16.夏だからしたいこと

 夏真っ盛り。夕食時の食堂では、そこかしこで騎士達が最近の暑さについて愚痴をこぼしている。


「サリア、食欲無いの?」


 サリアの食が進んでいないことを見て、ミリアーネが声をかけた。


「そうかもしれない。なんか、ここの食事飽きてこない?毎日毎日同じで」


 夕食はほぼ毎回決まってパン、スープ、メインのお皿の構成。追加の料理や果物、デザートもあるが、それらは別途お金を払う必要があり、入団一年目で給料も最低ランクのサリアたちでは、いつもできる贅沢ではない。ランクが高く、高給取りの騎士たちは街のレストランまで食事に行ったりしているが、今のサリアたちには夢のまた夢である。


「このスープ、朝食と昼食に出たサラダの余りを適当にぶち込んだだけだろ?切り方同じだし萎びてるし。メインも魚ばっかり。たまには豚や牛が食べたいよ」


 今まで溜めていたものがあったようで、サリアの不満が一気に出てきた。エルフィラが提案する。


「デザートを買って、食事に変化をつけてみたら?」


「前に計算してみたんだけど、デザート1個が給料の2時間分に当たるんだよ。2時間がわずか2,3口で終わると知ってから、むなしくなってデザートは買えなくなった」


「そういう計算してると、人生が味気なくなるから止めた方が良いって父が言ってたわ」


「私は別に不満ないけどな」


 とミリアーネ。


「実家もこんな感じだったし。それに私、どんなひどい食事でも生きていける自信がある!騎士道本買いすぎてお金無くなったとき、2週間ヒヨコマメだけで生きたことあるよ。オナラが止まらなくて大変だったなあ」


 ケラケラ笑うミリアーネをサリアは睨んでから、


「食事中に汚い話やめろ。でも、私が贅沢なのかなあ。エルフィラはどうなの?貴族の家って、もっといいもの食べてるんじゃないの?」


「それは、食べていたけれど。食事ができるってだけで、ありがたいと思うようにしてるわ」


 サリアは思った。おいおい、聖人君子か。

 ミリアーネはもう勝ち誇ったよう、


「ほら、やっぱりサリアが贅沢すぎるんだよ!いけませんなあ、騎士たる者が奢侈にふけっては。サリアも一度ヒヨコマメ生活して、オナラ連発しながら普通の食事のありがたさを思い知るといいよ!」


「くそ、ミリアーネに騎士のあるべき姿を論じられるとは……」







 夏だからといって、ベアトリゼ隊長の特訓に容赦はない。


「腕立て50回くらい、1分で終わらせろ!次はスクワット50回だからな!」


「そんな無茶な……」


 既に3人は汗だくでヘロヘロ。ミリアーネが息を切らせながら、状況の改善を試みる。


「隊長、ただでさえ同期で一番大きいお尻がさらに大きくなるから、スクワットは勘弁してほしい、ってサリアが言ってました」


「そんなこと言ってない!それに、私のは標準サイズだ!」


 2人の掛け合いをよそに、隊長はサリアのお尻を見て、ちょっと考えてから言った。


「よし、サリアだけはスクワット免除してやる」


「隊長、いま私のお尻見て判断しましたよね?素直に喜べないけど、ありがとうございます」


 恥辱と引き換えの免除になったが、今の状況下のサリアにとってはそれでも嬉しい。一方のミリアーネは当てが外れた。サリアをダシにして全員分の免除をもらう計画だったのに。


「サリアだけずるい!やっぱり同期で一番お尻が大きいのは私のような気がします!」


「いいえ、私です」


 エルフィラも便乗してきた。


「具体的に言うと、ヒップ120センチですわ」


「どう見てもそんなに無いだろ!」


 サリアもせっかくの免除を横取りされたくないから応戦する。不毛で醜いヒップサイズ争いを繰り広げる3人。ベアトリゼ隊長がこめかみに青筋を立てて怒鳴った。


「やかましい!3人ともスクワット100回!」




 その日の夕食。


 疲れた、と言いつつ食欲旺盛なミリアーネ。


「ミリアーネが変なこと言い出すから、スクワット50回分余計に疲れたぞ」


 そう言うサリアの食は、今日もあまり進まない。それをミリアーネがからかう。


「また、ここの食事はブタのエサ以下の代物だ、とか思ってるの?」


「昨日もそこまでは言ってない。それもあるんだけど、何か夏らしいことしたいなあって。ベアトリゼ隊長にしごかれるだけで夏が終わると考えたら、無性に寂しくなった。せめて1つや2つ、夏の思い出を作りたいよ」


「じゃあ、こないだ本屋行ったときのお兄さんみたいな人についていけばよくない?そして一夜の過ちを犯すというわけだ」


 サリアは少し赤くなって、


「そういう不健全なのは望んでない。もっと健全な、例えば海に行くとかさ」


「ええ……何日かかると思ってるの……」


 この公国には海が無く、海を見るには隣国まで移動することになる。移動手段はほぼ徒歩だから、往復半月以上の大旅行になるのは確実なのであった。


「だから、例えばの話だって。ミリアーネは何かないの?夏だからこそしたいこと」


 ミリアーネは即答した。


「山ごもりして剣術修行したい!騎士道物語だと、これで異能力が発現することがよくあるんだよ」


「ミリアーネに聞いた私がバカだった」


「それだったら、休暇取って私の実家に来ない?」


 今まで黙っていたエルフィラが口を開いた。


「海は無いけど、川ならあるから水遊びできるわ。長く休暇取るわけにもいかないから山ごもりも無理だけど、登山くらいなら。何より、おいしい料理出せるから、サリアの食欲不振も治るかも」


「え、いいの?」


 サリアもミリアーネもすっかり乗り気だ。話はとんとん拍子でまとまり、明日にでもベアトリゼ隊長に休暇申請をしよう、断られたら訓練サボタージュしてやる、と息巻いている。




 3人分の申請書を受け取った今日のベアトリゼ隊長は優しかった。


「まあ、制度だから許可するが。里帰りしてもちゃんと訓練するんだぞ?」


「はい!」


 揃って威勢の良い返事をしたが、この3人がそんなことするわけない。3人とも心の中では(まあ、絶対しないんですけどね)と思っている。


「道中気をつけろよ?白の盗賊団はどこにいるかわからんし」


 隊長の優しさが滲み出る。実際、白の盗賊団の問題はいまだに解決されていなかった。ときどき下っ端は捕まるものの、幹部を逮捕できないから組織がいっこうに弱体化しない。しかし隊長のせっかくの懸念も、ミリアーネの楽天主義の前には無力だ。


「ご心配なく!盗賊なんて、私たちの剣で成敗してやります」


「貴様らの剣には心配しかないんだよ」


 ベアトリゼ隊長はやっぱり辛辣だ。

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