29.ユスティーヌの実家
次の休日。朝食をとりながら、ミリアーネが言った。
「今日カレンダー見たら、ちょうど1ヶ月後がクリスマスなことに気付いた!今年はどんなプレゼントがいいかな?」
「いったい誰がプレゼントくれると思うんだ?」
「え、みんなくれるんじゃないの?このかわいくて良い子なミリアーネちゃんに」
そう言って他の3人を見回すが、誰も何も反応しなかった。
「冷たい友人ばかりで心がつらい。ミリアーネちゃんは癒やしがほしいな。ぬいぐるみとか」
再度3人を見回しても、反応は同じ。
「もういいよ!自分で買うからさ!」
そう言いながら、ふと隣に座るユスティーヌに目を留めた。
「そういえば、ユスティーヌってちっさくてぬいぐるみっぽくない?ちょっと私の上に座ってみて」
何をバカな、と嫌がるユスティーヌを無理矢理引っ張り、自分の上に座らせてみるが、
「あ、これダメだ。ユスティーヌ意外に重くて足がつらい。しかもちょっと匂いが……。昨日ちゃんと髪洗った?」
「洗ったわい!無理矢理させときながらなんという侮辱!」
憤激するユスティーヌ。この情景を見て、向かいに座っていたエルフィラが興奮しないはずがない。鼻息荒く、
「ちょっと私の上にも座ってみて?」
いやだ、また侮辱する気だろう、と首を振って食卓にしがみつくユスティーヌを、いいからいいから、と言いながらものすごい力で食卓から引き離し、引きずるように自分の方に引っ張り、担ぎ上げるように太ももの上に座らせる。そして叫んだ。
「これ、最っ高じゃない!」
2人の身長差から、自分の顔の前にちょうどユスティーヌの後頭部が来るので、エルフィラは彼女の髪をハスハスし始めた。
「すごい良い香り!ミリアーネ、あなたの鼻がおかしいのよ!」
「こら!何してる!」
真っ赤になって叫ぶユスティーヌには誰も気を留めない。ミリアーネとサリアは暢気に感想を述べている。
「エルフィラってぬいぐるみ好きなんだね」
「私も初めて知った」
「ぬいぐるみ好きとかそういう次元じゃないだろう!見てないで助けてくれ!」
ようやく解放されたユスティーヌに向かって、まだ興奮冷めやらぬ顔のエルフィラが提案した。
「私たち、今日は街に行くのよ。ユスティーヌも来ない?」
「悪いが、そんな体力は残っていない……」
首を振るユスティーヌ。彼女としては、休日に疲労を解消しておかないと次の週が乗りきれないのだ。あからさまに落胆の色を浮かべるエルフィラに、サリアが言った。
「私たちも、休日に息抜きしてていいのかな」
そんなサリアを、ミリアーネは不思議そうに見ながら、
「なんで?休日はそのためのものだよ」
「原則はそうだけどさ。もうすぐ考査だっていうじゃないか」
「なにそれ?」
サリアは眉をしかめて、
「昨日の朝、隊長が訓示で言ってただろ。聞いてないのか」
「私、隊長の朝の訓示は聞かないことにしてる!長いしつまんないんだもん!その間はずっとオリジナル騎士道物語のストーリー考えてるよ」
胸を張って言うミリアーネに、サリアはさらに眉をしかめる。
「いや、そんな胸を張って言うことじゃないよ」
騎士団の内部はいくつものランクに別れていて、毎年末の考査によって昇格が決まる。考査は武術と面接、さらにその年の功績を加味して総合的に判断され、合格すれば1ランクの昇級。よっぽど優秀な成績を修めると2ランク、3ランクの飛び級がある。また、貴族階級出身者は特権があって、毎年最低1ランクは昇級できるようになっている。
ミリアーネはサリアに聞く。
「私はあんまり出世に興味ないけど。サリアは昇級したいの?」
「私もそこまで出世とかは考えてないけどさ。エルフィラとユスティーヌは毎年最低1級上がるのは確定だから――」
「そうなの!?」
「あなた、本当に何も知らないし聞いてないのねえ」
エルフィラが呆れている。サリアは続けて言った。
「だから、私も1級は上がっておきたいな。2人があんまり遠い存在になっちゃうのも寂しいし」
「私は早くおぬしらと差をつけて配下にしたいぞ」
会話に割り込んでくるユスティーヌにかまわず、ミリアーネは笑った。
「今日から自主練したところで、1ヶ月で結果なんか変わんないって!」
「お前は悩みとか無さそうでうらやましいな」
◆
結局3人とも出掛けていってしまった。ユスティーヌは部屋に戻ってゴロゴロしているところへ、ドアを叩く音がする。けだるげに起き上がってドアを開けると、出掛けていったばかりの3人だった。
「あ、いた。ユスティーヌ、お母さんが来てるよ」
3人が騎士団屯所の門を一歩出ると、どこからどう見ても貴族のお出まし、といった感じの行列が止まっているのが見えた。その中から貴婦人が歩み出てきて、娘のユスティーヌはいないか、と尋ねたのだった。
ユスティーヌは嫌な顔をして、
「すまないが、いないと言ってくれ」
「え、無理だよ。さっきまで一緒にいたからすぐ呼んできます、って言っちゃったもん。いま応接室で待ってもらってる」
「もしかして、まずかったか?」
サリアの問いかけにユスティーヌは暗い顔で、
「まずい気がするのだけれど、私が両親のことは言ってなかったから仕方ない。行ってくる……」
そして重い足取りで応接室の方へ歩いて行ってしまった。
3人は街に行くどころではなくなった。ユスティーヌはお母さんとあまり会いたくないようだ。親子喧嘩かな?理由は?などと様々に推測する。彼女は長い時間帰ってこなかった。
