22.ユスティーヌ

 ミリアーネとサリアの傷は幸い大事に至らなかったが、2週間の静養を言い渡されたのだった。今日の2人は日中の有り余る時間を、サリアの部屋で無駄話をすることで潰している。

 話題は同期の騎士たちのことになった。


「エルフィラは男女問わず隠れファンがいるんだよ。なんか包容力ありそうって」

「わかる。一見取っつきにくい感じだけど、話してみると優しさの塊だからな」

「サリアも実は隠れファンいるんだよ?」


 それを聞いて、サリアは急に色めき立った。


「え、そうなの?ちょっと詳しく」

「情報を得るためにはそれなりの対価が必要、というのは古来からの鉄則でして」


 ニヤニヤするミリアーネに、舌打ちしながらサリアは言った。


「そこにある小物をどれか持って行っていいから」


 指さしたのは、キツネやクマなどの動物をデフォルメした置物。


「私、かわいい系の小物はあんまり集めてないんだよね。というかサリア、見かけによらずかわいい物好きだよね。前も言ったけど」

「いいから。早く言ってよ」


 サリアはミリアーネをゆさゆさ揺すぶる。


「やめてやめて、傷口また開いちゃう。言うから。あのね、サリアは男性の一部にコアな人気があるよ。主にお尻の大きさで」


 サリアの表情がみるみる険しくなった。


「そんなこと言ってるやつを全員暗殺して回りたい」

「ちょっと、恐ろしいこと言うのやめてよ……」


 これ以上言うと彼女のかんしゃく玉が爆発しかねないので、ミリアーネは話題を転じた。


「そういえば、ユスティーヌいるじゃない。最近、取り巻きの人たちから見限られちゃったらしいんだよ」

「へえ。みんな薄情だな」


 ユスティーヌは、ミリアーネが以前から主人公・エルブラッド、ヒロイン・オフェリアに対するライバルヒロインと勝手に見なしていた存在。由緒正しい子爵家の出、美貌、実力と揃っているように思われたので自然と取り巻き軍団のようなものが形成されていた。そして彼女はエルブラッドやオフェリアを一方的にライバル視して、他愛も無いちょっかいをよくかけていたのだった。しかしある時とうとうオフェリアの堪忍袋の緒が切れ、決闘を挑まれた上に完膚なきまでに負け、持っていたカリスマ性が地に落ちた。その証拠に、エルフィラのことは初め「さん」付けで呼んでいたミリアーネとサリアも、ユスティーヌのことはもはや呼び捨てである。それくらいで済めばまだ良かったが、取り巻き軍団の崩壊という目に見える影響も出ているのだった。


「で、いま新たに取り巻きを形成しようと無駄なあがきをしているらしい」


「個人的には嫌いじゃないんだけどな。エルブラッドさんやオフェリアさんへの悪戯も、見てて不快になるようなものじゃなかったし」


「でもさ、一回負けキャラになっちゃうとなかなか厳しいよね」


 そしてミリアーネはいつもの独自理論の説明を始める。負けキャラとは、負け組になることが確定した人物のことを言うらしい。主人公やその周囲の人間と張り合ってきた人間が、何かのきっかけで実力差を思い知らされる。するとその人間は以後何をやってもうまくいかず、主人公やその周囲の人間との実力差がどんどん広がっていくだけになってしまう。


「初登場時には強かったけど、ストーリー中盤からの戦闘力インフレについていけなくなっちゃうキャラがよくいるじゃない。あれだよあれ。って、サリア、聞いてる?」


 サリアは既に興味を失って、本棚から恋愛小説を引っ張り出してきて、ベッドに腹這いになって読んでいる。ミリアーネの問いかけにも、本から目を離さずに素っ気ない口調で応じた。


