《西暦21517年 エリザベス1》
なぐられて気絶したあと、どれほどの時間が経過しただろうか。
エリザベスが気づいたときには、周囲には誰もいなくなっていた。
あの美しい人にレンチで殴打されたことが嘘ではなかった証拠に、頭部がズキズキ痛む。手で押さえると、わずかに血がついた。そうでなければ、とても現実とは思えない。まさか、あの人があんな手段におよぶとは。今でも信じられない。
(あの人……)
どこかで会ったことがある……だろうか? なんだか見た瞬間に全身に電流が走った。こんなこと初めてだ。修士を好きだと思っていた気持ちなどとは、まったく根底から違う。
(あの人がいないと生きていけない……)
なんだろうか。この崇高なまでの気持ち。あの人になら死ねと言われても従う。誰かを殺せと言われれば、そうする。何もかも、あの人の望むままに。そして、あの人の行くところ、どこへでもついていき、つねに守ってあげたい。
(わたしはあの人のために存在している。でも、あの人はそれを知らないから、さっきはあんなことをしたんだ。誤解なんだって、教えてあげなくちゃ)
そうだ。今すぐ、あの人を探さなくちゃ。信じてもらえるまで何度でも説明しなくちゃ。
でも、もしかしたら信じてもらえないかもしれない。さっき銃をつきつけてしまったから。それどころか話も聞いてもらえないかも。ちゃんと話せば、絶対にわかってもらえるのに。
話を聞いてもらえないのは困る。まず失神させておくべきか。手足を縛り、拘束しておいてからなら、ゆっくり話ができる。それがいい。
そう言えばと、ふとエリザベスは思いだした。
エリザベスのオリジナルの記憶を継ぐクローンは、御子の誘拐を企んで有罪となり、監獄星へ送られたのだということを。
なんでも日に何百通ものメールや手紙を送り、世界中の御子さまイベントのどこへでも姿を現したらしい。あげくに会場に爆弾をしかけたと嘘の予告を送り、混乱した会場から御子をさらおうとした。御子の世の転覆を計って——というより、ストーキングだったようだ。
なんて愚かで恐ろしい女だろう。
(わたしは違うわ。だって、話を聞いてもらうだけだもの。それに、あの人は御子ではないし。御子はすごい美形だって話だけど、きっと、あの人ほどではない)
エリザベスは愚かで醜いオリジナルクローンを嫌悪していた。なので、それ以上、彼女のことを考えるのをやめた。
とにかく、あの人を探さなければ。
どこへ行ったのだろう。
そう考えて、エリザベスが立ちあがったときだ。発着場のドアがひらき、大勢の人間が入ってきた。銃を持つコマンダーがいる。
エリザベスは自分たちの存在を内部に知られたのだと思った。修士がドジをふんで捕まり、ここに仲間のエリザベスが残っていることを白状したのだろうと。
しかし、それにしてはようすがおかしい。白衣を着た研究員が大勢いる。いや、研究員はまだわかる。これから休暇で地球へ帰るのかもしれない。
だが、それなら、あの毛布を頭からかぶった、たくさんの子どもはなんだというのだろう。あれじゃ、まるっきり遠足の引率だ。
とは言え、見つかると困る。
とりあえず、エリザベスは輸送船のなかへ逃げこんだ。この機体を見ても、彼らは正規の輸送船だと思い、不審には感じないはず。
コックピットから発着場のようすをうかがっていると、その後も研究員たちが続々と集まってくる。
なんだかセンターじゅうの人間が脱出しようとしているかのような……。
(やっぱり、わたしたちのこと、バレてるの? まさかね)
念のため、修士たちに連絡したほうがいいと思った。今、もしも修士たちが帰ってくると、あの大勢の人々と鉢合わせすることになる。修士たちが見つかれば、エリザベスも捕まる可能性があるから困るのだ。あの人を探しに行けなくなる。
「修士? 聞こえる?」
もらったトランシーバーに向かって話しかけるが、なぜか修士からは応答がなかった。スイッチが切ってあるのかもしれない。かわりにノーラが応えてきた。
「ベス? どうしたの? 何かあった?」
「うん。それがね、変なのよ。研究員たちがさっきからみんな、ここに集まってくる。たぶん、ここの職員すべてだと思う」
「……わたしたちのこと、気づいたのね。さっきメインコンピューターに侵入したから。よくわからないけど、敵にもすごいハッカーがいるみたい。今もマコが交戦中」
そうか。それでだったのか。
「わかった。輸送船はまだ大丈夫だけど……そっちは何か収穫あった?」
「秘密兵器についての詳細はわからない。でも研究の内容から言って、バイオ兵器らしいって、マコが。それとね、さっき、そっちに誰か外から入港してこなかった?」
あの人のことだ。
なぜ、ノーラはそんなことを聞きたがるのだろう?
ノーラのオリジナルクローンは、たしか世界首都出雲の研究員だった。そう。御子の隠れ里だ。でも、御子のまわりの友人たちを毒殺しようとして捕まったはず。御子が自分以外の人間に微笑むことがゆるせなくて。
恐ろしい女だ。御子よりも美しいあの人のことをノーラが知れば、何をしでかすかわからない。
「さあ。わたしは気づかなかった」と答えておく。
「そう? マコがゲートをくぐったボートを目撃したんだけど」
「ごめんなさい」
「まあ、追っ手じゃないならいいの」
「うん。じゃあ、またね」
エリザベスが交信を絶って、トランシーバーを座席の上に置いたとたんだ。
背中に固いものがあたった。
「手をあげて。テロリストのお嬢さん」
ふりかえると、いつのまにか、銃を持ったコマンダーが何人も立っていた。
とっさにエリザベスは銃で反撃した。
ここで捕まると、あの人に会えない。
その瞬間、エリザベスは強い衝撃を感じて失神した。
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