3.エルフィラさん ①
今日も今日とて食堂ではサリアとミリアーネが向かい合って夕食をとっている。が、いつものようにミリアーネが一方的に喋りまくり、サリアは興味なさそうにしているのではなく、2人が何事か大声で議論している。そこへエルフィラさんがやってきて、
「ご一緒してもよろしくて?」
とお尋ねになったので、二人の会話はぴたりと止まった。
エルフィラさんは悲しくなった。やはりこの2人も自分に心を開いてはくれないのだろうか。それでも無理矢理笑顔を作り、「私に遠慮せず、どうぞ会話を続けてください」と言ったが、二人は首を振って頑なに会話の再開を拒んでいる。
実のところ先ほどまで二人が話していたのは「同期女性の中で誰のお尻が一番大きいか」というお下劣極まる議題で、ミリアーネが一番はサリアだと主張したので彼女が真っ赤になって大声で否定している、その最中にエルフィラさんがいらっしゃったのである。男爵家ご令嬢の前でこんな破廉恥な話は再開できない。謹慎、家禄没収、追放、ありとあらゆる処罰が二人の頭の中を駆け巡る。特に騎士階級のサリアの懸念は一層強い。自分だけならともかく、家族にも累が及ぶのは避けねばならぬ。
首振り人形のように黙って首を振り続ける二人を、エルフィラさんは悲しそうに眺めていたが、サリアに目を留めると優しいことをおっしゃった。
「随分お顔が赤いですよ、体調がお悪いのでは?」
もちろんその赤さは体調不良ではなく、先ほどの会話内容の恥辱と興奮によるものなのであるが、これ幸いとサリアはこの場からの逃走を図る。
「お気遣いありがとうございます。実は、ちょっと熱があるようで……すみませんがお先に失礼します」
と立ち上がりかけた時、ミリアーネに腕を掴まれ、
「さっきあれだけ大声上げてたんだから体調万全でしょ」
サリアは
(空気読め!)
と思いながら彼女を睨んだ。ミリアーネも
(1人で逃げようたってそうはいかないよ!)
とばかり睨んでいる。さっきまで首を振り続けていた2人が今度は睨み合いを始めた理由がエルフィラさんには理解できなかったが、2人が自分を歓迎していないことは理解できた。彼女は悲しそうに、お邪魔してすみませんでした、と言って立ち去った。
◆
「エルフィラさん、私たちに用事があったのかな。モジモジしてたし、困り事があったのかも」
エルフィラさんが食堂を出たのを見届けて、ミリアーネは話し始めた。
「それに、なんだか悲しそうだったね」
2人の中に罪悪感が湧き上がっていた。仲間に対して、もっと心を開いてもよかったのではないだろうか。別にお尻の話を続行させなくとも、もっと普通の会話を始めれば良かったではないか。
だが、とサリアは思う。
「だが、相手は貴族だ。もし何か気に障るようなことをしてしまったらと思うと、私は怖い」
「いや、違う!」
いきなりミリアーネが立ち上がった。
「私たちは騎士だ。困っている人には手を差し伸べる義務があるんだよ。それが平民であっても、貴族であっても。それが騎士道ってものさ」
そこまで言ってからちょっと恥ずかしくなって付け加えた。
「……と、こないだ読んだ物語の主人公が言ってた」
サリアは呆気にとられていたが、やがてにっこり笑って言った。
「わかったよ。エルフィラさんを探しに行こう」
そこまで言ってからちょっと皮肉りたくなって付け加えた。
「ミリアーネの騎士道物語中毒、始めて役に立ったな」
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