14.病気
朝食をとるため食堂へ向かうサリアは、ミリアーネの後ろ姿を見つけて声をかけた。
「おはよう、ミリアーネ」
その声で振り向いたミリアーネを見て、サリアは朝の眠気がいっぺんに覚める思いがした。いつもの彼女の元気はどこへやら、今日のミリアーネの目はうつろで焦点が定まらず、口には締まりが無く、体を引きずるように歩く。まるでゾンビのようだ。
「おい、どうした!何かあったのか!?」
肩に手をかけて揺さぶっても、首をガクガクさせながら「うん、生きてるよ~」というどこかズレた答えしか返ってこない。急いで食堂に引っ張っていってエルフィラに見せてみても、やはりミリアーネからまともな反応は返ってこないのだった。
「なんか今日のスープぬるくない?」
と言いながらコップの水を呑むミリアーネを見て、サリアとエルフィラは目を見合わせ、目だけで会話をした。
(ミリアーネが壊れた)
(壊れたわね)
そして2人がかりでミリアーネを担ぎ上げるようにして部屋に運び込み、ベッドに押し込んだ。
「ミリアーネ、あなたきっと連日の訓練で疲れたのよ。ベアトリゼ隊長には私たちから報告するから、今日はゆっくり寝てなさい。あと、医務室の先生に来てもらうように手配しておくわ」
エルフィラの優しい言葉も、今のミリアーネには届いているのかわからない。
「うにゃ~」
という、肯定か否定か賛成か反対か、それともただの猫のモノマネなのかわからない言葉を発したミリアーネを残し、2人は後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。
夕方、訓練が終わるとサリアとエルフィラは真っ先にミリアーネの部屋に行った。彼女はベッドの中でぐっすり眠っていて、体に不調があるようには見えない。おでこに手を当ててみても平熱だ。医務室の先生に聞いても、体に異常は無いと言う。
「おそらく精神的なものでしょう。今はとにかく一人にさせて、ゆっくり休ませることです。彼女の方から求めてくるまで、あまり頻繁に彼女と接触しないこと」
こうして、ミリアーネのいない生活が始まった。
◆
次の日には、サリアにはまだ冗談を飛ばす余裕があった。
「ミリアーネがいないと、食事のたびに変な話を聞かされなくてすむな」
「私は、サリアとミリアーネの夫婦漫才聞けないの残念だわ」
エルフィラは早くも寂しそう。
「なっ……夫婦じゃないし!そんなに仲良くないから!」
その次の日も、ミリアーネは出てこない。
「やっぱり、ベアトリゼ隊長のスパルタ訓練のストレスかしら」
「案外、ただサボるための仮病だったりして」
しかしミリアーネの不在が3日、4日と続くと、さすがにただのサボりとは思えないのだった。
「ミリアーネの様子を覗いてみたいんだが。でも先生に止められているしなあ」
「やっぱり、サリアも心配よね。変な病気じゃなければいいのだけど」
サリアはぶっきらぼうに、
「いや、心配なんかしてないんだけど。でもあいつがいないと、どうも調子が狂うというか……」
夕食時にも、サリアはミリアーネのことが気になって仕方がない。
「ミリアーネ、明日は復帰できるかなあ」
エルフィラがくすっと笑いながら、
「サリアったら、最近ミリアーネの話ばっかりよ。やっぱり心配なんじゃない」
サリアは思った。
(エルフィラの言うとおり、悔しいが私はミリアーネを心配しているし、彼女がいない現状を寂しく思っている。なんだかんだ、私はあいつのことを大事に思っている。認めたくないけれど……!)
そして言った。
「明日、お土産持ってお見舞いに行こうよ」
「私も、それがいいと思うわ」
エルフィラがにっこり笑った。
しかし次の日、ミリアーネは復帰してきた。サリアとエルフィラが朝食をとっているところへ現れたのである。
「おはよう、久しぶり!心配してくれてた?」
そう言ったミリアーネは、目の下に隈ができている以外、いつもの彼女だった。
「誰が心配なんか……」
するもんか、とサリアは言いかけて止めた。こういう時くらい、自分に素直になろうと思った。
「いや、心配した。体調はもう良いのか?変な病気じゃないんだろう?」
エルフィラもうれしそうに、
「本当に久しぶり。また3人、にぎやかに頑張りましょう」
ミリアーネはちょっと照れながら、
「心配かけてごめんね。体はもう大丈夫だから。原因なんだけど……騎士道物語が読めなかったことなんだよ」
「は?」「え?」
2人が同時に困惑の声を上げた。
「この前、1週間騎士道物語読むなって言われたじゃん。それ守ってたら、なんか生きる気力がどんどん無くなっていったんだよね……。で、今日の零時にようやく1週間終わったから、徹夜して読んだの。そうしたら治った」
2人は呆れ果てて、
「お前、騎士道物語読まないだけでゾンビみたいになるわけ……?」
「目の下の隈はそれが原因なのね……」
「でも私、ちゃんと約束守ったよ!部屋でこっそり読むこともしなかった。褒めて!」
サリアは苦笑しながら、
「それで体調崩したら意味ないだろう」
でもそういう変な律儀さがミリアーネらしい、と思った。
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