《西暦21517年 猛3》その二
そんなことを話していたやさきだ。
発着場にいる中野から、ふたたび伝達が入る。
「ゴールドが抵抗しました! 熱戦銃を乱射し、輸送船にたてこもりました。コマンダー一名負傷。ゴールドは御子さまをつれてくるよう要求しています」
「遅かった!」
猛はひたいを片手でベチリと叩く。
「すでに接触したあとだ。ストーカー化しなけりゃいいが」
しかし、女テロリストが接触したのは春蘭だ。蘭はセンターの外で待っている。蘭の身に危険はおよばない。
そう思い、猛は安心しきっていた。
長い廊下に、どこまでも研究室が続く。使用されていない部屋も多い。未使用の部屋は鍵がかかったままになっている。猛は池野と二人、調べられる部屋はすべて開け、一室ずつ、なかを確認した。初めてテロリストの痕跡を見つけたのは、何室めだろうか。
「猛さん! これ、ハッキングもとのコンピューターです!」
無人の研究室に一台だけ起動したコンピューターのモニターが青白く光っている。ずいぶん旧式のデスクトップだ。今時、こんな機種をあつかえるのは、オリジナルのころの二十一世紀の記憶を持つ者だけだ。あるいは、恐ろしくマニアックなコンピューターオタクか。
猛は二十一世紀の記憶を持ってはいるが、あいにく精密機械の分野には、てんで
「これがハッキングもとだって、なんでわかるんだ?」
「そぎゃんの見ればわかります——スゴイな。これ、短時間に構築できるトラップじゃない。たぶん、このときのために事前に用意しちょったんでしょう。こっちの奪取かけてるのがオシリスですね。でも、これじゃ、とうぶんムリだろうなぁ」
池野がコンピューターをいじっているあいだ、猛は室内をチェックした。そこは実験のためというより、純然たる事務室のようだ。机と資料やデータをおさめた本棚以外は目につくものがない。誰も隠れていないことを、猛は確認した。
「テロリストはおれたちの気配を察知して逃げだしたんだろうか?」
「いんや。違うと思う。時限トラップが仕掛けてああけん。それも、このままだと電源が落ちらんかぎり止まらん、無限トラップになっちょう」
「電源、切っちまえよ」
「手動では落とせんようにプログラミングが書きかえられちょうます」
「そんなの、どうすんだ? いくらオシリスが天才でも、奪いかえせないだろう」
言いながら、猛はなにげなく問題のデスクトップに腕をかけ、もたれかかった。
その瞬間、激しい電撃が猛の体をつらぬいた。青い稲妻が部屋中にスパークし、ふっと目の前が暗くなる。照明が切れたのだ。いや、照明どころか、たぶん数瞬のあいだ、コロニー内のすべての電気系統がマヒした。
もちろん、電撃の直撃をくらった猛と池野はとびあがり、つかのま気を失った。
意識をとりもどしたのは、オシリスのエンパシーが頭のなかに響きわたったからだ。
『ありがたい! 東堂。今ので第一セクションの指揮系統を奪取した』
オシリスの念波には嬉々とした響きがあった。が、落雷をまともに浴びた猛と池野はそれどろではない。しばらく全身がしびれて動けなかった。
「……池野、大丈夫か?」
「はぁ……心臓が止まあかと思いました」
「すまん。おれのせい……だよな?」
「猛さん。なんぼクラッシャーだけんて、今のはヒドイわ。力、増しちょうだない?」
「ていうか、最近、念写してなかったから、たまってたのかも」
ようやく息をついて、猛は池野を支えながら起きあがった。見ると、パソコンのモニターには変なものが写っている。あきらかに猛の念写だ。
薫が笑いながら廊下を歩いている光景。背後のドアに3Bラボと書かれている。すぐ近くだ。ただし、一人ではない。薫はテロリストの本条誠とならんでいた。その表情には恐れや憎悪といった負の感情はいっさい表れていない。
「かーくん。少しは他人を疑ってくれよ」
猛は全身の力がぬけていくのを感じた。とは言え、これで居場所がわかった。
「池野、走れるか?」
「まだ……ちょっと」
「よし。おれが一人で行く」
「はい。なら、おれはここでオシリスの手伝いしちょうます。今なら敵の構築くずせるかもしれんけん」
「わかった」
池野を残し、猛は廊下を走った。
碁盤の目状に番号のふられた廊下。3Bなら、すぐとなり。
まもなく、猛の眼前に薫と本条のうしろ姿が見えた。
「手をあげろ。本条誠!」
猛はマグナムをかまえて制止をかけた。いつもの猛なら予告なく射殺していたはずだ。平静を失っていたのだろう。うかつに声をかけてしまったばっかりに、ふりかえった薫が本条をかばって銃身のさきに立つ。
「逃げて! マコちゃん」
「どけ! 薫。そいつはテロリストなんだぞッ」
薫の目つきは信用してないときのそれだ。
猛はもう泣きたい気分だ。
二万年ぶりに愛する弟に再会して、ちょっとハメを外したツケが、これだとは。
「かーくん。悪かったよ。嘘ついてた。たのむから、おれの話を聞いてくれ」
薫は聞いてくれなかった。そのまま本条をかばい、猛の前をチョロチョロしながら、走り去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます