《西暦21517年 ジャンク2》その二
みんな、その時間が待ちどおしい。夜になればお菓子が食べられると思うと、毎日が楽しくてしょうがない。
ジャンクは調達係として、研究所のなかを歩きまわった。頭をなでられたり、だっこされたり、ほっぺにチューされたりしながら、せっせとお菓子を集めた。
もちろん、自分から『くれ』とは言わない。そういう掟だから。
でも、こっちが『くれ』と言わなくたって、研究員たちはジャンクの顔を見ればキャンディーをさしだす。ポケットにいっぱいお菓子をつめこむジャンクが、ますます可愛いのだと、地球人たちは言う。
「どうして今すぐ食べないの?」
「みんなといっしょに食べます。そういうふうに決めたから」
「あら、そうなの。じゃあ、こっちはみんなのぶんね」と、さらにお菓子をくれるのだ。おかげでお菓子にことかかない。
キャンディーは全員ぶんの個数が集まるまでとっておく。ふだんの夜には、割って食べられるるビスケットやチョコレートを食べた。
祭壇の前で祈りを捧げ、神さまを称える踊りを舞う。長老の割ったお菓子が一人ずつにくばられる。
お菓子反対派だった長老たちも、今ではすっかりお菓子の虜だ。一度でも口にすれば、あの味に抵抗することなど、できっこないのだ。
ジャンクたちのそんな姿が、また可愛いと評判になった。わざわざ見にくる研究員もあった。
「ほら、ケーキ焼いてみたのよ。これをあげるから、今夜のお祈りのときに行ってもいい?」
ケーキ……ふわふわの白いクリームが甘酸っぱいイチゴとからまって、絶妙。スポンジのしっとりやわらかいのもいい……。
「それとも、わたしたちには見せられない神聖な儀式なの?」
「そんなことないよ。どうぞ、来てください」
そうだ。お菓子の儀式は見られたって、かまわない。ありがたい今の暮らしを神さまに感謝してるだけだから。
地球人がジャンクたちのことを、やたらに「可愛い。可愛い」と言う意味がわからないだけだ。
どうも地球人には、ジャンクたちが幼い子どもの地球人のように見えるらしい。
ジャンクたちの仲間には、子どもはめったにできない。夫婦のあいだに十年か二十年に一人だ。
大気も薄いし、食糧も乏しい。いろいろ生きていくのにギリギリの環境だったからだろうか。
その大気も、先祖の改良した宇宙船がメタンガスを燃料にして作っていた。そこから流れる希薄な酸素が、ジャンクたちの命を守っていた。子どもを増やす余力などなかったのだ。
でも、これからはそういう心配もなくなる。今は衛星コロニーだが、そのうちには地球で暮らすことができる。となりのコロニーで見た、あの美しい花。ああいうもので地球は覆われているという。
そんな夢のような世界でなら、子どもはどんなにたくさん作っても、作りすぎということはないだろう。
そこは楽園だ。
ジャンクたちは先祖の宇宙船の作るわずかな水をわけあって、日に一口ずつ大切に飲んでいた。その水が筋になって流れ、美しい花が地表を覆い、甘いお菓子がありあまるほど、ふんだんにある。
眠りに落ちる前には、そんなことを思う。
ぼくは、ひよこ豆と結婚するのかなと。
年も近いし、なんとなく、ひよこ豆だったらいいと思う。
楽園のような世界で、ひよこ豆と子どもをたくさん作る。そんなこと、ちょっと前までは夢のまた夢だった。でも今は、もうじき手の届く現実だ。
「ぼくたちは、いつになったら地球へ行けますか?」と、あるとき、菊子に聞いてみた。
菊子は神妙な顔つきになった。
「そのことだけど、ジャンク。あなたたちの先祖はもともと月の住民だったでしょ? すごく初期のだけどね。現在の月の市民は遺伝子操作によって、ヘル・ウィルスに耐性があるの。それで、あなたたちがその特徴を持ってるかどうか、染色体を調べてみたの」
アーンしてと言われて、口のなかをこすられたときのことのようだ。
「どうしでしたか? ぼくら、耐性があったの?」
「それがねえ……ジャンク。これは大切なことなんだけど。あなたたちの先祖が海賊をしてるとき、地球へ行った?」
「行ってないです。たぶん」
「そうよねぇ。そもそも、キャリアなら、もっと奇形化してるはずだし……じゃあ、やっぱり、独自の進化なのかしら——ね? ヒロちゃん」と、菊子は同じ研究員の森田に呼びかける。
二人は幼なじみの男女であり、親しいが、特別な関係ではない。
「しかし、いかに劣悪な環境に適応したからといって、これは類似しすぎだ。彼らは多くの点で、我々、巫子と同じだ。ES細胞の増殖。それらを的確にコントロールするタンパク質の働き。細胞の初期化と分化。じっさい、ここまで似てると思ってなかった」
「ヘルに感染したからだとしか思えないのよね。でも、ツメはない。感染者なら必ずあるはずのディーモンズ・スクラッチ」
菊子と森田は二人にしかわからないことを真剣に話しあう。けっきょく、いつ地球に行けるか聞きそびれてしまった。
まあ、このセンターだって悪くない。お菓子もあるし、毛布もあるし、鉢植えの花も運ばれてきた。
この幸せがずっと続けばいいと、ジャンクは願っていた。
それがあんな形で一変してしまうとは思ってもみなかった。
兆候は、ないわけではなかったが……。
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