12.忠誠とサブキャラ
騎士団の浴場は使用時間が決まっていて、ここ最近、使用時間が始まると同時にいつもの3人が浴場に飛び込んでくる。先日の市場警備でサリアとミリアーネがお尻に大きな青痣をこしらえたため、できるだけ人に見られないように開始時間と同時に入ってきて、サッと湯に浸かって出るようにしていた。
それにしても青痣はなかなか治らなかった。あの日から結構経ったし、エルフィラが実家から送ってもらった塗り薬を分けてもらっているのに。
「これずっと治らなかったら、私お嫁に行けないよ」
手早く服を脱ぎながらミリアーネが冗談を飛ばす。エルフィラもトンチンカンな慰め方をするのだった。
「いざとなったら、お尻にお化粧厚く塗ってごまかせば大丈夫よ」
アハハウフフと笑う2人の横で、サリアがちょっと赤くなって黙って服を脱いでいる。(こいつら何の話をしてるんだ)と思いながら。
「ねえ、忠誠心ってなんだと思う?」
3人で湯船に浸かっているときにミリアーネが唐突に言い出して、サリアはエルフィラと目を見合わせた。
「ミリアーネさん?いきなり真面目なこと言うのやめてもらえません?いつも騎士道物語だとか訳の分からないこと言ってる人間が急にそんなこと言い出すと、こっちの頭が混乱する」
「いや、きっかけは昨日読んだ騎士道物語なんだけどさ」
それを聞いてサリアはもう興味を失った。
「なんだ、いつもの話か。真面目に聞こうとして損した」
と言いつつも、サリアはなんだかんだで聞いてくれるのだ。
ミリアーネが昨日読んだ物語のワンシーンでは、強大な敵が王国に攻め寄せ、どう考えても勝ち目の無い騎士たちが「国王陛下への忠誠のため」と言って無謀にも突撃し、案の定全員戦死してしまう。
「どう考えても勝ち目の無い敵に向かっていくことが、忠誠ってことになるのかな?」
意外にも真面目な話になった。サリアとエルフィラ2人ともしばらく黙考して、やがてエルフィラが口を開いた。
「どうしても死ななければならない場合もあると思うわ。でも、むやみやたらに死のうとするのは違うと思うの」
サリアも続けて、
「私も同じ意見だな。むしろ、まずは生き残ることを考えるべきじゃないかな。時間と金と手間をかけて養成された騎士に簡単に死なれたら、国の損失にもなるんじゃないか」
ミリアーネは得心したように、笑顔になって言った。
「そうだね。一時的には負けても、生きていれば反撃できるかもしれないもんね」
ここまで聞いてサリアは気付いた。あ、これはいつものパターンだ。次にミリアーネは「騎士道物語で生き残る方法を研究しよう」と言うに違いない。
「よし!じゃあ私と騎士道物語を読もうよ!」
ほら出た。ミリアーネの真面目な話を真面目に聞くんじゃなかった。
「――――と言いたいけれど。そうするとサリアがいかにも面倒だな、って顔をするから、今日は視点を変えて、少しでもサブキャラに近付くためにはどうするかを議論したいと思います」
聞かれてもいないのにミリアーネは説明し始める。大多数の騎士道物語の中では、主人公は死なない。主人公の周囲にいるサブキャラクターたちもほとんど死なない。だから自分たちも主人公とまではいかなくても、サブキャラクター辺りになれば死亡確率が減るのである!
「昨晩遅くまで考えて作り出した理論だよ。さあ実践しよう!」
サリアがいかにも面倒だな、という顔をした。ミリアーネは心外と言わんばかり、
「なんで?いつものモブキャラ死亡パターン研究じゃないのに、なんで面倒そうな顔するの?」
「本質が同じなんだよ!騎士道物語だとかモブキャラだとか主人公だとか、話に出てくる単語がほぼ変わってないだろうが!」
ミリアーネは感心したように、
「サリア、頭いいね」
「いや、初等学校レベルの読解だから。むしろなんで気付かないんだ」
「ねえ、私ちょっとのぼせてきたみたい。お先に上がるわね」
エルフィラが湯船から出たので、サリアも便乗して出ようと立ち上がった。ミリアーネにこれ以上つきあっていると知能が落ちる気がする。しかしそこで、もう浴場に人が充満していることに気付いてしまったのである。彼女は再び湯船に浸かった。
「ミリアーネの話を聞いているうちに、いつの間にか人がたくさん入ってきてるじゃないか」
「あらら。まあそのうち人が減るタイミングがあるだろうから、そのときパッと出ればいいよ。それまでさっきの話を続けよう」
ミリアーネは滔々と話し始めた。
正確なところはわからないが、かなりの時間が経った。ミリアーネはまだ話し続けている。
「これからみんなをフルネームで呼ぶのはどうかな?サブキャラにあってモブキャラには無いものの1つに、名前があると思うな。ミリアーネ、だけだとただの雑魚みたいだけど、フルネームだったら物語で何らかの役割を果たすキャラクターって感じがする」
サリアは湯気にあてられて頭がぼんやりしている。ミリアーネの話はかなり前から頭に入ってこなくなっていた。そもそも私はなんで我慢して湯船に入り続けているんだっけ?あ、青痣を見られたくないからか。この状態になっては、もうどうでもいい。
「ミリアーネ、私は先に出る。ここはエルフィラの言った『どうしても死ななければならない場合』じゃない。生き残るんだ!」
ちょっとテンションがおかしくなりつつ、湯船から上がってフラフラ脱衣所に向かった。
ミリアーネは隣にサリアがいなくなったことにも気付かずに話している。こちらも湯気にあてられて頭が少々おかしくなっているらしい。
「そうだ、必殺技!必殺技を考えよう。サブキャラにあってモブキャラには無いものの筆頭だよ!あれ、サリア?どこに行ったの?」
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