34.面接の練習・尾行

 早くも12月になった。クリスマスや新年を待ち望む気持ちがある一方、考査が気になる時期でもある。が、今までの休日は考査に向けた準備などせず、街に行って思うまま遊んでいたミリアーネとエルフィラはそんなのどこ吹く風。今日もミリアーネの部屋で、無駄話に花を咲かせているところへ、サリアがやってきて宣言した。


「今日は考査に向けた自主練をします」


 どうしたのいきなり?と不思議がるミリアーネに、サリアは大真面目で説明する。


「もし昇級できなくても、練習だけはちゃんとしました、って言い訳を作るためです」


「誰に言い訳が必要なのかわからないけど、練習自体はいいことだと思う」


「ミリアーネが珍しく真面目じゃないか。どうした、悪い物でも食べたか?」


 自分で言い出しといて何その言い草!と口をとがらせるミリアーネだったが、内実は物々交換作戦が失敗し、給料日までお金が無いからだった。

 しかしもともと楽な方へ楽な方へと向かう3人、体を動かす練習をしようとは誰も言い出さず、満場一致で面接の練習をするということになった。


「じゃあ最初は、言い出しっぺのサリアから!」


 ということで、椅子にサリアが腰掛け、ベッドにミリアーネとエルフィラが座ってサリアと向き合う。ミリアーネがもっともらしく咳払いをして、足を組んで、


「じゃあそこのお前、自己紹介をしたまえ」


「面接官ってそんな偉そうに喋るもんなの?……名前はサリア=ベルンハイム、ベアトリゼ隊所属です」


「今一番したいことは?」


「そんなの昇級かかった面接で聞く必要ある?」


 サリアの疑問にミリアーネは首を振って、


「いついかなる質問が来ようとも対応できる力を身につけるのです」


 サリアはちょっと頬を染めて、


「じゃあ答えますけど……素敵な恋、ですかね」


「まあ興味ないんだけどね」


 なら聞くなよ、と言うサリアにはかまわず、


「じゃあ次、お尻の大きいサリアくんのヒップサイズを教えたまえ」


 バカ!サリアが顔を赤くして叫んだ。アホ!セクハラオヤジ!

 ミリアーネが耳を押さえながら言う。いついかなる質問が来ようとも対応できる力を身につけるのです。エルフィラも便乗して、鼻息荒く尋ねる。


「じゃあ、初恋はいくつのときかしら?」


「エルフィラまで!あーもう、やめやめ!これじゃ練習にならない」




 サリアの怒りが収まったのを見計らって、ミリアーネが手を上げた。


「次、私がやりたい!」


 ミリアーネはサリアが座っていた椅子に腰掛けると、ドヤ顔で、


「さあ、なんでも質問しな!」


「面接受ける態度じゃないだろ」


 呆れるサリアと、聞かれてもいないのに自己紹介を始めるミリアーネ。


「名前はミリアーネ=エンゲルハルト、18歳の♀、好きな食べ物はブドウ、好きな本はもちろん騎士が活躍する物語、暑いか寒いかなら暑い方が苦手、あっさりかこってりだったらこってり派、イヌかネコだったらイヌ派、学生時代の得意科目は国語、逆に苦手科目は科学、あ、そうそう出身地は――――」


