最終話.旅立ち
護衛任務終了後、すぐに考査がやってきた。実技試験と面接試験も問題なく終わり、いよいよ結果発表。皆あれだけの功績を上げたのだから、大幅な昇進疑いなしと思っている。それにユスティーヌを除く3人は、市場での功績だってある。これはいきなり幹部になっちゃうんじゃないか?などと盛り上がっているところへベアトリゼ隊長がやって来て、発表を始めた。
「まず、エルフィラ。3級昇進だ。おめでとう」
4人から驚きの声があがる。内訳は、貴族特権の無条件1級昇進に加えて、市場とシュナイダー伯爵邸での功績による2級昇進。素行も問題なく、減点要素もなし。
同じ理由で、サリアは2級の昇進。貴族特権が無いぶん、エルフィラよりは1級落ちた。サリアはユスティーヌを見下ろしてニヤニヤしながら、
「私はユスティーヌに負けなければいいんだ。こいつに負けるのは癪だから」
「何を!私だってきっとエルフィラと同じだぞ!」
ムキになるが、結果は2級だった。なんで!と地団駄踏んで悔しがるユスティーヌを見ながら、サリアは大喜び。内訳は、無条件1級と先日の功績で1級。
隊長が慰めるように言った。
「お前は入隊して日が浅く、体力もまだ出来上がっていないから仕方がない。市場警備のときにもいなかったのだし」
隊長は一呼吸おいて、続けた。
「最後に、ミリアーネなのだが……」
結果は2級だった。理由はサリアと同じ。
「ユスティーヌより下じゃなくてよかった」
「なぜ皆、私の下になるのをそんなに嫌がる!」
隊長は咳払いをして、
「静かに。ミリアーネについては私もずいぶん悩んだんだが……面接で自分の言ったことを覚えているか?」
「最初に、名前はミリアーネ=エンゲルハルト、歳は18、平民の出です、と名乗って、それから」
「そんなところはどうでもいい。今後どういう騎士を目指すか、と聞かれたろう」
ミリアーネ以外の3人はすぐに察した。本人だけがまだ分からずに、
「騎士道物語の主人公のような、強くて簡単には死なないような――――」
隊長が割って入った。
「そこだ、そこ!なぜ馬鹿正直に答えてしまうんだ」
何がいけないのかわかっていない顔のミリアーネに、隊長はため息をつきながら、
「サリア、お前教育係だろう。任せたぞ」
「いや、勝手にそんな大変な係にされても困ります」
「で、面接官からバツ印を出されそうになったのを、私が必死に説得した」
よくわからないけどありがとうございます、と言うミリアーネに向かって、隊長は話を続ける。
「まだある。先日、シュナイダー伯を蹴り飛ばしたろう?」
「ああ、そんなことがありました。あのくそオヤジが邪魔するもんだから」
「あの後、伯からお前を辞めさせるよう、騎士団に圧力がかかった」
屑はどこまでも屑じゃな、と毒づくユスティーヌ。
「で、団長から私が説明を求められたから、お前を必死でかばった結果、事なきを得た」
その他にも、普段の素行で改善すべき点が多々あるものの、どうにか目をつぶってこの結果になったらしい。
隊長って身分は大変なんですね、と無邪気に発言するミリアーネに、隊長はため息をつきながら言った。
「隊長は大変だぞ。特に部下に変人がいる場合はな」
隊長の話は続く。
「そんな大変な隊長職に、4人の中でただひとり3級上がったエルフィラが任命されることになった。おめでとう」
再び、4人から驚きの声が上がる。本人でさえにわかには信じられない様子。
「え、私が?本当に?部下は誰になるんですか?」
「ここにいる3人だ」
え?じゃあベアトリゼ隊長は?と聞くサリアに、ベアトリゼ隊長は急に声をつまらせて、
「私の役目は終わりだ。皆、本当によく頑張った」
4人はびっくりした。あの鬼隊長の目に涙が溜まっている!
