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《西暦21517年 ジャンク4》その一
お菓子のない生活が、今日でもう十日。
ジャンクたちはみんな泣いていた。
やっぱり、いったん知った甘いものをとりあげられるのは地獄だ。
さすがに土を食べさせるのは哀れだからと、水と小さな固形栄養サプリメントを与えられてはいるが、お菓子にくらべれば、喜びは極端に少ない。
「いつになったら、ゆるしてもらえるのだろう?」
「ブーツが大人になった原因がハッキリしてからでしょう」
「ブーツか……」
連日、みんなで集まって話しあいだ。
どうせお手伝いしてもお菓子を貰えないから、誰も働かない。話しあう時間はたっぷりあった。
「ブーツが大人になったのは、祭のせいでしょう?」
「でも、祭は神聖だ。地球人に教えるわけにはいかない」
「そんなことを言ってたら、ずっと、このまま、お菓子禁止ですよ」
長老やエビフライの議論をジャンクは黙って聞いていた。何度、話しあっても、けっきょく堂々巡りだ。問題が解決するとは思えない。
そんなとき、とつぜん、菊子と森田がやってきた。
「みんな、大変よ。このセンターについさっき、テロリストが侵入してきました。オシリスの決断で、センターから逃げることになったわ。わたしたちについてきて」
ジャンクたちは騒然とした。
テロリスト……悪い人だ。
ジャンクの先祖たちと同じくらい悪い。
「逃げるの? どこへ?」
ジャンクがたずねると、菊子は安心させるように微笑した。
「とりあえず、となりの海鳴りのコロニーよ。ここへ来る前に最初に行ったコロニー」
あの花とお魚の公園か。
あそこは好きだ。花はキレイだし、魚がゆらゆら泳ぐのを見ているのは楽しい。地球は楽園だという話だ。地球に行ったことはないが、楽園というのだから、ああいう場所なのだろう。
ひよこ豆と楽園で暮らす夢が、一瞬、ジャンクの脳裏をよぎった。
「テロリストは襲ってきませんか?」
「あなたたちのことは知られていないから、心配ないと思う。もし途中で出会っても、わたしと森田が守るから」
「わかりました」
ジャンクたちは急遽、しばしの住処に別れを告げることになった。それぞれ、お気に入りのふかふかの毛布を頭からかぶって、菊子たちについていく。ただ、ジャンクには気がかりがあった。
「ブーツは? ブーツはどうなるの?」
そのときやっと、菊子はブーツのことを思いだしたようだ。
「そうね。誰かが助けに行っていると思うわ。オシリスがテレパシーで導いてくれているから。なんといっても、ブーツはたった一人の特殊な成長をとげた検体だもの」
ほんとに、そうだろうか。
テロリストというからには武器を持っているはずだ。ジャンクたちの先祖がたくさんの人を殺したのと同じような武器を。
そんな人たちが徘徊しているなかで、ブーツ一人を助けに行ってくれる地球人が、はたしているのだろうか。現に菊子は、たった今まで忘れていた。地球人だって自分の命は惜しいはずだ。
それはブーツはみんなの掟をやぶり、お菓子をつまみ食いした。それで大人になってしまったが、ジャンクの幼なじみであることには違いない。誰も助けに行かず、見すてられるのは可哀想だ。
ジャンクは自分が行こうと決心した。
ちょっとずつさがって、列の後尾についた。毛布をかぶっているせいで、菊子はジャンクが遅れたことに気づいていない。
まがりかどに来たところで、ジャンクは立ちどまった。みんなはそのまま発着場のほうへ走っていく。四十人以上もいるから、ジャンク一人がいなくなっても、すぐには気づかれないだろう——と考えていると、遅れたジャンクを見て、何人かの仲間が引き返してくる。毛布からのぞく顔は、ひよこ豆とジャーニー。それに、エビフライだ。
「ジャンク。急がないと、はぐれるよ」と、ひよこ豆。
エビフライも告げる。
「何をしてるんだ。早くしなさい」
ジャンクは説明した。
「ブーツを助けに行きます。もし僕が遅れてしまったら、みんなはさきに海鳴りへ行ってください。誰か一人が助かれば、僕らはまた蘇ることができる」
ひよこ豆とジャーニーが言った。
「ジャンクが行くなら、あたしも行く」
「おれも行くよ。ブーツは友達だ」
エビフライはうなずいた。
「わかった。気をつけて」
口早に言い残し、エビフライはみんなを追いかけていった。
「そう言えば、ブーツもだけど、検査につれていかれたシルクスクリーンとホオジロザメもいないね」
ひよこ豆が言うので、ジャンクも思いだした。
「検査中なら地球人といっしょにいたはずだ。きっと誰かがつれていってくれてるよ」
「そうね。あたしたちはブーツのとこへ行こう」
「うん」
ブーツがいるのは第二セクションだ。研究室や検査室がならんでいる区域。昼間は大勢の研究員が働いているものの、夜になると誰もいなくなる。
その端っこのほうに、ブーツは隔離されている。
地球人たちはブーツの急成長が卵の祭のせいだと知らないから、ウィルスの感染によるものである可能性もすてきれないと言っていた。それは違うとジャンクたちは言えないので、一人ぽつりと病室に入れられたブーツをどうすることもできなかった。ジャンクたちがお見舞いに行っても、ガラス越しに話すことしかゆるされない。
なんだかブーツはやけになったように、お菓子や……そればかりか地球人と同じようなランチやディナーまでむさぼっていたが、よかったのだろうか。地球人たちもブーツは成長してしまったあとなので、お菓子をとりあげなかった。
今日はまだジャンクはブーツのところへ行っていない。何も変わりがなければいいのだけれど。
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