《西暦21517年 菊子1》その二
御子や巫子の驚異的な能力は、それで説明できる。手足がちぎれても一晩で生えるのは、糖を自ら作る機能のおかげだ。エネルギーを内部で生みだすことにより、爆発的に細胞を増殖させることができるのだ。
これは、素晴らしい発見だ。
コロポックル型ヘルを人工培養し、人体に投与すれば、巫子なみの再生能力を持つことができる。コロポックル型では人体を奇形化させる突然変異は起こらない。だから、誰でも巫子と同様になれる。今はまだマウスでの実験段階だが、いずれ人への使用も認可されるだろう。
あとは不死性の問題だけだ。
なぜ、御子だけが不死なのか。
コロポックルは不死ではないのに。
その差異が解きあかされれば、人は不死になれる。蘭だけが不死の苦悩を味わうこともなくなる。
そのように、研究は順調だ。
ただ……不安な要素もあった。
コロポックルたちは可愛い。幼子のような外見。純真で従順な気質。
それなのに、なんだろうか。この不安な気持ち。
二万年も隔絶された世界にあったコロポックルたちだ。文化や慣習が特殊であろうことは予想されていた。
それにしても、ある朝とつぜん、一人が消えてしまうというのは?
もちろん、コロニー内は徹底的に捜索された。ありとあらゆる場所を。それでも行方不明になった鉛筆(彼らは土星の生活のなかで使用されなくなった固有名詞を人名に使う)は見つからなかった。
いったい、どこへ行ったのか?
ここは地球の上、四百キロ。
宇宙空間のただなかだというのに。
鉛筆がいなくなる数日前から、予兆はあった。コロポックルたちがみんな妙にソワソワしていた。『祭だ』とか『卵の日』とか、変なことをコソコソ話していた。
「お祭なの? どんなお祭?」とたずねても答えない。
これに関しては口が堅かった。
菊子たち研究員が近づいただけで、ピタリと口を閉ざしてしまう。
「ねえ、ジャンク。お祭って、なあに? 教えてくれたら、お祭のときお菓子を持っていってあげるわ」と言っても、うつむいて黙りこんだ。
どうやら、その話題はコロポックルたちにとって、絶対に他言してはならない秘密らしかった。
その昔、不二村にも同じような秘密があった。村の掟だ。御子のことや、御子の正体を村人以外に話してはならなかった。
もし掟をやぶって秘密をばらせば、その一家は殺された。御子の身を守るための絶対的な掟。血ぬられた陰惨な歴史。
そういうものを、菊子はコロポックルたちの態度に感じとった。可愛いはずの彼らを、ほんの少し無気味に感じた。
そうこうするうちに、鉛筆が消えた。
前夜、いつものお菓子のお祈りのときには、鉛筆はいた。なのに翌朝、係の研究員がようすを見に行くと、いなくなっていた。
コロポックルたちは以前の医療センターのワンセクションを住居に与えられている。セクション内は自由に歩ける。が、そこから他のセクションへ移動するためには、守衛の詰所前を通らなければならない。監視カメラもある。そこを通りぬけて別のセクションへ行くことは不可能だ。
コロポックルたちの住居はすべて調べられた。そこに鉛筆はいなかった。コロニー内のどこにもいない。鉛筆は姿を消した。
「彼らの体には、まだ我々の知らない、とんでもない秘密が隠されているんじゃないのか?」と、森田は言う。
「わたしはどっちかと言えば、彼らの風習が関係してる気がする……だって、『祭』がなんとかって言ってたし」
「祭って、なんの祭だろう?」
「卵がどうとかとも言ってた。きっと卵の祭ね」
卵の祭なんて、なんだか可愛い。
「キリスト教のイースターみたいな?」
「まあそうだな。彼らはキリスト教徒の末裔だよな」
森田とは、さんざん話しあった。ほかの研究員たちも二人以上が寄れば、決まってこのことを話題にした。
だが、けっきょく、謎は謎のまま。原因はわからない。
コロポックルたちは以前どおりの可愛い彼らに戻った。平穏に時はすぎていく。
コロポックルたちは仲間の一人が消えたことを、別段、話しあいもしない。気にしたようすもない。
それは彼らが鉛筆の消えたわけを知っているからではないのか……。
もしかしたら、また誰か消えるのでは?
ひそかに菊子は案じていた。
『祭』のたびに、誰かが消えていくのではないかと……。
ところがだ。
現実に起こったのは、それとはまったく別の問題だった。
ある朝、とつぜん、ブーツが大人になった。
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