《西暦21517年 菊子3》
発着場に向かう途中、第四セクションへ入ったあたりで、菊子たちは第二セクションから逃げてきた一行に出会った。白衣の研究員が七名。それにコマンダーの隊長オーガスと、その部下数名。
研究員の安河内はサンプルの入ったジェラルミンケースをかかえたまま、菊子たちを見て嬉々とした。
「コロポックル! 全個体そろってますか?」
菊子や森田のことより、貴重な研究対象の無事を喜んでいる。しかしまあ、研究者としては当然の態度だ。腹は立たない。
「第三セクションにいた子たちは全員、つれてきたわ」
ところが、菊子の返答を待つよりさきに、毛布をかぶったかたまりを数えていた安河内は顔をしかめた。
「三十九人しかいない。一人はブーツですよね? それでも四十人だ。ほかは?」
問われて、菊子はあわてた。
「そんなはずは……全員、つれてきたけど」
森田が口をはさむ。
「たしか、シルクスクリーンとホオジロザメが検診中だった」
「それにしても三人たりないですよ」
安河内に指摘されるまでもなく、菊子だって暗算はできている。菊子はコロポックルたちをふりかえった。
「みんな、毛布をとってみて。顔を見せてちょうだい」
コロポックルたちは毛布をかぶった頭を左右に動かして、たがいの顔を見あわせている。小さいので、菊子たちの目線の高さからは顔が見えない。菊子がしゃがむと、コロポックルたちは毛布から首だけ出した。てるてる坊主みたいな彼らの顔を一人ずつ確認して、すぐに菊子は気づいた。
「ジャンクがいない。途中までは、たしかにいっしょだったのに」
「ひよこ豆もいないですね。それと、ジャーニーか」と、安河内が補足する。
「いったい、いつ、はぐれてしまったの? 迷ってしまったのかしら」
すると、おずおずとエビフライが口をひらいた。
「……三人はブーツを迎えに行きました。ブーツをつれて、あとから追いかけてくると言っていました」
ああ、そうだ。ジャンクは友達のブーツのことを気にしていた。あのとき、ブーツはオシリスに任せましょうと菊子は言ったが、ジャンクたちは納得していなかったのだ。
菊子はキリスト教徒ではないが、このとき、迷える一匹の小羊を追っていき、残りの羊すべてを狼に食べられてしまう羊飼いのエピソードが脳裏をよぎった。きっとあの羊飼いは、ほかのどの羊より、迷った小羊が愛しかったのだろう。コロポックルたちはみんな可愛い。でも、わけてもジャンクは可愛い。
「わたしの落ち度だわ。わたしがジャンクを探しに行きます。安河内くん、オーガス。この子たちのこと頼みます。発着場へつれていってあげてください」
安河内たちにコロポックルを任せて、菊子は走りだした。しかたなさそうに森田も追ってくる。
「菊ちゃん。一人じゃ危ない。私も行く」
「……ありがと」
「君はねぇ、昔っからオテンバだったよ」
「自認してる。ごめんなさい」
「いいさ。もうなれてる」
まもなく、オーガスが一人で追ってきた。
「私が護衛します。向こうは部下たちがいれば充分だ」
オーガスは遥か昔、月がオシリスの前の残忍な大統領に支配されていたころ、家畜に等しい重労働用のクローンとして造られた。その後、労働クローンが抵抗し始めると、感情を司る右脳を手術でぬきだし、代用の人工知能を入れてサイボーグ化した。
オーガスもそうした犠牲者の一人だったが、蘭によって救われた。ちょうどそのとき死亡した蘭のクローンの一人、胡蝶の脳をもらって人間に戻った。だから、蘭への忠誠心は人一倍強い。
「銃を持った戦闘員がいてくれれば心強いわ」
「では行こう」
菊子たちはブーツの病室へ向かい、走りだした。
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