1時間以上もしてからようやく帰ってきたユスティーヌは、やっぱり暗い顔をしながら言った。
「ちょっと報告したいことがある」
ユスティーヌの部屋のベッドに3人が腰掛け、椅子にはユスティーヌが座っている。これだけ見れば先日害虫駆除した後の4人の位置と同じだ。しかしあの時は小さな体を椅子にふんぞり返らせていたユスティーヌが今はうなだれてしまっていて、小さな体がいっそう小さく見える。そして彼女の口から、絞り出すように言葉が出てきた。
「私は、騎士団を辞めるかもしれない」
事態が良く飲み込めない顔をする3人。
「訓練がつらくても、そのうち慣れるから頑張れ。私たちも半年前まではユスティーヌと同じような感じだった」
激励するサリアに対して、ユスティーヌは違う、と言う。
「なぜ私が騎士団に入ったか、白状しよう。誰にも言いたくなかったのだが……」
ユスティーヌの両親は典型的な貴族で、娘をできるだけ家格の高い家に嫁がせたいと、そればかり考えていた。幼い頃の彼女は両親の期待に応え、様々な花嫁修業をしたのだが、成長するに従ってその生き方に段々疑問が湧いてきた。その疑問が確信になったのは婚約の時で、引き合わされた相手は彼女の好みとはまったく異なる男だった。そしてユスティーヌはほとんど家出同然で騎士団に入った。ここであれば、外界との接触を絶つことができるからだ。しかし先ほどついに母親がやって来て、勘当をちらつかせながら、騎士団を辞めて嫁入りすることを一方的に言い渡されたのだった。
「いや、恋愛は本人同士の合意がなくちゃいかん!意思に反する結婚など以ての外だ。恋愛とは清純なものであり、家格だとか持参金だとか、そういう不純な要素が入ることがあってはならない。恋愛とは――――」
サリアが拳を振り上げて熱弁を始めた。
「サリアの恋愛脳が出ちゃった。でも真面目な話、貴族階級じゃなくなって困ることってあるの?騎士団にいたら騎士階級ではあるじゃん?」
「貴族じゃなくなったら、誰が私についてきてくれるんだ。誰が私を必要としてくれるんだ」
吐き出すように呟くユスティーヌに、ミリアーネは言った。
「私は気にしないよ。貴族だろうと平民だろうと、モブはモブなんだから。これからも私と一緒にモブキャラ道を歩もう!」
サリアも熱弁をいったん中断し、胸を張って言う。
「私なら大丈夫だ。貴族じゃなくなっても、今まで通り接してやることを保証しよう。どこまで言ったっけ。そうだ、恋愛は自由意思に基づくべきだ。恋愛とは――――」
ユスティーヌは内心びっくりした。今まで自分に寄ってくる人間は皆、貴族の娘としての自分のみに価値を見いだしているのだと思っていた。両親は言わずもがな、前の取り巻きの人間たちもそうだ。ユスティーヌの将来性を予想していたから取り巻いていただけで、その証拠に彼女の実力が露呈すると瞬時に彼女を見限っていった。だけど、世界はそんな人間たちばかりじゃない。少なくとも、この3人は。
エルフィラが優しく言葉をかける。
「私も貴族だから両親と同じようなことを言い合って、最終的には両親が理解してくれた経験があるの。ユスティーヌももう一度ご両親とお話ししてみたらどうかしら。つらくなったらいつでもこうやって慰めてあげる」
そしてユスティーヌを抱きしめ、言った。
「もしご両親と話がまとまらなくて、貴族じゃなくなってお金に困っても、私がぬいぐるみとして雇うわよ」
「いやエルフィラさん、流石にそれは……」
ミリアーネがちょっと引きながら止めた。
そしてエルフィラはユスティーヌに、両親と話し合った際のことをいろいろ教えて聞かせるのだった。
「結婚はどうするんだ、っていうのは必ず聞かれるわね。私は『騎士団はケモノのような殿方ばかりで、すぐに夜這いされますから安心です』って答えたわ。それで両親も納得してた」
なるほどなあ、と感心し、メモを取り出すユスティーヌ。それを遠巻きに見守る2人。恋愛についての長広舌を終えたサリアが言った。
「逆に心配されないか?」
「貴族の家の価値観はよくわからないよね」
◆
半月後、ユスティーヌは夕食の席で3人に嬉しそうに報告していた。
「渋々だが、私が騎士を続けることを認めてもらったんだ。皆のおかげだ。感謝する」
3人は容赦なく、口々にブーイングを浴びせる。
「えー、つまんないの。隊長の訓示よりつまんない」
「やーい貴族崩れ、っていぢめたかったんだが」
「ぬいぐるみとして雇いたかった……」
ユスティーヌは意に介さず、続けて言った。
「特にエルフィラには想定問答で世話になったからな。これは礼だ」
そして席を立つと、エルフィラの膝の上に乗った。
「なぜか知らんが、私を抱くのが気に入ったように見えたからな。言ってくれればいつでもこうしてやる」
恍惚の表情のエルフィラを見て、ミリアーネが叫んだ。
「あっ、覚醒エルフィラモードだ!」
「ユスティーヌ、お前すごいな。覚醒エルフィラを人為的に発現させられるとは」
「まあ、将来配下になる人間だからな。力を引き出す方法も知っておかないと」
ユスティーヌはさも当然であるかのように言う。サリアは苦笑しながら、
「いつものユスティーヌに戻ったな、良くも悪くも」
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