24.好きな本

 こうしてベアトリゼ隊に加わったユスティーヌだったが、かつてのミリアーネたちがそうだったように、訓練についてこられないのだった。

 いま、5人は騎士団訓練所の外周を20周走ろうとしているが、彼女だけ周回遅れになっている。フラフラになって、もはや走っているんだか歩いているんだか分からない状態のユスティーヌの横を、残りの4人が走り抜けていく。


「こんなのでへばってどうする!まだ今日の訓練予定の半分も終わってないぞ!」


 というベアトリゼ隊長の鬼のような激励とともに。

 その一言で、かろうじて残っていた彼女の気力がプツンと切れた。その場にうずくまり、ゲロゲロと始めてしまう。振り返ってそれに気付いたサリアが、(前にもこんなことあったな)と思いつつ言った。


「隊長、ユスティーヌが貴族のお嬢様が出しちゃいけない音を出してます」


「仕方ない、いったん休止!3人はユスティーヌを介助しろ」


 エルフィラが背中をさすり、サリアが汲んできた水を飲ませている横で、手持ち無沙汰になったミリアーネが大法螺を吹く。


「ゲロゲロはこの隊の通過儀礼だからね。ま、私はできる子だから1回もしたことないけど」


 ミリアーネとしてはユスティーヌをからかったつもりだったのだが、当の彼女はグロッキーでとてもそんなたわごとを聞いている余裕が無い。代わりに、ベアトリゼ隊長がばっちり聞いていた。隊長がこめかみに青筋を立てながら言った。


「ほう、自分はあんな状態に追い詰めらたことはないと。今の訓練は生ぬるいと」


 慌てて首を振るミリアーネ。


「いや、今のは言葉の綾というか……」


「できる子なミリアーネには追加で10周走らせてやる。行ってこい!」


 彼女は自分の口の軽さを呪いつつ走り出すのだった。





 その日の夕食。


「あー疲れた。久しぶりにゲロゲロしちゃいそう」


 などと言いつつ、涼しい顔のミリアーネ。追加の10周もそれほど堪えていない様子。対照的に、ユスティーヌは疲労困憊、食事も進まない。


「無理矢理でも入れとかないと体がもたないぞ」


 心配したサリアが声をかけて、ようやく食物を口に入れてモソモソと食べる有様で、食事を味わう余裕なんて残っていない。


「3人とも、あんな訓練を毎日続けているのか……?」


 頭おかしいんじゃないのか、とでも言いたげに尋ねるユスティーヌに対し、ミリアーネが鼻高々と答える。


「そうだよ!あの訓練に耐えたからこそ、我々モブキャラでも戦死せず、盗賊団に打ち勝つことができたのだ」


「前から言ってる、モブキャラっていうのはなんだ?」


「ダメだ!その質問をしちゃいけない!」


 ユスティーヌの疑問に、サリアが慌てて叫んだがもう遅い。


「そっか、ユスティーヌにはまだ説明してなかったね。モブキャラっていうのはね――――」


 ミリアーネが生き生きと独演を始めてしまった。ユスティーヌは最初の方は聞いていたが、途中から話についていけなくなり、サリアとエルフィラに助けを求めた。


「どうしよう、ミリアーネの話がよくわからん」


「誰もわからないから、気にしなくていいのよ」


 エルフィラはあっさりと返す。サリアもフォローを入れた。


「ミリアーネは騎士道物語ジャンキーなんだ。こいつに騎士道とかモブキャラとかいう単語を聞きつけられると、必ずわけのわからない演説が始まるから注意しないと」


「う、うむ。注意するぞ」


 誰も聞いていないにも関わらず話し続けるミリアーネを、変な人でも見るような目で見るユスティーヌ。ミリアーネのことは放っておいて、サリアは話を自分の方に持ってこようとする。


「ユスティーヌはどういう本を読むんだ?恋愛物語なんか好きじゃないか?好きだろう?」


 グイグイ迫ってくる彼女を小さい手で押し返しながら、ユスティーヌは否定する。


「いや、そこまで好きじゃない」


「サリア、無理強いはダメよ」


 エルフィラが助けに入った。そしてちょっとモジモジしながら、


「ユスティーヌは女の子同士が仲良くするような話が好きなのよ。ね?前に言ってたわよね?」


 こちらも鼻息荒くどんどん顔を近づけてくる。それをまた小さい手で押し返しながら、


「そんなことを言った覚えはないが……」


「あら、男の人同士だったかしら?それならベアトリゼ隊長が専門ね。でも、それでもいいわ。同性同士を語れる仲間が増えるのなら」


「申し訳ないが、そういう本も読まないな……」


 ユスティーヌはだんだん怖くなってきていた。こいつら、本の趣味のことになると目の色が変わるし、人の話を聞かなくなるな。




「じゃあユスティーヌはどんな本を読むのさ?」


 いつの間にか長い演説を終えたミリアーネが聞いた。その質問を待っていた!ユスティーヌはドヤ顔で答える。


「私は政治書をよく読むぞ。いつ公王に即位してもいいようにな!」


「うわ、つまんなそう。子爵が公王になるはずないし、もっと楽しい本読めば?」

「子爵家が公王になれるわけないだろ。現実見ろ」

「真面目ねえ。公王に即位できるとは思えないけど」


 3人が示し合わせたように同じような感想を述べる。ユスティーヌはムキになって、


「なれるわい!私の曾祖父の兄の奥方の祖父が第四代公王だからな。立派な王家の血族だ」


「ほぼ他人じゃない?」

「四代公王の祖母の奥方の兄の曾孫なんて、今の公王が覚えてるわけない。現実見ろ」

「もっと近縁の王族が山のようにいるのよ?」


 ユスティーヌはもう子供のように地団駄踏んで、


「なれる!なれるったらなれるもん!」


 ますますムキになるので、ミリアーネが子供をあやすように、


「じゃあ、まあ即位できることにしとくけどさ。騎士道物語も読もうよ。公王になった後に配下の騎士を束ねるのに役立つよ」


 すかさずサリアが反撃する。


「役立つかそんなもの。恋愛小説を読むんだ。公王になった後、配偶者を選ぶときに役立つぞ」


 エルフィラも負けていない。


「恋愛小説って身分差の恋とか、そういうの多くないかしら?参考にならないわよ。女性同士が仲良くするものを読みましょうよ。どう役立つかは知らないけど」


「エルフィラのはちょっとニッチな分野じゃない?断然、騎士道物語だって。アーサー王とかもはや古典だし。教養になる!」


「ミリアーネがいつも読んでるのはアーサー王とかじゃなくて、異能力を使って異世界で活躍とか、そういう系統の騎士道物語でしょう?」


「教養でいったら恋愛小説に勝るものは無い。なんたって始まりはギリシア神話にまで遡れるんだからな!」


 3人が自分そっちのけで議論を始めてしまった。ユスティーヌは食事を詰め込みながら思う。


(一番ヤバいのはミリアーネっぽいが、他の2人も似たり寄ったりじゃないか……)

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