《西暦21517年 ジャンク2》その一
神さまに新しい住処をもらって二週間が経った。
二週間というのは、この白い家での日にちだ。土星にくらべれば、ずいぶん早く朝が来て、夜になる。
先祖の残した宇宙船のなかに、一度だけジャンクも入ったことがある。成人の儀式のときだ。なかを照らしていた白い光。電気というもの。それが、この白い家の昼を作っている。
電気のなかは明るすぎて、どうも落ちつかない。でも、電気がないと地球人たちが困るらしい。まわりを見ることができないからだという。電気なんてなくても、匂いと触感でたいていのことはわかるのに。
とは言え、電気のおかげでいいこともある。以前は見えなかった仲間の顔がハッキリ見える。年の近い幼なじみの、ひよこ豆やブーツ、ジャーニー。
ブーツは両目のあいだが離れていて、鼻が低い。
ジャーニーは性格が子どもっぽくてワガママだから、もっとこう……違う感じを想像してた。思ってたより、大人っぽかった。鼻筋や眉がしっかりして、男らしい。
ひよこ豆は女の子なのに、目つきがするどい。やせて背が高く、男の子と変わらない気がする。
逆にジャンクのほうが、目が大きく
パッチリして、女の子みたいと地球人たちに言われる。はなはだ不本意だが、いたしかたあるまい。そのせいで地球人たちに気に入られているのは、たしかだ。
よく、ひざに乗せて頭をなでられる。そしてそのとき、たいていキャンディーをもらえる。クッキーやチョコレートも大好きだ。
ジャンクばっかりズルイとみんなが言うので、ジャンクはもらったお菓子をみんなにわける。用もなく地球人たちのあいだをウロウロしては、一族のもとへお菓子を調達してくるのが、ジャンクの役目になった。
長老のスコップやイワシ缶は、自分たちを堕落させるものじゃないかと、お菓子を警戒している。口にしようとしない。
「麻薬というものを聞いたことがある。一度でも口にしたらやめられなくなり、中毒になるのだそうだ。その昔、先祖が犯罪に手を染めたのも、麻薬欲しさだったという言い伝えがある。それではないのか?」
たしかに今のところ、頭をなでられるだけでお菓子をもらえる。だがもしも、もらえなくなったら困る。お菓子を盗むのは、りっぱな犯罪だろう。あの味をおぼえてしまった今、もはや我慢するという選択肢はない。
ジャンクは心配になって、研究員の菊子に聞いてみた。菊子やサラやキャシーは、とくにジャンクを可愛がってくれる人たちだ。
「ねえ、菊子。お菓子って、麻薬なの?」
菊子はふきだした。
「違うわ。麻薬っていうのは怖い薬のこと。お菓子はただの食べ物よ」
「じゃあ、いっぱい食べても中毒にはならない?」
「ならないけど、食べたあとはちゃんとウガイしましょうね。虫歯にならないように」
ウガイ薬は苦くて嫌いだ。でも、虫歯というのは歯が溶ける恐ろしい病気らしいから、しかたない。
ジャンクは甘いお菓子の誘惑に負けて堕落する罰が、ウガイ薬なのだと解釈している。でも、お菓子のためなら、ウガイの罰くらいは甘んじて受けよう。
「長老。お菓子は麻薬じゃないそうですよ。今日、菊子に聞いてきました」
白い小部屋が密集するねぐら。
ジャンクが報告すると、一族は色めきたった。お菓子肯定派と否定派にわかれて、けんけんごうごう議論をかわす。
「われらは長きに渡る罰の状態から、ようやく救われた。すごしやすい住処を与えられ、自由にとびはねることができる。もう地面を這いずることはないのだ。やわらかい寝床に澄んだ空気。この上のことを望むのは欲張りというものだ」
「われらはゆるされたのですよ。オシリスも言ったではありませんか。だから、お菓子はゆるされたわれらへのご褒美なんです。地球人たちの研究にも協力してるし」
「そうですよ。ぼく、ピカピカ光る機械のなかへ入れられて、すごく怖かったんだ」と、怖がりのブーツが主張する。
ピカピカ光る機械は、体のなかを透視して検査するものだ。寝ころんでいるだけだから、すごくラク。針を刺して血をぬきとる採血というのにくらべたら、ぜんぜん、怖くない。採血はちょっとチクンとするし、みんな、やりたがらない。
ブーツは機械に入るとき、派手に泣きさわいで研究員からキャンディーをもらった。
「あらあら、怖かったのね。ほら、キャンディーよ。泣かない。泣かない」と言われたことに味をしめて、そのあとは検査のたびに、わざと泣くようになった。
長老はそういうところを苦々しく思っているようだ。それが堕落の始まりだというのだ。
「われらはゆるされたからこそ、二度と過ちを犯してはならない。これからは神の教えに従い、人々のために役立たなければ」
「役には立ってるでしょう。なんだかわからないけど、研究というのに協力してる。神さまにとって、すごく大事なことらしい。お菓子はそのお礼でしょう?」
「わざとせしめるような行為が浅ましいと言っているのだ」
「では、こうしましょう」と、一族の知恵袋のエビフライが言った。
「お菓子はねだらず、向こうからくれたときだけ受けとる。そして、もらったお菓子はすぐには食べない。日に一度、お菓子をくださったことに対し神への感謝の祈りを捧げたあと、全員で平等にわける。礼拝の時間以外に勝手に食べた者は堕落とみなし、三日間、お菓子を与えない」
そうだ。そうしよう。それなら誰か一人が得することにならないし、神さまへの感謝も忘れない——という相談がまとまった。
白い小部屋の一番奥に祭壇をもうけた。そこにもらったお菓子を置いておく。一日の終わりに晩餐として、みんなで食べるのだ。
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