27.エルフィラ至福の日々 ③

 次の日食堂で朝食をとっているとき、エルフィラはおや、と思った。食堂にいる騎士が、全員若い女性だったのだ。


(食事時間は男女別になったのかしら?)


 まさかと思って向かいに座るミリアーネに尋ねると、不思議そうな顔をして答える。


「何言ってるの?もともと騎士団に男性なんかいないじゃない」


 またバレバレの嘘をつく!ミリアーネはいつもこうなんだから、と思っているところへ、サリアが笑いながら言った。


「おいおい、しっかりしてくれよ、団長」


(サリアまで私を担ぐつもりなの?しかもそんなくだらない嘘で)


 意外だと思ったところに、ユスティーヌが聞く。


「で、団長様、今日は何をするんじゃ?」


 ユスティーヌも!間違いない、何が目的かは知らないけれど、この3人は結託して私をからかっている。しかも私が来る時間帯に若い女性騎士しか食堂にいないようにするという、相当念の入った方法で。いいわ、それだったら私もみんなをからかってやるんだから。

 そしてユスティーヌに向かって、できるだけ尊大な口調を作ってこう返した。


「今日は、そうねえ、一日かけて私をマッサージしてもらおうかしら。最近少し、働きすぎたかしらね」


 こんな無茶な要求、通るはずがない。3人は次に、「ごめん、嘘だよ」と言ってくるに決まっている。

 しかしどうしたことか、ユスティーヌは食堂じゅうに響き渡るような大声で言うのだった。


「皆、聞いたか!今日の任務は、お疲れの団長にマッサージをして差し上げることだ!」


 その声とともに、女性騎士たちが一斉に黄色い歓声をあげて寄ってくる。


「団長の玉のようなお肌に触れることができるなんて!」

「私は左のおみ足を」

「私はお背中!」

「じゃ、じゃあ私はおヒップを……」


 そして担ぎ上げられるようにして運ばれた部屋には、いつも寝ているベッドの五倍の幅はあろうかという特大ベッド。そこに下着姿でうつ伏せになり、身体じゅうをもみくちゃにされながら、エルフィラは幸福を噛みしめていた。まさか、本当に自分が女性騎士団の団長になっているなんて!しかも配下が従順すぎる!しかもこういう場合、次に起こることはだいたい決まっている。

 果たして、エルフィラの前に今までの人生で見たこともないような美少女が現れた。そして顔を赤らめながら言うのだった。


「あ、あの、団長様、お下着をお取りしてもよろしゅうございますか……?」


「ほら来たあッ!」





 自分の絶叫で目が覚めた。いつもの狭いベッドにうつ伏せになって、枕によだれをダラダラ流している。この枕は相当よく洗わないといけないだろう。

 しかしそんな憂鬱は、いま見た夢の余韻にかき消された。なんてすばらしい夢!あの夢の続きを見られるのだったら、全財産払ってもいい!




 朝食の時にミリアーネが聞いた。


「エルフィラ、なんかいいことあった?」


 しかし聞かなくても答えはわかっていた。彼女はこれ以上ないくらいに幸せそうな顔をしているのだから。ミリアーネの言葉も上の空で、ニヤニヤ笑いながら食事を進める彼女の姿は、やっぱり異様だった。


 食事を終えると、勢いよく立ち上がって言った。


「さあ、今日も訓練頑張りましょう!私、今なら24時間耐久ランニングでもできるわよ!」


 意気揚々と食器を戻しに行く後ろ姿を見ながら、3人はまた顔を寄せてささやき合う。


「エルフィラ、3日連続でおかしいね……」

「なんだか私は怖くなってきた」

「変なクスリに手を出してないじゃろな?」





「隊長が目を見張ってたよ。ここ最近、特に今日のエルフィラは別人みたいだって」


「あら、そう?実は、今朝とてもいい夢見たからなのよ」


 それは朝の様子でだいたいわかっていたので、ミリアーネは更に聞く。


「どんな内容だったの?」


 途端にエルフィラは顔を赤くして、


「いやだ、そんな破廉恥なこと言えるわけないじゃない!」


 (破廉恥な夢だったんだ……)

 3人は察した。ミリアーネは慌てて話題を変えた。


「3人続いたから、今夜はユスティーヌだね。良いのと悪いの、どっちかな?」


「明日の朝報告だぞ」


「おいおい、プレッシャーをかけるでない」


 エルフィラはそこで気付いた。3日連続で、夢をきっかけに自分がイイ思いをしている。ユスティーヌが夢を見れば、今夜もまた……!


「絶対夢見てね!私、応援してる!」


 エルフィラはユスティーヌの手を取り、瞳を輝かせながら言う。彼女の勢いに圧されたユスティーヌは、


「う、うむ。頑張る」


 ミリアーネとサリアも、ぽかんと口を開けている。なんでそんなにユスティーヌに夢を見てほしいんだろう。

 エルフィラだけがウキウキして、今夜は何が起こるんだろうと思いながら寝た。





 次の朝。


「何も見なかった」


 笑いながら報告するユスティーヌに、ミリアーネとサリアはちょっと怒ったように笑いながら、


「えー、なんで?」

「つまらんヤツだな」

「やかましいわい!なんで夢を見なかっただけでそんなに言われなきゃならんのじゃ」


 もちろん2人は本気で怒ってなんかおらず、ユスティーヌもそれをわかっているのだが、ただひとりエルフィラだけが本気で悲しみの涙にくれているのだった。


「ぐすっ……なんで夢見てくれないのよぉ……」


 3人は慌てて彼女をなだめ始める。


「そんなに悲しむこと!?」

「ユスティーヌも昨夜は調子が悪かっただけで、今夜は夢を見てくれるよ。な、そうだろう?」

「いや、そんなこと言われても……」




 こうして、エルフィラ至福の日々は終わってしまった。しかしこの3日間の記憶は今でも彼女の中に強烈な思い出として残っていて、何かつらいことがあると必ずこの日々を思い出す。そうすると自分の中に気力がみなぎってくるのだった。

 思い出すときはいつも顔がだらしなくニヤけて、周りの物事を一切知覚しなくなるので、他の3人にはすぐに分かる。そしてひそひそ話すのだ。


「エルフィラがあのモードに入ったよ」

「ああ、しばらくしたらまた覚醒エルフィラが現れるぞ」

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