「いや、よくわからなかった」


「話聞かずに本読んでるからでしょ!」


 ミリアーネが口を尖らせながら抗議した。




 そのうち話題も尽きた。サリアは同じ姿勢で本を読み続けている。ミリアーネは彼女をゆさゆさ揺すぶりながら言った。


「サリア、暇だよー。何かしようよ」


「やめろやめろ、傷口また開いちゃう。自分の部屋で騎士道物語読めばいいだろう」


「もう全部読んじゃって、街の本屋まで買いに行かないと新刊無いんだもん。まさかエルフィラに街まで行ってもらうわけにもいかないし」


「私の恋愛小説読んでいいよ」


「恋愛小説あんまり興味ないし……」


 サリアは明らかに面倒がっているのに、ミリアーネは諦めない。


「じゃあ、オリジナル騎士道物語作らない?この前の晩、敵が現れるまで一人で詰所でやってたの」


「詰所で何してるんだよ……。私は騎士道物語に興味ない」


「じゃあ、怖い話大会!季節ちょっと過ぎたけど」


「やだ!!」


 サリアの大声にびっくりしたミリアーネは、おや?と思った。これはもしかすると……。試しに、即興で作った話をしてみる。


「私の地元の町外れに小さな洞窟があるんだよ。で、昔この洞窟に異様な格好をした修道士が入っていくのを見た人がいて」


 サリアは呼んでいた本を投げ捨て、耳を塞いだ。その様子を見下ろしながら悪い顔をするミリアーネ。


(ほう、これはこれは……意外な弱点があるもんだね)


 そして即興のデタラメな怪談を続けていく。


「で、その人は気になってその修道士の後をつけたの。すると奥では……」


「イヤだって!!」


 叫ぶや否や、サリアはベッドから跳ね起きてドアに駆け寄った。


「あ、そんなに激しく動くと傷口に良くないよ」


 ミリアーネの忠告も耳に入らず、ドアを勢いよく開けた。ドアが何かにぶつかって、「痛っ!」という小さな叫び声が聞こえた。







 夕食の食堂では、いつもの3人が席を囲んでいる。しかし今日は、その席にユスティーヌも座っている。


「まったく、ひどい目にあったわい」


 おでこをさすりながらブツブツ言うユスティーヌを、ミリアーネが笑いながら子供をあやすように宥めている。ユスティーヌに威厳も何も感じていない証拠である。


「だから悪かったって。ごめんって」


 ユスティーヌはミリアーネたちより頭一つ分ほども背が低い。しかし長く伸ばした銀髪は美しく、瞼は二重で鼻も高い。黙っていれば堂々たる貴族令嬢の風格と美貌を備えていた。オフェリアに散々に負けるまでは。

 そのユスティーヌはちょっと狡猾そうな顔になって口を開いた。


「まあ私は寛大だから、条件次第で機嫌を直してやらんこともない。その条件は――」

「機嫌を直す前に、その尊大な態度を直せよ」


 サリアがからかう。


「やかましい!そもそもおぬしが直接の原因じゃろが!」


「どうせ私の配下になれ、とか言うんでしょ?」


 ミリアーネの言葉にユスティーヌは目を丸くした。


「なぜわかった?って顔だね。まあ私は予知能力持ってるからね」


「嘘くさいが、まあいい。わかってるなら話が早い。配下になってくれるのだな?」


「「「やだ」」」


 3人同時に答えた。ユスティーヌがテーブルを叩いて悔しがる。


「なんで!理由は!」


「負けヒロインにくっついてっても良いこと無いって決まってるし」

「その尊大な態度が気にくわん」

「同期同士で徒党を組んで対立するなんて嫌よ」


 ボロクソに言われてユスティーヌも心が折れかけた。が、彼女もまたミリアーネ並に諦めが悪い。


「負けヒロインとかいうのはよくわからんが、配下になりたくないのはよくわかった。では、私の護衛というのはどうだ?」


「実質同じじゃん」

「態度を改めろ」

「なぜ、私たちにそこまでこだわるの?」


 エルフィラの問いに、ユスティーヌは答える。


「おぬしらが白の盗賊団を2人も逮捕したのは知っておる。そんな実力があって、なおかつどの派閥にも属してないのはおぬしらだけなんじゃ。頼むから護衛になってくれ!」


 それを聞いたエルフィラは申し訳なさそうに言う。


「私たち、派閥とかには興味が無いの。ごめんなさいね。ただのお友達なら歓迎だけれど」

「そうだ、変な派閥争いに巻き込むんじゃない。あと態度を直せ」


 サリアの捨て台詞を残して、3人は行ってしまった。だからユスティーヌの目が何か思いついたように光ったことに、3人は気付いていなかった。

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