13.キャラを濃くする・必殺技
爽やかな朝。サリアとエルフィラが朝食をとっているところへ、ミリアーネがやって来て言った。
「おはよう!キャラを濃くする話、考えてきてくれた?」
「はあ?」「ええ?」
サリアとエルフィラが同時に困惑の声を上げる。
「昨日お風呂で話したじゃん。脱・モブキャラのため、まずは3人のキャラを濃くしようって」
2人はまったく覚えていない、と言った。覚えていないのも当然で、昨日湯船からサリアがおかしなテンションで出てしまった後、それに気付かず延々と喋り続けていたときの話だったからである。
ミリアーネが2人に説明したところによると、モブキャラとサブキャラの違いの1つに、キャラクターの濃さがある。サブキャラにはなにかしら強烈な個性や癖があるものだ、ということらしい。
「私たち、キャラが薄いじゃない?だからもっと濃くしてみようよ」
「ミリアーネのキャラはこれ以上濃くならないだろ」
ミリアーネは聞こえなかったことにして話を続けた。
「サリアはなんかダウナーな感じだから、もっとニヒルなやれやれ系にしてみようよ。常に周りを見下して、『やれやれ、何が始まるかと思ったら……とんだ茶番劇だな』とか、『フン、これだから愚民の考えることは』とか言うの」
「『これだから愚民の考えることは』ってセリフを今のお前に言いたいよ」
サリアの暴言にもめげず、ミリアーネはエルフィラに話の矛先を向ける。
「エルフィラはもっと、貴族のお嬢様っぽくしてみない?いつも周りを見下して、『庶民の分際で、この私に盾突こうというの?』『下民のくせに、態度だけは一人前なのね』みたいなやつ」
「そうすると貴族出身じゃない2人を私は毎日罵倒しなければいけないじゃない。嫌よ、そんなの」
エルフィラがもっともなことを言った。ミリアーネもそれに気付いて、
「たしかに嫌だ……」
「そうだそうだ。エルフィラに変なことさせるんじゃない。ていうかなんでそこまで人を見下すキャラ付けにしようとするんだ。普段どんなの読んでるんだ」
サリアがとどめをさして、話は終わった。
――――かに思えたが、ミリアーネの不屈の精神が発揮され、話は続いていく。
「わかった、キャラを変えるのは諦めよう。じゃあ、昨日お風呂で話したもう1つの案、3人の必殺技を考えようよ」
「ほんと、ミリアーネはこの手の話題になると熱心だよな。普段からここまで熱心なら、ベアトリゼ隊長もあんなに怒らないんだけど」
サリアの皮肉も、こういうときのミリアーネには通じない。
「私は1つ考えてみたんだけど、『トライアル・フォース』ってどう?前に読んだ本で主人公たちが使ってたの。3人の力!なんかかっこいい!」
「トライアルってなんだよ。何を試すんだよ」
「ミリアーネは『トライ・フォース』って言おうとしたんじゃないかしら」
そうだったかな?と首をかしげるミリアーネを呆れた目で眺めながら、サリアがツッコむ。
「必殺技とか言うけど、要は3人の同時攻撃だろう。それに敵に向かい合ったときに『トライ・フォース』なんて叫ぶか普通?恥ずかしいだろ。逆に士気落ちるわ」
ここまで言われて、さすがのミリアーネも心が折れた。
「うー……今日は2人が一段と冷たいよー……」
しょげてしまった彼女を見て、エルフィラが助け船を出した。
「必殺技、って言うと恥ずかしいけど、3人の同時攻撃は私たちの武器になると思うわ。練習しておいても損にはならないんじゃないかしら」
そしてその日から、訓練の合間をぬって同時攻撃の練習が始まった。真ん中、右、左に展開し、合図で一斉に斬り込む。このときに足並みを揃えるのが大事で、誰かが早かったり遅かったりすると各個撃破されて終わってしまう。
初めのうちこそ「ミリアーネ、遅い!」「サリアが早いすぎるんだよ!」「中間の私に合わせれば良いのではなくて?」というような言葉が飛び交っていたが、一週間もするとなんとか足並みが揃うようになってきた。
すると、ミリアーネが悪い顔をしながら2人に提案した。
「ここらでひとつ、ベアトリゼ隊長に勝負を挑まない?同時攻撃の練習に付き合ってください、ってことで。いつもコテンパンにされてるお返しだ」
いつもだったらここら辺でサリアが止めにはいるのだが、彼女も毎日隊長からボコボコにされているので、今回ばかりはブレーキ役にならない。ミリアーネ同様悪い顔をして、
「いいな、それ。いかに隊長でも、3人同時には相手できないだろう」
エルフィラが心配する傍らでトントン拍子に話が決まり、今日にも挑もうということになった。
◆
そして今、3人はベアトリゼ隊長と向かい合っている。あとはミリアーネの合図で一斉に足を踏み出すだけだ。
真ん中に立っているミリアーネは満足していた。(私たち、なんだかモブキャラじゃないみたい!)
左側に立っているサリアは自信満々だった。(隊長、今日こそ一太刀浴びせて、模造剣の痛みを思い出させてあげます!毎日毎日容赦なく模造剣を私たちに打ち込みやがって!)
右側に立っているエルフィラは早くも敗北モードだった。(隊長、あまり痛くしないでもらえるといいんだけど……)
そしてミリアーネが大きな声で、
「いくよ、みんな!必殺!『トライアル・フォース』!」
叫ぶと同時に隊長に斬りかかっていく。
残り2人は完全に出遅れた。サリアは思った。(恥ずかしい!合図はそんなのじゃなかっただろう!)
エルフィラも同じようなことを考えていた。(私が叫んだんじゃないのに、自分のことのように恥ずかしい!結局トライアルのままだし!)
まったく足並みが揃わなくなった3人。もう勝ち目は無くなった。2人のはるか前で、真っ先に飛び込んだミリアーネが一撃で倒されていた。
「3人の同時攻撃というから期待していたが……まったく足並みが揃っていないじゃないか」
ベアトリゼ隊長は呆れながら去って行った。残された3人は打ち込まれた所をさすりながら、反省会を開いている。
「なんなんだ、あの合図は」
サリアがカンカンだ。ミリアーネも今回ばかりは反省して、
「ごめん、なんか気が高ぶったら自然に出ちゃった……」
「困った体質ねえ」
エルフィラもさすがに今回は呆れ気味。
「もう!次からは合図は私が出す。あと、ミリアーネは一週間騎士道物語読むの禁止!その間に頭を現実世界に戻しておくこと」
騎士道物語が読めなくなるのは、彼女にとって死刑宣告に等しい。もう泣かんばかり、
「そんな!反省してるから3日にして!せめて2日!」
サリアは取り合わない。
「なんで『せめて』で日数減るんだよ。一週間の間に国語も勉強しといた方がいいぞ」
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