17.エルフィラの実家 ①

 首都を出ると一面に広がる草原、遠くに見える緑の山々。街の中では見られない光景に、3人の心も伸びやかになっていくような気がする。

 もらった休暇は4日。首都からエルフィラの実家までまる一日かかるから、滞在できるのは実質2日間だ。しかしそれでも、3人は楽しみで仕方がない。少しでも早く着こうと、無意識に足が速くなる。


「隊長が心配してたみたいにさ、道中で盗賊が出てきて、それを返り討ちにしたらいかにも主人公キャラっぽいと思わない?」


 ミリアーネは期待に胸膨らませていたが当然そんなことは起こるはずもなく、その日の夕方にはエルフィラの実家である城館に無事着いた。男爵家だから他の貴族に比べたら小さめの城館だが、貴族の出ではないサリアやミリアーネからしたら充分すぎるほどの大きさだ。大きさに圧倒され、ひょっとして自分たちは身分違いの場所に来てしまったのでは?という懸念が今更ながら2人の中で頭をもたげてくる。


「私だけ平民出身だから追い返されるってことないよね?」


「持参した手土産のお菓子、こんな安っぽいもので良かったのかな……」


 思い思いの心配をする2人を、エルフィラが笑った。


「そんなこと気にする両親じゃないから大丈夫よ。早く中入りましょう?」


 中に入ると言っても、まずは門を開けてもらうところから始まる。門番に声をかけて開けてもらい、門番の案内で庭を通ってしばらく歩くと、ようやく館の玄関だ。玄関を開けると、フカフカの絨毯が敷かれており、大勢の使用人が出迎えている。その光景に、2人は目を見張るばかり。


「この絨毯、土足で踏んでいいんだよね?」


 とは、実家にある擦れきったボロボロ絨毯しか踏んだことのないサリアの弁。


「執事さんって初めて見たよ」


 とは、それを本の中でしか読んだことのないミリアーネ。




 やがてエルフィラの両親が笑顔で現れた。お母上はエルフィラ似で、エルフィラと同じく金髪が美しい。お父上は豪快な印象。四角い顔に長いあごひげを生やし、がっしりした体躯。


「お父様、お母様、ただいま戻りました」


「よく戻ってきたな。ゆっくり休んでいくがいい」


 エルフィラから紹介を受けたサリアとミリアーネも挨拶する。


「初めまして。しばらくお世話になります。これはつまらない゛っ……」


 ものですが、と言おうとして噛んだ。しかしお父上は全然気にしておらず、手土産を笑顔で受け取りながら、優しく言った。


「3人とも、まる一日歩いて疲れたろう。すぐに夕食にしよう」




 食事も、2人にとっては目新しいものばかりだ。テーブルマナーで恥をかいてお里が知れてはいけないと、ガチガチになりながらナイフとフォークを動かす。困り切ったミリアーネは隣に座るサリアに耳打ちする。


「このゼリーみたいなの、どうやって食べるの?一口でいくの?それとも切るの?」


 サリアだって初めて見る料理だからわからない。エルフィラが隣に座っていたらこっそり聞けるのに、彼女は向かいに座ってしまっている。


「恥ずかしいけど私もわからない……」


 そんなことをささやきあっているうちにパンが運ばれてきた。騎士団食堂の冷たくてパサパサのものとは違う、フワフワであつあつのパンだ。食堂ではパンにバターをベタベタ塗ってそのまま口に運んでいるから、こういうときの正しい食べ方がわからない。ミリアーネはもう泣きそうになって、


「パンの正式な食べ方は?ちぎるんだっけ、ナイフで切るんだっけ?」


「ナイフで切るのはありえないだろ、と言いたいが私も自信がなくなってきた。エルフィラの食べ方を見るんだ」


 エルフィラを凝視する2人。彼女は2人の視線に気付いて、にっこり笑った。


「2人とも私をじっと見て、どうしたの?」


 テーブルマナーがわかりませんとは言えないから、サリアが適当にごまかす。


「いや、エルフィラがおいしそうに食べてるなあって」


 エルフィラは恥じらいながら、いやだ恥ずかしいとか、乙女のようなことを言う。サリアは愛想笑いをしながら、


(違う、そうじゃないなんだ。気付いてくれ……かわいいけど……)


 彼女は後悔していた。今までろくすっぽテーブルマナーを勉強してこなかったことに。ミリアーネですらこう思った。


(しばらくの間、騎士道物語読む時間削って礼儀作法の勉強しよう……)




 お父上は2人がテーブルマナーに四苦八苦する様子にはまったく頓着せずに話している。


「娘が騎士になると言い出したときは驚いたがね。だがお2人のおかげでなかなか楽しくやっていけてるようで、安心したよ」


 エルフィラはまたも恥じらいながら、いやだわお父様とか言っている。2人は今まで話した貴族なんてエルフィラと同期のユスティーヌくらいしかいないから、何か失礼があってはいけないと思ってなかなか口を開くことができない。


「君たちは、どうして騎士に?」


 お父上はとうとう禁断の質問をしてしまった。サリアは自分の迂闊さを悔いた。友人のご両親に会う以上、この手の質問は予期しておくべきであった。そうしたら、ミリアーネに釘をさしておくことができたのに。

 いま、サリアの頭の中には最悪の未来が描かれていた。空気の読めないミリアーネはいつも通り、


「騎士道物語を読んで、自分にも異能力が発現するかもしれないと思いました」


 などと答えるだろう。するとお父上が言う。


「かわいい娘よ、おまえはこんな妄想狂と交流しているのか。このままではお前の頭までおかしくなってしまう。騎士団など即刻辞めて、ここに戻ってきなさい」


 そしてエルフィラは2人の前から永久に姿を消してしまう。悲しすぎる。

 いつまでも黙っているわけにいかないので、サリアは自分の理由を答え、祈るような気持ちでミリアーネを見た。(頼むから、いつものような頭の悪い話はしないでくれ……!)

 しかし、彼女がサリアの期待に応えることは皆無である。今回もそうだ。


「騎士道物語を読んで、異能力で敵を倒す騎士に憧れまして――」


 というお得意の弁舌を始めてしまった。こんなこと前にもあったな、と思いつつ、サリアはミリアーネの話を止めるためにテーブルの下で足を何回も蹴った。が、これも前回同様、この状態になったミリアーネは自分に何が起ころうと気にしない。たとえ暴漢に殴り倒されても気付かず喋り続けるのではないか、という気味悪ささえある。とうとう最後まで話してしまった。

 サリアは次にお父上の口から発せられる言葉をビクビクしながら待った。しかしそれは意外にも笑い声だった。


「ハハハ、なかなか面白い人だね。エルフィラが手紙で言っていた通りだよ」




 食事後、サリアとミリアーネはメイドさんに来客用の寝室に案内してもらった。豪華な調度にフカフカのベッドで、騎士団宿舎では絶対に味わえない生活だ。さっそくベッドに潜り込んだミリアーネは興奮しながら、


「このベッド、なんだか体が沈み込んでいくみたい!初めての感覚だ」


「メイドさんの前でやめろよ、恥ずかしいな」


 メイドさんは笑いをこらえながら、


「では、私は次の間で控えておりますので。ご用がありましたらなんなりと」


 サリアはともかくミリアーネはこんな待遇に慣れていないから、慌てて言った。


「いや、夜中のトイレなら一人で行けますから。ちゃんと寝てもらって大丈夫です」


 ついに吹き出してしまったメイドさんに驚いて、首をかしげるミリアーネ。サリアはため息をつきながら、


「ご用っていうのは用足しのことじゃないぞ」

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