《西暦21517年 ジャンク4》その二
ジャンクはひよこ豆やジャーニーと第二セクションの病室へむかって走りだした。ふかふかの毛布は寝心地がよくて、もったいないけど、走るのにジャマになるから、泣く泣く廊下にすてた。
旧医療センターの大まかな造りは、三層構造になっている。上から第一層、第二層、第三層なのだが、まんなかの第二層だけはセクションが二つにわかれていて、片方が第二セクション。もう片方が貯蔵庫や発着場のある第四セクション。
第一層、第三層がそれぞれ、第一セクション、第三セクション。
第一セクションはコンピュータールームとか、コロニーの運営や制御にかかわる大事なものがあるところらしい。ジャンクたちは入ったことがない。
第四セクションも最初にこのセンターへ来たときや、倉庫の備品整理の手伝いくらいでしか入ったことがなかった。
ブーツを助けたあと、ちゃんと第四セクションまで迷わず行けるかどうかが心配だ。とは言え、ここまで来てしまったのだから、とにかくさきを急ぐ。
病室へついたとき、ブーツは一人で地球人の雑誌を読みながら、チョコレートバーをかじっていた。甘いものを禁止されたジャンクたちは、思わず生つばを飲みこむ。
「あ、ジャンクだ。何? お見舞い?」
かわいそうに。やっぱり、ブーツはほっとかれっぱなしで、センターがテロリストに襲撃されていることすら知らないのだ。これみよがしにチョコレートバーをふりまわす仕草はシャクにさわるが、羨ましいという感情は、このときばかりは浮かんでこなかった。
「ブーツ。それどころじゃないんだよ。さっき、このセンターはテロリストに侵入されたんだ。それで、みんなでとなりの海鳴りコロニーまで逃げることになった」
ジャンクの説明のあとをとり、ジャーニーやひよこ豆がかわるがわる続ける。
「みんなはね、菊子たちにつれられて、さきに発着場へむかったよ」
「あたしたち、あんたのために、みんなから離れて、ここまで来てあげたのよ。さあ、早く立って。あたしたちも発着場へ行かないと」
ブーツは仰天して、かぶりついたチョコバーを口の端からこぼした。
「テロリスト?」
「うん。菊子と森田がそう言ってたよ」
「ふうん。菊子が言うんなら、ほんとかな。ジョークなんか言わないタイプだし」
ようやくブーツは雑誌をベッドの上になげすてて立ちあがった。
ジャンクはギョッとした。ブーツはまた背が伸びている。地球人たちのなかでも、これくらい大きな人間は、そんなに多くない。少なくとも菊子より大きい。顔つきもちょっと変わっていた。前より四角くなって、ジャンクの嫌いなヒゲがうっすら生えている。研究員のなかにもヒゲを生やした人がいるが、さわるとゴリゴリ痛くて不愉快だ。
(なんだか、ブーツじゃないみたい……)
こんなに大きくなってしまったら、もう元には戻れないんじゃないだろうか。だから地球人たちは、ブーツにはお菓子もほかの食べ物も好きほうだいに食べさせておくのだ。そんな気がする。
「ブーツ……大きくなったね」
「うん。もう百八十センチあるよ。筋力もついてさ。二十歳くらいのボディじゃないかって、研究員に言われた」
前はあんなに泣いてたのに、今では大きくなったと言われてもケロリとしている。いや、なんだか自慢しているような口ぶりだ。
「……とにかく、早くここから逃げだそう」
ブーツが合流して四人になった。
ジャンクたちが病室を出てから、まもなくだ。廊下をウロついている変な人を見かけた。研究員の白衣も着ていない。センターでは見たことない顔だ。あれがテロリストだろうか。
ひよこ豆が言った。ひよこ豆は記憶力がいい。
「あっ、あの人、知ってる。海鳴りのコロニーで、神さまといっしょに来てた人だよ。女の人と腕をくんでた。それで、頭のなかが読める人」
思いだした。そう言えば、そんな人がいた。たしか名前は……タクミ、と言ったはずだ。なんで今、こんなところにいるのだろう。
「あッ、神さまと来たんじゃない?」と、ひよこ豆が興奮を抑えきれない声で言う。
「さっき、神さま、言ってたよ。もうじき、そっちへ行きますって」
そうだ。ホロラインが切れる前、神さまはそう言っていた。
「じゃあ、あの人についてったら、神さまに会えるね」
「そうだね。ついていこう」
ジャンクたちにとっては、脱出より神さまが優先だ。
ジャンクたちを地獄から救ってくれた天使。そして、快適な寝床をくれた神さま。何より、綺麗だから好き。
ジャンクたちは廊下をウロウロするタクミについていった。
ブーツがいなくなっていることに気づいたのは、かなり経ってからだった。
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