「あんなに厳しい訓練を課したら、誰かは脱落するもの思っていた。部下を死なせないため、心を鬼にしていたのだが――――」
先日のシュナイダー伯爵邸でも、軽傷者しかでなかったのはまさに日頃の訓練の賜物だった。モブキャラの自分が戦死しなかったのは、このおかげだったのか。そう考えると、ミリアーネはなんだか無性に感動した。
「私、隊長の部下になれてよかったです!」
と言いながら隊長に抱き着くミリアーネを見て、他の3人も私も、私も、と言いながら抱き着いていった。日頃の訓練への不満は跡形もなく消えて、5人は抱き合った。
ひとしきり感動した後、任地は南のとある街だということを知らされた。この首都から歩いて2日の距離だ。
「初めての土地で、初めての隊長なんて私に務まるかしら」
心配そうなエルフィラに、サリアが笑いながら励ます。
「大丈夫だよ。部下は気心知れた人間ばかりなんだし」
「訓練を厳しくしない限り、私は従順だよ?」
とミリアーネ。ユスティーヌも負けじと、
「つらくなったら、いつでもぬいぐるみ扱いされてやるぞ」
その様子を見ながら、ベアトリゼ隊長が笑った。
「お前達なら大丈夫だろう。たまには顔を見せに来い」
◆
その夜、騎士団の食堂ではそこかしこに人が集まり、皆が同じ話題を話していた。誰がいくつ昇級したか、そして転任する者は新しい任地のこと。
その中で、4人も祝勝会兼昇格祝いを催している。ベアトリゼ隊長が贈ってくれたシャンパンをグラスに注ぎ終わると、ミリアーネが立ち上がった。
「えー、僭越ながらご指名にあずかりましたミリアーネ=エンゲルハルトです。乾杯のご挨拶を申し上げます。今回の我々の勝利、それはモブキャラという単語を抜きにしては語れないと思う。そもそもモブキャラの定義とは――――」
「うわ、いつものが始まってしまった」
「なんでこいつに挨拶任せたんじゃ?」
「こないだ隊長を除く4人の中では一番活躍してたから……」
ミリアーネは3人がひそひそ話しているのを気にも留めない。先日の勝利と今回の昇格とで気分がハイになっているから、なかなか話が終わらない。
『モブキャラとは単に話の盛り上げ役で終わるのか、いや違う――――』
「そういえば、エルブラッドさんは4級昇進したらしい」
既に演説に飽きたサリアが、別の話題を提供する。ユスティーヌが驚き呆れながら、
「やつはバケモノか?」
「まあ、彼は別格だからな。ちなみにオフェリアさんは3級」
「エルフィラと同じだな。たいしたことない!」
ユスティーヌは自分のことのようにドヤ顔。しかしエルフィラは首を振って、
「いいえ、彼女は貴族じゃないから。私は特権も加味されて3級だもの、彼女の方が優秀よ」
「真面目じゃな。あんなヤツ私の眼中になくってよ、くらい言ったらよいのに」
「一番言いそうなお前が2級しか上がってないからな」
サリアがニヤニヤしながら言った。ユスティーヌは憮然と、
「いくら私でもそんなことは言わんし」
話が一段落したが、肝心のミリアーネはまだ終わっていない。
『ここで私がもっとも印象に残った、モブキャラが活躍する事例を――――』
「おいミリアーネ、まだ話すのかよ」
「炭酸が抜けちゃうから早くして」
「祝いの席で長広舌振るうやつは顰蹙買うぞ」
◆
旅立ちの日。4人の門出を祝福するように、空は雲一つ無い快晴だ。
「この宿舎ともお別れだね」
柄にも無くしんみりするミリアーネ、サリアが笑いながら、
「なに、3、4年したらまた帰ってくることになるよ」
そこへ、ユーディトが荷物をしょってやってきたので驚いた。
「ユーディトさんも来てくれるんですか?」
ユーディトはやっぱり自信が無さそうな顔で、
「もしご迷惑でなければ……。私はお嬢様のお家に雇われている身ですので」
「私は迷惑だと言ったのに、こいつが聞かないんだ」
と拗ねるユスティーヌをサリアは突き飛ばして、
「迷惑だなんて、とんでもない。むしろありがとうございます。でも、いきなり異動して大丈夫なんですか?」
ユーディトはにっこりしながら、
「私も皆様のお世話が引き続きできて嬉しいです。手続きはもう済ませてあります」
「さすが、仕事が早い……」
「さて、そろそろ行きますか」
名残惜しさを振り払うように、ミリアーネが言った。サリアがエルフィラに向かって、
「じゃあエルフィラさん、記念すべき初任務を命じてください」
エルフィラは戸惑いながら、
「えっと、じゃあ、皆で無事に任地に着くこと!」
「ずいぶん簡単な任務だな」
ユスティーヌが笑った。
ミリアーネたちのモブキャラな日々は、これからも続く。
モブだけど戦死しないよう、小説の知識で運命に抗います ~モブキャラ女騎士の騎士道物語研究~ 桃栗三千之 @momokurimichiyuki
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