《西暦21517年 猛1》その二
「おいおい。明日はおまえだって、国民へのあいさつがあるんだぞ。二日酔いの顔でみんなの前に出せるかって」
「猛さん。僕の体に入る毒物は、蛭子が全部、分解してくれるんです。ゆえに二日酔いにはならない」
「泥酔はするけどな」
泥酔したときの蘭は、ちょっとスゴイ。
蘭をゆいいつ絶対の美神と信じる国民には、とても見せられない。
「安心してください。猛さんの前でしか酒乱は見せません。ね? いいでしょ? なつかしいこと、いっぱい話しましょうよ」
そう言われれば断れない。
「わかったよ。どうせ、おれも今夜は寝られない」
蘭は笑って室内に入ってくる。
ちゃっかり一升瓶を持っている。
「確信犯だなぁ。おれが寝てても起こす気だったろ?」
「だって、猛さんが雪絵とデキてるっていうから、ジャマしてやろうと思って」
「ああ……そこね」
猛は笑った。
そのほうが、蘭らしい。
「たしかに、おまえにナイショで内縁の妻みたいになってるけどな。雪絵がほんとに好きなのは、おれのじいさんだよ。おれはじいさんにソックリだから」
「あっ。いいこと思いついた。猛さんのおじいさんもクローン化しましょう。そしたら、雪絵はおじいさんが奪ってくれる」
「蘭……かんべんしてくれ。おれだって嫁さんは欲しい」
「僕にもいないんですよ? 王様さしおいて、将軍が結婚するって、アリですか?」
前のめりになって、猛をにらんでくふ。
猛は蘭の髪をクシャクシャにかきまわした。
「ほんとに、いつまでたっても甘えん坊だなぁ」
「ごまかさないでよ」
「一番、大切なのは、おまえだよ。わかってるだろ? あいだに誰が入っても、そこは変わらないから」
そう。猛の生まれた東堂家にかかるあの呪い。
運命を共有するただ一人の弟を乗せた月行きロケットを見送ったとき。
猛は全身の血と肉をごっそり持っていかれる心地がした。
自分に残されたのは皮一枚。
なかみは、がらんどう。
その穴を埋めてくれたのが蘭だ。
蘭がいてくれたから自分を見失わずにすんだ。
蘭のためだからこそ、世界を統一するなんていう途方もない偉業も達成できた。
猛と蘭の仲があまりに親密なので、同性愛を疑われることもよくある。が、そういうものとは違う。他人には説明が難しいが。
蘭は自分の存在の一部——それも、きわめて重要な何かである、としか言えない。
信仰に近いのかもしれない。
御子信仰のこの世界で、猛だけが『御子』ではなく、『蘭』を信仰している。
「何があっても、おれはおまえを最優先するよ」
「うん……」
安心したのか、蘭は一升瓶をさしだした。
朝まで飲んだ。
蘭に隠していた二万年のあいだのことを語りあかした。
もう嘘をつかなくていい。これからは、ありのままを話し、同じ時のなかを生きていける。
猛は嬉しかった。だから、翌日も蘭が来たとき、苦笑いしながら招き入れた。話すことは、まだまだあった。何しろ、二万年だ。科学の進歩は蘭の知識では追いつけないほど飛躍的に前進した。
「ワームホールが見つかったよ。ほら、銀河系の中心には必ずブラックホールがあるだろ?」
「うん。それはパンデミック前にもニュースで言ってた。いっしょにテレビで見たよ」
「じつは、あれがワームホールだっあ。ブラックホールの内部の重力が極限までひずむと、ブラックホール同士が引きあって、双方向につながるんだ。ブラックホールのなかでは時間が存在しなくなる。つまり、そのワームホールを使えば、一瞬で別の銀河まで移動できるってわけさ」
「銀河の中心まで行くのが大変じゃないですか?」
「銀河系のなかには小さなブラックホールが無数に点在してる。ミニブラックホールは近くのミニブラックホールに通じている。ミニワームホールだ。それを利用して移動していけば、銀河の中心に近づける。ミニワームホールは、じっさいに七千年前から宇宙の旅に使われてるよ」
「スゴイ! じゃあ、エイリアンと交信できたりします?」
「それは、まだ」
「残念。エイリアンがほんとにあんな頭でっかちのギョロ目なのか、見てみたかったのに」
「ああ……エイリアンはさすがに、おまえのストーカーにはならないだろうな? 心配だよ」
「美的センスが違うと信じたいですね。じゃないと、変な催眠光でピカッとやられたとたん、気がついたらUFOのなかだった——なんてイヤですから」
蘭のようすはいつもどおりに見えた。頭脳明晰で快活で、ちょっとマニアック。強気で負けず嫌い。プライドが高く、そのくせ、甘ったれ。
猛との会話を楽しんでるいようだった。
一週間、十日とそんな夜が重なっても、さほど不審には思わなかった。が、二週間めに突入すると、さすがに猛も眠い。
「蘭。今夜はもう寝よう。おまえだって、ここんとこ、ずっと寝不足だろ? 御子さまが目の下にクマ作ってるなんて、さまになんないぞ」
アクビしながら猛が言うと、急に蘭の顔色が変わった。青くなって、黙りこむ。
「……蘭?」
しばらく蘭はうつむいていた。
そのうち、ふるえる声でつぶやく。
「……いっしょに寝てもいい?」
なんだろう。
蘭はゲイではないはずだ。
「本格的におれと雪絵を別れさせたいのかな?」
まあ、蘭がそんなにイヤなら、しかたないと考えつつ、たずねてみる。
蘭はうなずいた。
「うん……」
うなずいたが、ようすがおかしい。
猛は蘭の目をのぞきこんだ。
蘭は目をそらした。
それでやっと気づいた。
蘭はおびえている。
「蘭……おまえ、寝られないのか?」
蘭は答えない。だが、その手のかすかなふるえがイエスと告げている。
「あのことのせいか?」
蘭は一度だけ殺された。全身の数十ヶ所を刺され、はらわたをえぐりだされ、美貌をそぎおとされた。
蘭が御子でなければ、確実に死んでいた。しかし、逆に言えば、蘭が御子だったからこそ、百度にも渡る苦痛に耐えなければならなかった。常人ならとっくに息絶えているはずの死の激痛に。そのたびに息をふきかえし、何度も、何度も。狂っていても不思議はない。いや、むしろ、狂うのが正常。
蘭は断じて、もろくはない。攻撃的でタフなほうだ。その蘭でも、あれだけの苦痛にさらされれば……。
「蘭……」
猛は蘭の肩にそっと手をかけた。
蘭の瞳から涙がこぼれおちた。
「一人になると……思いだすんです。あのときのことが、目の前に浮かんできて——」
典型的なPTSDだ。
なんで気づいてやれなかったのだろう。
「ごめんな。おまえが負けず嫌いなんだってこと、考慮すべきだった」
ストーカーに追いつめられ、病をわずらう自分が、蘭には許せないのだ。
「おれには、もっと弱みを見せてくれていいのに」
「今……見せてる」
ああ、そうだよ。
だから、おれにはおまえが必要なんだ。
「その記憶、封印してもらおう。エンパシストに頼むんだ」
子どものように、蘭は小さくうなずいた。
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