9.警備任務(昼間)②

 いよいよ警備任務の日。今までずっと訓練ばかりだった3人にとっては初任務の日でもある。騎士団入団以来そろそろ4ヶ月、季節は夏になろうとしていた。


 相手が神出鬼没の盗賊ということで、ベアトリゼ隊長も含めた4人は鎧を着けず軽装。騎士団指定のぴっちりした黒シャツ、同じく黒のズボンを茶革のベルトで留め、茶革のブーツを履く。左腕には公国紋章が刻まれた腕章。そして左腰に剣、右腰に短剣。


「初めて正式な制服着たけど、いかにも騎士みたい!」


 ミリアーネがはしゃいでいる。


「いかにも、じゃなくて正真正銘の騎士だから。恥ずかしいからはしゃぐんじゃない」


 サリアが苦笑しているが、そういうサリアだって今朝は鏡の前で襟の立て方やベルトの留め位置を丹念に調整し、できあがった自分の制服姿に(私もなかなか様になってる!)と自画自賛していたのである。初任務を前にして、3人ともワクワクしていた。




 ようやく日が昇ろうとする明け方だが、市場はもう開店の準備を始めている店もある。市場の入り口にある詰所に着き、夜番の騎士たちと引き継ぎを済ませてから、ベアトリゼ隊長から改めて命令が伝えられた。


「本日の任務はこれから日の入りまで半日、この近辺を警備することだ。4人を2班に分け、片方は哨戒、もう片方は詰所で周囲に目を配りながら休憩。これを1時間ごとに繰り返す」


 そこまで聞いて、俄然3人の間に緊張が走った。どうあってもベアトリゼ隊長と同じ班になるのは勘弁してほしい。あのスパルタンのことだから、休憩中も筋トレをしろだとか市場を30周走ってこいだとか言い出しかねない。


 ベアトリゼ隊長は続けて言う。


「戦力をできるだけ均質にするため、貴様らの中で一番剣ができない者が私と組むべきだ。貴様らで決めろ」




 3人は顔を見合わせた。いきなり心理戦が始まってしまったのである。サリアは頭の中で考えた。かわいそうだが、一番剣の腕が立たないのはエルフィラだ。しかし私は友人を名指ししたくない。エルフィラが傷ついてしまうだろう。


 だからといって、とサリアはまた考えた。ミリアーネを名指しすることもできない。悔しいが、たぶん3人の中では一番強い。先日の総当たり戦でエルブラッドさんと渡り合ったこともある。しかも微妙に空気が読めないから、ミリアーネを名指ししたら「私はエルフィラが一番弱いと思う!だって立ち会いしても私に10回に1回くらいしか勝ててないし!」などど露骨に真実を突きつけて反論しかねない。


 とすると、私が自分で手を挙げろということか?いや、隊長に休憩中に腕立てだの腹筋だのさせられるのは真っ平だ。詰所は市場の入口にあるから、市場にやってきた人すべてに私の筋トレ姿を晒すことになる。まるで見世物じゃないか。なんたる屈辱!




 ミリアーネとエルフィラもだいたい同じようなことを考えていたので、3人は顔を寄せ合ったまま長いこと言葉を発しなかった。3人とも心の中で、(誰か早く手を挙げて!)と思いながら。


 とうとう隊長がプッツンした。


「いつまで時間がかかるんだ!もういい、エルフィラが私と組め!残りはすぐに哨戒に行け!」


 涙目のエルフィラをその場に残し、2人は逃げるように市場の見回りに出発した。







「ここがありきたりの騎士道物語の世界で、もし私が主人公だったなら、この見回りできっとチンピラにからまれた美女を見つけるの。で、私がお茶の子さいさいでチンピラを退治して、美女に惚れられる、ってわけ。まあ私たちモブキャラだから、そんなイベントはたぶん発生しないんですけどね」


 ミリアーネはこういうときでも騎士道物語の王道パターンの説明を決して怠らない。


「そんな簡単にチンピラがいてたまるもんか」


 サリアはまともに取り合わない。


 時間はあっという間に過ぎ、本日最後の巡回。もうそろそろ日の入りである。盗賊団も美女にからむチンピラも現れそうにない、いつも通りの平和な市場。平和すぎて2人の気も緩んできた。ちょうどそんなとき、なにやら良い香りが2人の鼻をくすぐる。香りの出所を目ざとく発見したミリアーネが瞳を輝かせて、


「ミートパイ売ってる。2人で半分こしようよ」


「隊長に買い食いバレたらまずいぞ。サボったと思われる」


「隊長は詰所にいるんだからバレっこないって。食べたあと口の周りちゃんと拭けば大丈夫だよ」


 サリアもパイの誘惑に負け、まあ大丈夫だろうということで買っていくことにした。ミリアーネはもうニコニコで、


「おじさん!ミートパイ1つ!」


「あいよ。嬢ちゃんたち、騎士団の人かい?ご苦労なことだ」


 お金を払い、店主からパイを受け取ろうとしたそのとき、2人の後ろを男がものすごい早さで駆け抜けていった。遠くから誰かが「泥棒ー!」と叫んでいる。2人は顔を見合わせ、すぐさま走り出した。




 泥棒は通行人を突き飛ばしながら疾走していく。2人も懸命に追うが、まさか騎士でありながら通行人を突き飛ばすこともできず、おまけに佩いている剣の重さもあり、なかなか差を縮めることができない。しかし幸いなのは、泥棒が市場の入口に向かって逃げていることだ。詰所にはベアトリゼ隊長とエルフィラがいるから、そこで挟み撃ちにできるだろう。思った通り、2人は騒ぎを聞きつけたようで、入口のところに剣を抜いて構えている。すると泥棒は短剣を取り出し、隊長とエルフィラのいる方めがけて投げた。


「危ない!」


 サリアとミリアーネが同時に叫んだ。


 飛んできた短剣をベアトリゼ隊長とエルフィラが飛んでよける。その一瞬の隙に、泥棒は隊長の脇をすり抜け、市場の外に出た。サリアとミリアーネがそれに続いて駆け抜けながら、ベアトリゼ隊長に声をかける。


「隊長、怪我は」


 2人の後ろから隊長が叫ぶのが聞こえる。


「こちらは大丈夫だ。盗賊団の陽動の可能性を考え、我々はここに残る。そいつは貴様らに任せる!」




 市場の前には一段低くなったところに運河が通っており、10段ほどの石段を降りたところが船着場である。泥棒はその階段を駆け下りていく。


 ミリアーネはここで追いつくぞとばかり、3段飛ばしで距離を詰めながら相手の襟に手を伸ばす。が、掴まえた、と思うより先に足を滑らせ、体が宙に浮いた。やはり3段飛ばしは無理だった――と思う間もなく地面にお尻から激突し、あまりの痛みに


「あーーーーー!!!」


 と周囲の通行人が皆振り向くような絶叫をあげて悶絶した。あまりの大音量に泥棒も一瞬怯んだので、後ろから追っていたサリアが追いつき、泥棒に飛びついた。階段の途中で飛びかかったので、サリアと泥棒2人絡み合いながら地面に落下する。不幸にも下になってしまったのはサリアで、こちらも地面にお尻から激突した。しかも自分の分と泥棒の分、2人分の重さである。


「あーーーーーーーーー!!!!!!」


 ミリアーネに勝るとも劣らない大絶叫があがった。







 2人の乙女のお尻に大きな青痣ができたが、泥棒は無事に捕縛され、警察に引き渡された。泥棒が盗賊団の陽動ということもなかった。盗まれたものは元の店に返され、感謝を受けた。


 彼女たちがお尻をさすりながら詰所に戻ると、ベアトリゼ隊長が珍しく笑顔である。


「よくやった。身を挺して犯罪を撲滅するとはな。明日からの訓練は少し量を減らしてやろう」


「すごいわ、2人とも」


 エルフィラも尊敬のまなざしを向けている。


 2人は(身を挺したのは意図したわけじゃないんですけどね)とは思いつつも、騎士になって初めて功績を挙げられたこと、そして鬼の隊長から初めて褒められたことで、大きな満足を感じていた。




 そこに、さきほどのミートパイ屋の店主がやって来た。


「やっぱり詰所にいなすったか。商品を受け取らずに泥棒を追いかけて行っちゃったから探したよ。市場の治安を守ってくれたお礼として4人分渡すから、皆で食べてくんな」


「ありがとう、おじさん!」


 ミリアーネが今日一番の笑顔を見せた。

 店主が行ってしまうと、後ろからベアトリゼ隊長の声がかかった。「おい」

 サリアとミリアーネが振り返ると、隊長が鬼の形相に戻っている。


「お前ら、買い食いしようとしてたんだな」


「「あ!」」


 2人の顔から血の気が引いた。


「バカ者!明日からの訓練はさらに厳しくしてやるから覚悟しろ!」


「サリア、ミリアーネ、頑張ってね」


 2人がひたすら謝るのを見、エルフィラは同情した。

 しかし鬼隊長は理不尽である。


「エルフィラ、お前も連帯責任だ!」


「なんでぇー!?」

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