《西暦21517年 誠2》その二
輸送船の操縦は予定どおり、修士が一人でこなした。シュミレーションゲームで鍛えた修士のテクニックは本物だ。オート操縦では目的地のコンピューターに、こっちの現在地の座標が伝わる。反乱に気づかれないよう、秘密兵器を手に入れるまでは手動操縦にかぎる。修士の操縦技術は役立った。
船が宇宙の闇にこぎだすと、人間の女より武器を愛するトムが、熱戦銃をいじりながら、つぶやいた。
「けど、いきなりつっこんでって、センターに入れるのか? こっちはしょせん輸送船だ。カノン砲やミサイルが搭載されてるわけじゃない」
誠は答えた。
「そこはおれに任せてくれ。地球の宙港管制塔にハッキングをかける。地球からの輸送船だと思わせれば、センターの門扉はひらく」
亜光速で輸送船は地球をめざす。
初めて人を殺した暗い気分も、宇宙空間から地球をながめるころには吹きとんでいた。
「すごいなぁ。これが地球か。キレイな星だ」
ドライなはずの修士でさえ感動の声をあげる。
無機質な監獄星しか知らない誠たちにとって、地球の青さはそれほどまぶしかった。記憶の複写は受けていないが、なんだか懐かしい。人間の遺伝子に、その感覚は深く刻まれているのかもしれない。そこが人類の生まれた場所だと。
どうやら自分は感傷におちいっている。
誠はその気分をむりにもふりはらった。
こんな美しい星から、自分たちを追いだした御子こそが、悪の元凶だと思いこむことで。
おかげで地球港のコンピューターへの侵入は上々に進んだ。輸送船が一機、旧医療センターへ出発したことにデータを改ざんする。
「地球のネットワークはセキュリティ厳しいんじゃなかったの?」と、ノーラ。
「監獄星のパソコンは監視されてるからね。でも、この船のコンピューターからなら、チョロい。ほら、十分前に地球を出発したことにしといた」
「ふうん。けど、どれが旧医療センター? 衛星コロニー、すごい数あって、わからないわ」
二人の会話に修士が口をはさんでくる。
「入港許可おりたんなら、オート操縦で行ける。行きさきだけインプットすれば勝手に行くよ」
気になったので、誠は聞いてみた。
「オート操縦って、どこでも行けるのか?」
「宙図で目標座標を示すやりかたと、旧医療センターみたいに、もともとコンピューターに登録された場所を選択するやりかたがある。宙図はなれないとやりにくいけど、登録された場所なら簡単だ。ここのオート操縦にギアを入れかえて、目的地言うだけ。音声認識だから、なんなら、マコ、やってみろよ」
「ああ」
言われたとおり、切りかえスイッチを押して、「目的地。旧医療センター」と告げてみた。輸送船はそれだけで、ふわふわとどこかへ進み始める。ありがたい。これは便利だ。
まもなく、輸送船は宇宙に浮かぶミラーボールみたいな変なコロニーにやってきた。球体のコロニーの表面の九割がソーラーパネルになっているのだ。
修士が妙に、はしゃいだ声を出す。
「うわぁ。趣味悪ィ。もしかして、あれが旧医療センター?」
「そうみたいだ。ゲートがひらいてく」
ボールの一部が丸い口をあける。
輸送船はその穴に吸いこまれていった。
「いよいよ、侵入か。機械兵に待ち伏せされたりしないかな? マコ」
「それはない。正規の入港許可がおりてるんだから。それより、ほんとの輸送船だと思って職員が出迎えにくる。まずは、そいつらの口をふさがないと」
はしゃいでいた修士が、ふいに顔をしかめた。
「容赦ないよ、こいつ。残忍王!」
残忍? 誰が? だって、最初にパイロットを殺そうと言ったのは修士じゃないか?
カッとなって言い返そうとしたときには、輸送船はセンター内の発着場におさまり停止していた。
グレーの作業服を着た職員が二人、数台のロボットを従えて近づいてくる。
「やるか」と、トムが言った。
トムのグリーンの目は意気揚々と輝いている。元来が武器マニアだ。人を殺害したことで、何かのタガが完全に外れてしまったようだ。たった一人を殺しただけで、もう血の味をおぼえている。
「行こう」
誠の号令で、全員が銃をかまえた。正確には、ベスをのぞいてだ。
「ベス」
修士が肩を叩くと、ベスは泣きだした。
「……ムリ。わたし、もうムリ」
まあいい。どっちみち、すでに同罪だ。じつのところは狙いをつけて撃ったトムかコリンの弾が致命傷になったと思うが、みんなで殺したという認識さえ持てれば問題はない。
「もしものときのために、誰かがこの船を守ってるほうがいいな。ベス。君が一人で残り、おれたちが帰ってくるまで誰も船に近づけるな」
誠が命じると、ほっとしたようにうなずいて、ベスは泣きやんだ。ベスが自分たちを裏切り、輸送船を使って一人で逃げてしまったら……とも考えたが、修士と熱烈にキスをして、しばしの別れを惜しんでいるようすを見れば、その心配はないだろう。
「じゃあ、行くよ。ベス」
「怪我しないでね。絶対、ぶじに帰ってきてね」
などと、やっている。
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