《西暦21517年 蘭4》
「ああッ、もう! なんでだ! あいかわらず変なとこガンコ! なんで、おれにだまされてるって気づいてくれないんだ? かーくん」
切れた無線を前に、猛は両手で髪をかきまわしている。
「だまされてると思うから、猛さんの言うことを信じてくれないんじゃないですか?」
蘭が責めると、猛はうなった。
こっちのボートはまだ旧医療センターの間近で待機中だ。ようやく無線がつながったと思うと、薫が出て、すぐに切れてしまった。
「とは言え、猛さん。なかで何が起こっているか、ちょっとわかったじゃないですか。テロリストって、そんなものが僕の王国に存在するとは思わなかったけど」
「脱獄した監獄星のヤツらだろう。つじつまがあう」
「ああ……そんなの、いましたね」
「くそッ。なんとか、なかと連絡つかないのか? 手引きしてくれるやつがいないと、ゲートもあけられない!」
猛が手も足も出ないでわめきたてる姿を見るのは初めてだ。それほど薫のことが心配なのだろう。
(だったら、あんなバカバカしい嘘でからかわなきゃいいのに)
蘭が苦笑いしていると、それは起こった。
『御子? そこにいるのはイズモの王ですか?』
オシリスだ。
オシリスとのエンパシーでの対話は初めてじゃない。蘭が答えるまでもなく、ただ答えようと心をひらいただけで、オシリスは蘭の思考を読みとった。
『なるほど。あなたがたはそういう状況ですか。さきほどの無線、エンパシーで私も傍受しました。その前に職員ではない思考波を二つ感じたので、妙だとは思っていたのだが、あなたのクローンと、タクミのクローン——いや、タクミのオリジナルのクローンか。タクミオリジナルは心配ありません。今のところ、テロリストとは反対の方向をうろついている。それより、あなたのクローン……春蘭はどうしますか?』
(あなたのお手をわずらわせるまでのことはありません。それより、僕たちがなかへ入れるよう誘導してください)
オシリスは断乎とした思念を返してきた。
『御子。あなたは来てはいけない。あなたの存在は唯一無二だ。もしものことがあってからでは遅い』
猛と同じことを言う。
『しかし、東堂さんは来ていただいてもいいですね。彼の戦闘能力は有事の大きな戦力になる。先刻、月から私の直属の部下を送り、センター内へ潜入させました。その侵入口を使っていただければいい』
猛にもオシリスのエンパシーは届いていたようだ。猛は声に出して答える。
「ありがたい。その侵入口を教えてください」
『上部の窓の一つが外部からでも開閉できるよう溶接を絶ってある。今なら廊下の防気圧シャッターをおろしてある。内部の空気がもれる心配もない』
「わかった。今すぐ、そこへ向かう」
最後にオシリスは笑った。笑い声が聞こえるわけではないが、なんとなく思念がくすぐるように笑みのニュアンスを持ったのだ。
『こちらの潜入員はイズミ・トウドウです。東堂さんは初めてのご対面かな』
言うだけ言って、オシリスは去っていった。
猛は仏頂面になった。
「おれのオリジナルの遺伝子を月でゲノム編集して、かーくんが造ったっていうクローンか」
「オシリスの部下として、ずっと再生され続けていたんですね」
「おもしろくない」
「僕は楽しみ。猛さんと、遺伝子操作された猛さん。どう違うのかな?」
同じく薫が月で造った、薫自身の遺伝子操作したクローンであるタクミによれば、オリジナルの猛より優秀らしいのだが。
「早く会いたいな。姿形は変わらないのかな?」
蘭はワクワクしたが、猛が無慈悲にも宣言する。
「蘭。おまえは留守番だよ。行かせるわけないだろ?」
ボートはミラーボールのような旧医療センターの上部へ、ふわふわ近づいていく。
ボート内に備えつけられた宇宙服を身につける猛や隊員を見ながら、蘭はふてくされた。
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