 立て板に水を流すようにベラベラしゃべって止まらないので、サリアが止めに入った。


「ストップ、ストップ。聞かれてないことを話さなくていいよ。お前が囚われの身になったら、拷問受ける前から洗いざらい自白しそうだな」


「じゃあ何が聞きたいの?」


 サリアは正直なところ、ミリアーネのことなんか何も聞きたくない。が、先ほどの意趣返しをしてやろうと思った。


「じゃあ、スリーサイズを教えてください」


 ニヤニヤしながら言ったのだが、ミリアーネはまったく躊躇せずに、


「上からはちじゅ」


「言わないでいい!私が悪かった!」


 サリアが再び顔を赤くして叫んだ。


「自分で聞いといてなんで赤くなってるの」


「もうちょっと恥じらいを持ってくれよ……。こっちが恥ずかしくなるわ」


「私は最後まで聞きたいわよ?」


 エルフィラがまた鼻息荒く言うのを、サリアは押しとどめながら、


「質問を変える。最近うれしかったことは?」


「サリアの部屋の机の引出からノートを見つけて、中を見たらラブストーr」


「やめろ!」


 サリアがみたび顔を赤くして叫んだ。


「てか引出勝手に見るな!」


 ミリアーネは悪びれる様子もなく、


「さっきからサリアは私の話止めてばっかり。これじゃ練習にならないよ」


「誰のせいだよ」




「じゃあエルフィラの番!」


「あまり変なこと聞かないでね?」


 エルフィラがかしこまって椅子に座った。ミリアーネはやっぱり椅子にふんぞり返って、


「じゃあそこのキミ、自己紹介をしなさい」


「エルフィラ=アイゼンベルク、こないだ19歳になりました」


「おめでとう」「めでたい」


 2人に祝福されて、エルフィラが少し照れる。


「じゃあ、特技は?」


 おや、ミリアーネにしてはそれっぽい質問だ、とサリアが思っていると、エルフィラがまた照れながら、


「えっと……耳を動かせることです」


「何それ!?」

「見せて!」


 ミリアーネだけでなくサリアも大はしゃぎで、やってくれとせがむ。その声に押されて、今度はエルフィラが顔を赤くしながら、両耳をぴくぴく動かした。


「すごい!」

「そういう人がいるとは聞いていたが初めて見た」


 2人は大盛り上がり。もう一回、もう一回、と言ってまた動かしてもらう。


「これどうなってんの?」

「イヌみたいでかわいい」


 赤くなってうつむいてしまったエルフィラを見て、ミリアーネが咳払いをして、


「ゴホン、ちょっとはしゃぎすぎました。ではキミ、他人に秘密にしていることを言いなさい」


「また変な質問を。エルフィラ、答えなくて」


 いいぞ、とサリアが言うまえに、早くもエルフィラが答えてしまった。


「実は私も、ラブストーリーを書いています」


「へえ、内容は?サリアみたいに、男女がただれた恋愛をするようなもの?」


「やかましい」


 エルフィラはモジモジしながら、


「私のは、女性とじょs」


 サリアが割って入った。


「はい、この話終わり!ミリアーネはもう面接官役やるな!」


「なんで?」




 その後も交代しながらやっていると、昼食を告げる鐘が鳴った。


「あー楽しかった!」


「楽しんじゃダメだろ」


「途中からただのインタビューみたいになってたわね」


 3人で食堂に行こうとすると、サリアが急に言った。


「そうだ、私は今日行くところがあるんだった。昼食は2人で食べてくれ。ユスティーヌもいるかもしれないけど」


 わかったわ、と言って食堂へ向かおうとするエルフィラを、ミリアーネが止めた。


「なんかサリア怪しくない?今日に限って単独行動なんて。これは絶対ウラがある」


「何か知られたくない事情があるのかも」


「知られたくない事情って?……そうか、逢い引きだ!さっきしたいことは素敵な恋って言ってたし」


 勝手に決めつけるミリアーネに対して、エルフィラは冷静に、


「恋したい、って願望で言ってたから、まだしてないと思うわ」


 しかし一度思い込んだミリアーネは人の言うことを聞かない。


「私は知る義務がある!私だけでも後を付けてくる」


 変な義務感に駆られて、サリアを追跡し始めた。





 恋愛小説大好きなサリアのことだから、この寒い時期に人肌恋しくなって恋人を作った、ということは充分にありえる。私より先に抜け駆けなんて許されない。そもそも騎士の本分を忘れて恋愛なんぞにうつつを抜かすなどとは嘆かわしい!

 そんなことを勝手に思いながら物陰に隠れ隠れ後を付けていくと、サリアはとある店の前で立ち止まり、周囲を見回してから店内に入った。


(いかがわしいお店だ!)


 と思って近付いてみると、なんてことはない、いつもサリアが小物を買っている雑貨屋だった。だがまだ安心はできない、恋人に贈るクリスマスプレゼントを買うつもりかも。ミリアーネもこっそり店に入ると、見つからないように商品棚の陰に隠れた。サリアが店員さんと話しているのが聞こえる。


「クリスマスプレゼント用に包んでもらえます?名前も書いていただけるとありがたい」


 ほらきた!私の勘は当たっちゃうんだよなー、と一人で悦に入っていると、サリアが続けてこう言った。


「名前は、ミリアーネ、エルフィラ、ユスティーヌ。綴りは――――」




 その日の夕食で4人が集まったとき、サリアが3つの包みを取り出して、3人に渡した。


「はいこれ、ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント」


 サプライズの贈り物にエルフィラとユスティーヌは大喜びで、


「ありがとう!大切にするわね」


「私に貢ぎ物とは、配下としての自覚が出てきたな」


「そういうこと言うやつは貰わなくていい」


「うそうそ!ありがたくいただくぞ!」


 ミリアーネは自分の行いを後悔することしきりだった。サリアは恋人に会いに行くものと勝手に決めつけ、しかもそのせいでサプライズがサプライズでなくなってしまった。その沈鬱な様子にサリアが気付いて声をかけた。


「どうした、ミリアーネ。気に入らなかったか?」


「サリア、ごめんね……」


「なぜ謝る!なんかお前に真面目に謝られると気持ち悪いからやめろ」

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