《西暦21517年 蘭1》その二
(もしかして僕は、『二度と帰ってくるな』なんて言っときながら、待ってたんだろうか? 『もう悪いことしないから、あんたのそばにいさせて』と、こいつが涙ながらに訴えてくるのを? どうせいつかはそうなると、たかをくくってたのか)
でも、わかる。
カトレアは蘭の分身だから。
泣いて謝罪なんてしない。
きっとほんとに宇宙のどこかでのたれ死にするつもりだ。自由を
蘭は唇をかんだ。
すると、猛が蘭の肩をたたく。
そうだ。ほかの誰が去っても、蘭には猛がいる。猛がいるかぎり、蘭はひとりぼっちじゃない。
「ところで、肝心の土星人っていうのは?」と、猛はカトレアの背後の少年を指さす。
「彼のことじゃないだろ?」
少年だが、もうカトレアより背が高い。
出ていく前にカトレアが誰かをクローン再生していったから、例のもと疫神とかいう友人だろう。思っていたよりハンサムだ。もちろん、猛ほどではないが。
「
しどももどろで赤くなっている。かなりシャイらしい。
「かまいませんよ。あなたはカトレアの友人だから、かたくるしいのはぬきにしましょう」
御子らしい笑顔で手をにぎってやる。
ますます赤くなってすくんでいる雷人に、カトレアが本気のケリを入れた。
「何、見とれてるんだよ?」
「ご、ごめん……」
「浮気したら、ゆるさないからな」
えッ? 浮気——まさか、そんな仲なのか?
たずねてみたい。が、あっけなく『そうだよ』と肯定されそうで、コワイ。聞けなかった。
まったく、コイツといい、春蘭といい、蘭のクローンたちはどうなっているのだろう。
カトレアがイラついた口調で言う。
「こいつのことはいいんだ。ただのおれの相棒だから。あんたたちが会いたいのは、あっち」
あっちと言われても、バラと魚しか見えない。
「今までセレスまでは行ったことがあったんだけど、今度はどうせならもっと遠くまで行ってみたくて。それで、土星の衛星コロニーに行ったんだ。そしたら、御子暦開始直前くらいのころに、土星に落ちた海賊の伝説があってさ。今でも、たまにエスパーが、あそこに何かいるって言うらしいんだ。
調べてみたら、ほんとに海賊の子孫がいたってわけ。おもしろいのは、彼らの体質だよ。彼らは水と泥だけ飲食してれば生きていける。手足がちぎれても、また生えてくる。不死でこそないが、個体がものすごく長寿だ。たぶん、ES細胞を体内で作ってるんじゃないかと思う。ほかにも御子と似たところがあって。あんたたち調べてみたほうがいいよ。もしかしたら、蛭子の不死の謎が解けるんじゃない?」
もしそうなら、大発見だ。
猛がにぎりこぶしを口元にあてて、つぶやく。
「木星や土星はガス状惑星だ。環境がひどすぎて、テラフォーミングしにくいんで、ずっとほったらかしだったんだが。劣悪な星に二万年も置かれたことで、独自の進化をとげたのかもな」
タクミも興奮を抑えきれないようだ。
「スゴイ! 早く研究所につれ帰って、菊子さんたちに調べてもらいましょうよ」
「だけど、どこにいるんだ? 土星人」
キョロキョロする猛がおかしかったようだ。カトレアが派手に笑う。
「猛はデカイから、わかんないかな。とっくに、あんたたちの前にいるんだけど」
蘭たちは目をこらして周囲を見た。もしや、やはり、バラ園のなかを泳ぎまわる魚がソレか?
「いるよ」と、ユーベル。
「数は五十くらい。精神性はボクらと同じ。知能もふつう。ボクらを警戒してる。みんなが大きくて、怖いんだね。それに、タケルの見ためにビックリしてる」
ユーベルにはエンパシーでわかるのだ。
猛は苦く笑う。
「今どき、こんな羽ぶらさげてるの、おれだけだからなぁ」
猛はヘル・ウィルスに感染したときの変異で、背中に竜のような羽がある。もちろん、ちゃんと飛べる羽だ。
「おれ、どっか行ってようか?」
「僕が話してみましょう」
蘭は一歩、前に出た。
「心配ありませんよ。この人はこう見えて、物静かで穏やかです。羽があるのは病気の後遺症です」
どこからか、かん高く、かぼそい声がした。
「地球を死滅させたという、あの病のせいですか?」
「知っているのですね。それなら話が早い。そうです。我々はあれを『ヘル』と呼んでいます。あの病は人間を奇形化させます」
「では、悪魔ではないのですね? 私たちの先祖が信じていた悪魔に似ているようですが」
「違います。僕の大切な友達です」
「わかりました。あなたの言葉を信じます。二柱めの神よ」
すると、あずまやの柱やバラの木のかげから、ぞろぞろ人間が現れた。
おどろいた。どう見ても、幼児の集団なのだ。四、五歳の子どもにしか見えない。髪も肌も全身が白く、瞳は淡いブルーやグリーン。顔つきも子どもっぽい。小人症というよりは、子どものまま成長が止まってしまったように見える。
「可愛いだろ? コロポックルみたいでさ。絶対、実験動物なんかにはしないでくれよ」
そう言って、カトレアは一人の土星人を抱きあげた。
「ジャンク。元気でな。おれはもう行かなくちゃ」
「神さま……行ってしまうの?」
「おれは神じゃないよ。せいぜい天使ってとこかな。神さまは、こっち」と、蘭をさし、「神さまの言うこと聞いてれば、悪いようにはされないから」
「……そうですか。さよなら。天使。あなたの慈悲深い行為に感謝します」
カトレアは土星人たち一人ずつの頭をなでた。そのまま去っていく。とくに蘭に別れのあいさつをするでもなく、雷人と笑って話しながら、バラの廊下を歩いていく。
さみしさを感じているのは、蘭だけのようだ。
(おまえのそんなところが、キライ)
ぼんやりしていると、土星人たちが声をかけてきた。
「神よ。われらは何をしたらよいのでしょう?」
「僕たちの研究に協力してください。そのかわり、我々は住居やあなたがたに必要なすべてのものを提供します」
「御心のままに。ですが、一つだけ教えてくださいますか?」
「なんなりと」
神妙な顔で、土星人が言う。
「コロポックルとは、なんですか?」
真剣な眼差しで聞かれて、蘭はふきだした。
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