《西暦21517年 誠3》その三
処刑クローンが言った。
「あんた、その白衣、貸してくれよ」
急に言われて、誠はとびあがりそうなほど驚いた。
処刑クローンの立ち位置が、どうにもよくわからない。手錠を持っているということは一般人ではない。絶対処刑人に準ずる立場なのだろう。
しかし、今のところ、処刑クローンは誠のことを研究員だと思っているようだ。さっき資料室で見つけた白衣をはおっておいたのが功を奏した。
「ああ……」
誠は気をとりなおし、白衣をぬいだ。
だが、処刑クローンには渡さず、自身でひざまずき、彼に着せかける。
彼は自堕落に身をなげだしていたが、誠が白衣を肩にかけると、ゆっくり起きあがり、袖を通した。彼のあわいブラウンの瞳が誠を見つめる。誠は激しい動悸に息も止まりそうな心地になった。
それにしても、なんという美貌だ。西洋人には女に見えたかもしれない。もちろん同じ東洋人の誠の目から見れば、かなり線は細いものの、ひとめで男だとわかる。
それにしても、さっき卵から生まれてきたばかりの天使のような白く透きとおる、きめ細かな肌。ひげやうぶ毛の存在をまったく感じさせない肌は、薄く光り輝く極上のシルクのよう。
頰にはほんのり血の気がさし、唇は紅。それが双眸のくっきりした華やかな造作を、この世に生きるあたりまえの人ではないように見せる。手足の長い細身の体躯のバランスも完璧だ。
まるで彼だけが、この世とは半歩だけ違う次元に存在しているかのようだ。夢のなかで会った人のように、いつか消えてしまいそうな、そんな気がする。
(御子……)
まちがいない。彼は御子だ。
そうと知って、誠は瞬時、ブラックホールの底をのぞいているような寒気を感じた。
けっきょく、自分も、オリジナルクローンと同じなのだ。これは逃れられない運命なのだと思い知らされて。
「ケガは?」
たずねると、御子は不思議な眼差しで誠を見つめる。
「……なれてるから」
その言葉は誠の心臓をナイフでつらぬくように衝撃的だった。
——僕はみなさんの要望に応えているだけ……。
なんだろう。この頭の奥のチクチクする感じ。何かを思いだせそうで、思いだせない。
御子の言葉は薫にも動揺を与えているようだった。
「蘭……さん? ほんとに……?」
「ごめんなさい。かーくん。僕を軽蔑しますか?」
「いや、そうじゃないけどね。なんか、僕の知ってる蘭さんなら、怒り狂って相手を撃ち殺しそうだから……」
「そんなことしませんよ。どうせ、僕はゾウリムシだから」
「ぞ、ゾウリムシって……」
「単細胞って意味です」
「あ、ああ。単純ってことか」
違う。何かが違う。
ゾウリムシ——以前、自分のことをそんなふうに卑下していた人がいた。
誠はそれを知っている。
あれは、誰だったろう……?
誠の胸は妖しくざわめく。
処刑クローンが問いかけてきた。
「あんた、顔色悪いな。どうかしたのか?」
誠はなんとか気をひきしめる。
「……人を撃ったからだ。そいつ、死んだのか?」
トムは倒れたまま動かない。
けれど、修士に手錠をかけたあと、処刑クローンが確認して、こう言った。
「まだ息がある。というか、あたったのは腕だ。止血さえしとけば命の危険はない。熱線銃の高圧電流のショックで気絶してるだけだ」
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