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《西暦21517年 蘭3》
「じゃあね。ジャンク。ひよこ豆。サーディン。近々、そっちへ行きますから。そのときには僕の友達もつれていきます。それまで、みんな、いい子にしていてくださいね」
「はい。神さま。お待ちしています。早く会いたいです」
等身大ホログラフィーで、太陽系のあらゆる場所と交信できるホロライン。
それを使って、蘭はコロポックルたちと話していた。ブーツがとつぜん大人になったというので、コロポックルたちから何か聞きだせないかと思ったのだ。が、コロポックルたちにも、まったく原因がわからず、おびえていた。
あきらめて切ろうとしていたときだ。
バタバタと廊下をかけてくる足音がした。いきなり、ドアがひらく。猛だ。めずらしく血相を変えている。
「大変だ! 春蘭が逃げだした!」
「えッ?」
なるほど。一大事だ。
「春蘭が? でも、春蘭は蔵に入れて、鍵をかけてるじゃないですか。鍵を持ってるのは水魚だけだし」
「それが……薫が手引きしたらしい」
「えッ?」
蘭は絶句した。
しばらくして、コロポックルたちのつぶらな瞳が見つめていることに気づく。手をふってからホロラインを切った。
「手引きって……だって、かーくんは春蘭の存在じたいを知りませんよ。僕のクローンがいるって説明してないんですから」
「ああ。でも、ボートを盗んでったときの姿が監視カメラに映ってる。たぶん、座敷牢に入れられてる春蘭を見て、おまえだと勘違いしたんだ」
思わず、蘭は悲鳴をあげた。
「ボートを盗んだって?」
「ついさっき、盗んだボートで、どっかへ飛んでったよ。それで、おれに連絡が来て——とにかく、あとを追う」
「待って。僕も行きます」
「おまえはダメだ。どんな危険があるかわからない」
「なんの危険があるって言うんですか。僕は御子ですよ?」
「だから危険なんだろ。今でも御子さまストーキング罪で捕まるやつはいるんだからな」
「そんなの、みんな監獄星に入れてあるじゃないですか」
ところがだ。猛の表情はますます険しくなる。
「その監獄星からも、ついさっき報告があった。昨日、脱走者があったって。通信機器を壊されて、やっと今になって連絡がついたんだ」
「監獄星から脱走?」
「ああ。でも、囚人本人じゃなく、逃げだしたのはクローンのヤツららしい。記憶複写は受けてない」
記憶複写を受けてないなら、ふたたび蘭のストーカーになる心配はない。その点だけは安心だ。
「監獄星は木星の衛星でしょ? 地球までは来ませんよ。セレスか火星あたりにまぎれこむつもりでしょう」
「たぶんな。でも、用心に越したことはない」
「そうは言うけど、春蘭はあとがない。何をしでかすかわかりませんよ。おとなしく投降するよう説得できるのは、最終的には僕だけだと思います」
猛は嘆息した。
「一理ある」
あきらめたように、猛は蘭の肩を叩く。
「わかった。行くぞ。ただし、おれのそばから離れるな。どんなことがあってもだ」
とるものもとりあえず、ボートに乗りこんだ。猛、安藤、池野、それに真島とその部下の北沢。そして蘭の六人だ。蘭以外は全員、コマンダーである。
真島はオリジナルのころからの猛の友人。その関係で、蘭も親しくなった。最初に会ったとき、変装のために蘭が女装していたので、すっかり女だと勘違いしてしまった。ひとめぼれされたことも、今ではなつかしい思い出だ。その後、蘭が男だと知って、傷心の真島は鞍馬山で修行したそうだ。
北沢は真島の大学時代の後輩。無口だが柔術だけでなく、射撃の腕もいい。村のクレー射撃大会では、いつも上位を争う。
猛はボートに乗りこむと、持ちこんできた装備に着替える。厚い黒革の戦闘服。ホルスターにマグナム。ベルトに日本刀をさし、ナイフと弾丸の予備を肩からナナメがけだ。
戦闘服の猛は、背中の黒い羽のせいで、まごうかたなき悪魔に見える。どこか物悲しい目をした超ハンサムな悪魔だ。誘惑されたいなどと言って、村の女たちがギャアギャアさわぐわけである。
「そのスタイル、久々に見た。そこまで重装備にする必要があるんですか?」
「ないかもしれないが、念のため」
「春蘭が自爆テロでもすると思ってます?」
「可能性がないわけじゃない」
春蘭は蘭を殺し、なりすまそうとした。御子反逆罪。重罪中の重罪だ。蘭のクローンでなければ、とっくに極刑になっている。たしかに、自爆テロくらいはするかもしれない。
「向こうのボートと連絡をとってみましょうよ。とにかく説得しないと」
「通信が切ってある。反応がない」
「じゃあ、追っていくしかないのか」
「春蘭のやつ、GPS装置に気づいてないみたいだな。まだ生きてる——池野。モニターに映してくれ」
池野は機器全般に強い。たいがいのマシンを自在にあやつる。宇宙船(手動操縦の)免許も持っている。猛に命じられて、宇宙図を映した。ピコピコと光が点滅しながら移動している。春蘭のボートだ。まだ地球の衛星圏外へは出ていない。
「しめた! やつら、旧医療センターへ向かってるぞ。今すぐセンターへ連絡して、捕まえさせよう」
「センターが今、研究に使われてることを、春蘭は知りませんからね」
よかった。これで事件は解決したも同然だ。向こうには警備のため、オーガスを隊長とする部隊が派遣されている。人数は少ないが、オーガス隊も精鋭の集まりだ。武器を持たない春蘭と薫の二人なら、すぐに確保してくれる。むしろ、二人にケガをさせないか、そっちが心配だ。
「無傷で捕まえるよう、重々、注意しておかないとね」
なんて、気楽にかまえてたのに。
数分後。また事態は一変した。
池野が少年のような顔をこわばらせる。
「猛さん。旧医療センターと交信がとれません」
猛も顔をしかめた。
「交信がとれない?」
「機器の故障か、あるいは故意に断たれているかと」
「故意に……バカな。なぜ、そんな……蘭、おまえ、さっき、コロポックルたちと話してたよな?」
「ええ。さっきはとくに異常ありませんでした。コロポックルたちも何も言ってなかったし」
猛はひとりごとのように、つぶやく。
「センターで何があったんだ?」
それに答えられる者は、このボートのなかには誰もいない。
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