《西暦21517年 ジャンク3》その一
「わーい。神さまがもうすぐ、こっちに来るです。これでもう安心だね」
「うん。なんでブーツがあんなふうになったのかわからないけど、きっと神さまが、もとに戻してくれるよ」
神さまとのホロラインが切れたあと、ジャンクのまわりで、みんなは屈託なく喜んでいた。
この世に心配ごとなんて、ただの一つもないというような仲間たちを見ていると、ジャンクは不安になる。ほんとにこれで何もかも、もとどおりなのだろうか。もしかしたら、これは罰ではないかと思う。
ジャンクは知っていた。
ブーツがみんなに隠れて、お菓子をひとりじめしていたことを……。
最初に変だと思ったのは、ジャンクがお菓子を祭壇にそなえようとしたときだ。
いつものようにお菓子をもらって帰ってきたジャンクは、祭壇の間へ行った。一番奥に作った祭壇の間は、誰も用なく入ってはいけない。お菓子をおそなえするときと、全員が集まって食べるときだけだ。
なのに、ジャンクが室内に入ると、なかにブーツがいた。祭壇に向かって立っているので、ジャンクにはうしろ姿しか見えない。
「ブーツもお菓子、もらったの?」
このごろは地球人のお手伝いをして、お駄賃にお菓子をもらう者も増えてきた。労働に対しての報酬は正当な権利だ。自分から『お手伝いすることはないですか?』と聞いてもいいことになっている。花壇に花を植えたり、部屋の掃除をしたり、みんな、さまざまな方法で報酬を入手してくる。
ブーツが労働してるとこは、あまり見たことがない。でも、そのときはてっきり、もらったお菓子を置きに来たのだと思った。
ジャンクが声をかけると、ブーツはビクッと肩をふるわせた。そのまま、なかなか、ふりむかない。
ジャンクはお菓子を置くために祭壇に近づいた。まるで、ブーツは逃げるように部屋からとびだしていった。ジャンクのほうを一度も見ようともせずに。
(変なブーツ。ひとことぐらい返事してくれたっていいのに)
なにげなく祭壇にお菓子を置こうとしたジャンクは、ふと疑問に思った。
(あれ? ここに置いといたクッキーがない。菊子が自分で焼いたのよって、朝くれたやつ。たしか、この場所だったのに……)
花柄のキレイな袋に入っていた。
クッキーが自分でどこかへ行ってしまうはずがない。変に思ったジャンクはお菓子を数えた。すると、キャンディーが五つも少ない。キャンディーは人数ぶんが集まってから食べることになっている。昨日、ひよこ豆と数えたときには、四十一個あった。あと四つで全員のキャンディーが集まると話した。それが五つも減っている。
(まさか、ブーツ……)
お菓子は、みんなのもの。
みんなで平等にわけると決めていた。
それをナイショで自分だけ食べるなんて、泥棒だ。幼なじみが盗みを働いてるなんて、ジャンクは信じたくない。信じたくないが、疑わないわけにはいかなかった。
そのあと、ジャンクはブーツが度々、祭壇の部屋へ入っていくのを目撃した。そのたびに数えていたお菓子が少なくなっている。
ジャンクは胸を痛めた。
誰かに相談しようとも考えたが、できなかった。
ジャンクたちの先祖は宇宙海賊だった。盗みや
もしまた先祖と同じ罪を犯せば、今度はどんな罰を受けるのだろう。
甘いお菓子を食べたあとの苦いウガイ薬をめいっぱい飲まされるとか?
いや、もしかしたら、お菓子をとりあげられてしまうかも!
そうだ。そうに違いない。あの甘い味を知ってしまった今になって、それをとりあげられるなんて、この世の地獄だ。
地獄……まさか、土星へ帰されてしまうだろうか。生まれたときからいた場所だけど、あのころ、ジャンクは土星しか知らなかった。だから、土星は地獄ではなかった。ただの生きにくい環境だ。
でも、今、もし、あのころと同じ生活に戻れと言われれば、そこはまちがいなく地獄だ。
希薄な空気と全身にのしかかる重い重力のもと、ひたすら生きるために口をパクパクあけて、大地によこたわるだけの日々。
口のなかがジャリジャリする泥を頬張って空腹を満たす日々。
あのころには、もう帰りたくない。
(どうしたらいいんだろう。ブーツがみんなのものを盗んでるって、そんなこと地球人に知られたら、きっと土星人はみんな平気で盗みをするんだって思われる。地球人には、絶対に言えない。ひよこ豆かジャーニーに相談すれば?)
それはダメだ。ひよこ豆は短気だから、ズルをしたブーツをゆるさないだろう。きっと、さわぎたてて、みんなにふれまわる。子どもっぽいジャーニーも大差ないに違いない。
長老に言えば、そのまま一族会議だ。きっとブーツはみんなから責めを受ける。おりしも祭の日が近い。ブーツは卵にされるかもしれない。
思い悩んで、ジャンクは誰にも相談できなかった。日にちだけが、いたずらにすぎていく。
そして、祭が来た。
祭は数年に一度だけ行われる、とても重要な儀式だ。苛酷な環境で一族が生きながらえていくのには欠かせなかった。
このときに選ばれる卵の役は、たいてい高齢者が選ばれる。卵になれば、一度死んでも、ふたたび一族のなかに蘇ることができる。高齢者が卵になるのは理にかなっている。
ただし、今回の祭については、仲間たちのなかでも意見がわかれていた。
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