15.死亡フラグ

「――――で、別の世界に転生する方法もいろいろあることに最近気付いたの。一番多いのは車に轢かれることなんだけど、この国に馬車なんて数台しか無いから、現実的じゃないなって。次に多いのは殺人、その次が溺死、転落死、圧死ってとこかな。一番痛くないのどれだと思う?私も転生するかもしれないから、準備しておかないと」


「朝からやめなさいよ、縁起でもない」


 今朝も絶好調でしゃべるミリアーネ。その横で、話題が話題なので苦い顔をするエルフィラ。向かいに座ったサリアは例によって例のごとく話を聞いていない。いや、今日は様子がちょっと違う。ミリアーネの話を聞いてないのはいつものことなのだが、いつものように(何をバカなこと言ってるんだ)という想いを顔にありありと浮かべて無視しているのではなく、今日は他のことに気を取られて耳に入ってこない、といったようなのである。その証拠に、いつもの無関心な顔ではなく、どこか楽しそうな顔をしている。

 エルフィラがそれに気付いて声をかける。


「サリア?今日はなんだかご機嫌ね?」


「顔に出てるかな?実は、今日は楽しみにしている小説の発売日なんだ」


 聞き手がいなくなってもしゃべり続けているミリアーネをよそに、サリアはエルフィラにその小説のことを説明した。その小説は、以前の休日にミリアーネの訳の分からない訓練に付き合わされるまで、ベッドの中でサリアが読んでいたものだった。あの後無事に敵国に潜入できた騎士は、邪悪な国王を倒すべく、王の間へ向かっていた。しかしその前に、王の親衛隊長が立ちはだかったのである。その巻はそこで終わっていた。


「というわけで、恋愛小説でありながら冒険小説でもある名作なんだ。すごくいいところで終わってるから、今日の発売日が待ち遠しくてさ」


 恋愛小説のことになると、サリアもミリアーネに負けず劣らず雄弁になるのである。


「へえ、なかなか面白そうなのね」


 男女の恋愛と知った時点でエルフィラの興味の対象からは外れていたのだが、サリアがミリアーネに対するほど露骨には無関心を表さなかった。サリアはそんなことに気付かず、エルフィラが本当に興味を持ってくれたものと思って、勢い込んで言った。


「面白そうでしょ?私、今日の訓練が終わったら街の書店に買いに行くんだ。読み終わったら貸してあげる」


 それまで一人で熱弁を振るっていたミリアーネが、あー!と叫んだ。


「サリアに、いま死亡フラグが立っちゃった!〇〇終わったら××する、って死亡フラグのテンプレートそのままじゃん!」


「そんなこと気にしてたら何も話せないだろう」


 サリアは笑い飛ばしたが、ミリアーネは聞かない。


「私たちはモブキャラで、ただでさえ死亡率が高いんだから、今日一日細心の注意を払わないと。というわけでお嬢、今日の最重要任務はサリアを護衛することだよ」


「あら、なんだか面白そう」


 面白がっている2人。面倒くさいことになったなあ、とサリアは思った。




 その日はサリアにとっては気が休まらない日になった。どこへ行くにも2人が着いてくるからプラベートが一切ないし、何か変わったことがあると2人が過剰に心配する。ゴミを焼却しているのを見れば「火が風に煽られてここまで飛んでくるかも知れない」、地面が濡れていたら「落とし穴を掘った跡かもしれない」、物が落ちていたら「爆発物かもしれない」、ここまでくるともはや被害妄想と言っていいレベルである。

 トイレの個室にまで着いてこようとしたときはさすがに怒った。


「個室にアサシンが潜んでいるかもしれない」

「そんなわけあるかバカ!漏れるから早く出て!」

「ドアの前にいてあげるから、アサシンが出てきたら大声出して知らせるのよ?」

「そんな所いるんじゃない!私の排泄音聞いてどうすんだ!」


 こんな調子だから、訓練が終わるころには精神的にヘトヘトだった。


「なんかもう、本は明日でいいや。街まで行く気力が残ってない……」


「そうしたら死亡フラグが明日まで継続しちゃうじゃん。護衛するのも疲れるんだから、今日行っちゃいなよ」


「誰のせいだと思ってるんだ」


 しかし明日に延ばしても今日と同じことになるのは疑いなかったので、私服に着替え、重い体を動かして街に出ることにした。


 本屋に着くなり、ミリアーネとエルフィラはそれぞれ自分の興味のあるコーナーにすっ飛んで行ってしまう。特にミリアーネはチェックしている作家が何人もいるらしく、作家の最新刊を一人一人見て回っている。サリアはお目当ての恋愛小説だけ買えればいいので、ものの数分で会計まで済ませ、本屋の前にある広場で2人が出てくるのを待った。(護衛とか言いながら、2人の方が楽しんでるじゃないか)と思いながら。




 そこへ颯爽と現れたのはチャラチャラした2人の男である。サリアに向かって、かわいいね、だとか今ヒマなの?だとか、ありきたりな言葉を投げかけてきた。

 サリアは無駄だろうとは思いつつもやんわりと拒否の言葉を述べた。


「いえ、私、友達と来ているので」


 案の定、男たちがそれで諦めるはずもなく、ちょっとだけだから、だとか俺たちといる方が楽しいだとか、またしてもありきたりな言葉を投げかけ続ける。サリアは内心イライラしてきた。(ああ、面倒くさい!というかこういうときこそ護衛してほしい!)

 腐っても騎士の端くれ、足の速さでは多分負けない。全速力で振り切るか、などど考えているところへ、ミリアーネが買い物を終えて戻ってきた。ミリアーネは一目で状況を把握し、咄嗟に、


「あの、すみません。私の恋人なので……」


 男たちはミリアーネの方を振り返り、怪訝な顔をして、


「はあ?なんだお前?どう見ても女だろうが」


 ミリアーネは澄ましたもので、


「女ですけど、恋愛に性別は関係ないでしょ?サリアは私とできてるんで、いくら誘っても無駄ですよ」


 そこへエルフィラがちょうど帰ってきて、この言葉を聞いて大興奮、


「え!?あなたたちやっぱりそういう関係!!?」


 いきなり鼻息荒く叫んだので男たちは大困惑、


「うわ、なんだこの女、なんでいきなり興奮してんだ」

「ちょっとやべえヤツなんじゃねえか……?おい、行こう」


 逃げて行ってしまった。


「咄嗟の方便だよ?」


 男たちを見送りながら、ミリアーネが言った。エルフィラが露骨にがっかりした。




 帰り道、ミリアーネは得意顔。


「やっぱり、今日は私たちが護衛をしていてよかった!」


「あれが最適な解決法だったとはとても思えないんだが……でも助かった。ありがとう」


 エルフィラだけ納得がいかない。


「ねえ、私だけ人間性にダメージを受けたような気がするのだけれど。やべえヤツってどういうことよ!」


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