただくことができた。いちいちマナーを気にしておどおどすることもなくなったから、料理をじっくり味わうことができる。
(よしよし、いい感じ。これでいつ貴族に叙勲されても恥ずかしくない)
見分不相応な妄想をするミリアーネ。ご両親は今日も上機嫌でいろいろ話していたが、お父上が急に思いついて提案した。
「そうだ、夕食後にみんなでダンスをしないかい?」
2人は凍ってしまった。サリアは一応騎士の家だから親から初歩の初歩を教わったことはあるが、貴族のお相手をできるとは到底思えない。ミリアーネはさらにひどく、知っているダンスといったら地元の夏祭りでやるような芋っぽい踊りだけである。貴族の家でするようなダンスは何一つ知らない。2人も必死に辞退したが、分からないなら私たちが教えてあげるから、ということでダンスパーティが始まってしまった。ミリアーネはエルフィラがエスコートしてくれたが、エルフィラの足を踏んだり自分の足に躓いて転んだり、それはもうひどいものである。
次の日にエルフィラのダンス講座が始まったのは言うまでもない。
「娘はダンスも踊れんようなブタと仲良くしてるのか、ってご両親に思われたらエルフィラも嫌でしょ?」
「そんなことないから!あなたたち私の家に何しに来たのよ!」
いくらエルフィラが言っても2人は聞く耳を持たない。その日も、ダンスの基礎を覚えるだけで日が暮れた。
「よし、今日のダンスパーティーでは、とりあえず転ばずには踊れそう」
「うん、ブタからイノシシに進歩したくらいの気はするな」
「それ退化してない?」
ゲラゲラ笑う2人をよそに、一日中先生役をしてげっそり疲れたエルフィラが言った。
「明日は帰る日なのに、まだ何もしてないじゃない……」
予想に反して、その日は夕食後のダンスはなかった。その代わり、2人はお父上の部屋に呼ばれた。ああ、お前らのようなマナーのなってないブタは今後娘に近付くことまかりならん、って言われるんだ、と思ったがもうどうにもならない。恐る恐る部屋に入り、身を縮めてお父上と向かい合った。
「娘は、ああ見えて体が弱くてな」
いや、どこからどう見ても体は強くないです、と2人は心の中でつっこんだが、口には出さなかった。
「昨日も言ったが、それが騎士になると言い出したときは本当に驚いた。貴族のあり方に疑問を持っていたらしいんだがね」
そこら辺の事情は、2人とも直接本人から聞いていたので知っている。
「騎士団に入ってからしばらくの間も、あまり周りとなじめなかったらしい。だけど、君たちと仲良くなってから毎日が充実している、と手紙で書いてくるようになったよ。私からも礼を言いたくて、それでこの部屋まで呼んだんだ」
「いや、私たちもエルフィラといると楽しいんでお互い様というかなんというか」
「訓練も厳しいらしいが、3人でいると頑張れると言っている。実際のところ、どうなんだい?訓練はそんなに厳しいのかい?」
「はい、私たちの上官が鬼のような人で、訓練は鬼のように厳しいです。最初の頃のエルフィラはゲロ吐いてましたし」
「こら、ゲロなんて汚い言葉を使うんじゃないよ」
ミリアーネをたしなめながら、サリアは思った。次は、エルフィラのお上品な言葉講座が必要だな。
ミリアーネは頓着せずに話し続ける。
「でも、最近はそんなことなくなりました。上官がついてから、一番成長したのはエルフィラだと思います」
「私もそう思います。体力だけじゃなくて、精神的な面でも。こないだも、とあることで悩んでいたようなんですが、自分で克服していました」
お父上は満足そうに笑いながら、
「謙遜しなくていいよ。君たちがずいぶん助けてくれたと聞いている。娘が君たちと出会えてよかったと、心から思っているよ。これからもどうか、エルフィラと仲良くしてやってくれ」
「もちろんです。私たち3人揃えば無敵ですから!」
ミリアーネが自信満々で宣言した。
次の日、たくさんのお土産を持って、3日前に来た道を戻る3人。
「川遊びも山登りも、何もできなかったじゃない!」
ぷりぷりするエルフィラをなだめる2人。
「ごめん。マナーもなってない友人とはつきあうんじゃない、ってご両親がエルフィラに命じちゃうんじゃないかって心配だったの。ご両親があんなにいい人だとは思わなくて……」
「両親はそんなこと気にしないって、何回も言ったでしょ!」
「ごめんなさい、その通りです……。でもおいしいものを食べるっていう目的はありがたく達成させていただいたし、テーブルマナーとダンスの知識が増えたので、私にとっては有意義だったと思います、はい」
思わず敬語になってしまうサリア。それを見たエルフィラは吹き出して、ちょっといたずらな顔になって言った。
「じゃあ、次のお休み、街へ買い物に行くのにつきあってくれたら許してあげるわ」
「そんなことでいいの?お嬢は天使なの?」
3人とも、明日からの訓練もこの3人でなら頑張れると思った。
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