第24話 感想

 部室まで戻ると、癒月と葵は暇そうにボードゲームで遊んでいた。やけに古風な丸窓から覗いて見るに、どうやらチェスを打っているところらしい。

 葵が焦ったように言う。


「ちょっと、癒月ちゃん強すぎない? なんでナイトが二騎も残ってるの……」


 ふふ、と意地の悪い笑みを浮かべる癒月。


「相手の選択肢を奪っていくのがコツよ」

「なんか凄い。人間社会みたいだね」


 癒月は嫌そうな顔をした。


「女の関係、って言った方が正確じゃない?」

「確かに……って、癒月ちゃんそんなに女子たちと関わってないよね?」


 葵はビショップをトン、と移動させる。癒月はぶすっと頬を膨らませた。


「だって……」

「だって?」


 癒月はご無沙汰していた葵のナイトをクイーンで取り、つまらなさそうに答える。


「だって、なんだかサルのマウンティングを見てるようでこっちが恥ずかしくなるのよ」

「……ま、マウンティング? 山?」


 アホな葵に癒月検索エンジンが火を噴いた。


「動物が他の同種に対して、自分が優位にあるとアピールする行為よ。マウントを取る、とも言うわね」

「あー……それならわかるかも。うちのクラスにもいると思う」


 それに癒月は頬杖をついて答えた。


「何なのかしらね、あれって。共感性羞恥……ではないわね。ただただ同じ人類として恥ずかしいと思うわ」

「今日の癒月ちゃん、かなり毒舌ですわよ」

「いつもこんなものよ。綾人の前ではもっとひどいと思うわ」


 ぐでっ、と机に頭から突っ伏す癒月。葵はそれには答えず、癒月のポーンをビショップで取った。


「……それにしても綾人は遅いね。何やってんだろ」


 ……そろそろ頃合いか。

 僕は寄りかかっていた壁から背を剥がし、そばのドアノブを押し開けた。


 視界に映るのはいつも通りの斜陽の教室。


「あ、噂をすれば」


 葵が呟き、癒月はバネが跳ねたかのように起き上がる。


「お帰りなさい、綾人。紅茶にする? クッキーにする? それとも——」

「いや、紅茶もクッキーも元々僕のだから。あと最後の奴は言わせん」

「ちぇー」

「ちぇーじゃない」

「畜生」

「女の子がそんな言葉使ったらだめでしょ、はしたない」


 癒月はぶーぶー言いながらポットを台に戻し、机に散らかっていたゴミを片付け始めた。それを見て複雑な顔をする葵。


「やっぱり綾人と私じゃ全然対応が違う……」


 結構仲良さそうに見えたけどね。あんなに楽しそうに女子の話とかしてたじゃん……


「そんなことないだろ。なあ?」


 癒月に振ると、仰々しく頷かれた。


「ええそうね。葵さんとは人類の愚かしさについて、これからも語り合っていきたいと思っているわ」

「あれ本気で言ってたの!?」

「え? 当然でしょう?」

「なにその人間は下等な生き物ですねって言ってるような目! 違うよ? 私たちは愛すべき仲間だよ!?」

「時折思うのよね……こんな生き物、滅ぼしてしまってもいいんじゃないかって」

「癒月ちゃんは神ですか!?」


 癒月神、輝夜神……ゴロは良いな。


「私は神じゃないわ。どっちかというと……こ、こ……悪魔?」

「さりげなく小悪魔と言いたいんだろうがそれは確実に違う」

「なによ。死にたいの?」

「やっぱり悪魔でしたごめんなさい」


 無表情って怖い。びんびんに殺気を感じたね。


 と、そこで葵が恐る恐る癒月に話しかける。


「ゆ、癒月ちゃん、神でも悪魔でも良いから、とりあえず落ち着こう、ね?」

「まだよ。まだ綾人に感想を聞いていないじゃない。でないと落ち着けないわ」


 いや、訳わかんねえよ。


「感想? ……あっ」

「葵さん……」


 天然もここまで来ると哀れになってくるな……


 僕は姿勢をぴっと正して言った。


「緑川についてだけど……」

「うん」

「ええ」


 癒月と葵が表情を引き締める。

 僕は未知瑠先輩にした説明、ではなく、葵に聞かせると不味そうな内容を省いて要約した。緑川は部内でもトップカーストに位置し、常日頃から女の子に告白されている気に食わん奴だが、いい奴ではある、みたいな感じで。

 癒月は話の所々に滲み出る違和感に気が付いていたようだが、僕が目配せすると大人しく聴いてくれていた。葵はトリップして妄想が滲み出ていた。



「……なるほど、綾人にはそう写ったのね」


 説明を終えると、癒月は興味深そうにあごに手を当てて呟いた。相変わらず演技が上手い。

 対して葵は……


「ね、綾人。やっぱりいい人だったでしょ? 毎日のように告白されてるのは初耳だったけど……」

「葵さん。緑川くんほど優秀なら、そういう話が出てこない方がおかしいわ。彼より人格が劣る私でも、顔目当てで寄ってくる輩は相当数いるもの」

「え、癒月ちゃんも相当優しいと思うけど……でも、そっか。私、あの人のこと全然知らないんだ……」


 素直に落ち込む葵に、癒月は優しく言い聞かせる。


「これから知っていけばいいのよ。本当に好きなら、どんなに些細な事でも自然と目に付くようになるから」

「うん……ありがとう、癒月ちゃん」

「いいのよ」


 僕は二人からなんとなく目を背けて言う。


「まあ……あんまり気にしすぎて自然体じゃなくなるのも良くないと思うぞ。葵も、緑川を好きなその他大勢の女子にはなりたくないだろうし」

「綾人……うん。ありがとう」


 ぶっきらぼうな助言だったとは思うが、葵は意思を汲み取ってくれたらしい。といっても、僕はあくまで葵の味方をしているだけだから、あまり多く干渉するつもりはないんだけれども。


「じゃあ、綾人も戻ってきたことだし、そろそろ帰りましょうか」


 癒月が間を取り持つように言って、僕と葵のカバンを机の上に載せた。礼を言ってそれぞれ受け取り、部室を出て下駄箱に向かう。


 途中、職員室に用事があったと言い出した葵が、先に帰ってて欲しいと告げて僕たちから抜けた。


「本当にごめんね、癒月ちゃん、綾人。こんな私事に付き合わせて」


 そう言って葵は頭を下げると、僕たちが返事をする間もなく、廊下の向こうに走って行ってしまった。

 癒月が肩をすくめて言う。


「葵さんなりに、色々とプレッシャーになっているんじゃないかしら。振った人と、その人を好きな人に自分の恋を手伝わせて」

「僕は吹っ切れてるから、葵を手伝うくらいなんて事ないんだけどな」

「つまり、私が付け入る隙があると」

「……」

「え、ちょっと綾人? まさか急にデレたりしないわよね。それはちょっと……私的にはいただけないわよ?」

「いやなんだよ、いただけないって。まだ無理だっての」

「……ふーん、へえー」


 癒月はなんだか嬉しそうに笑うと、下駄箱からローファーを落として足だけで器用に履いた。僕が隣に座って靴を履くのを眺めながら、そういえば、と続ける。


「明日の国語、週末課題があったわよね。確か、森鴎外の『舞姫』について百字程度の要約文を提出する、とか」

「あぁぁ……」 


 うめき声が腹の底から漏れた。

 やってない。


「あれ、文語体だからめちゃくちゃ読みにくいんだよ……」

「私の要約、参考にする?」

「……神?」

「天使よ」

「あれ、さっき悪魔って――」

「天使よ」

「……天使様。どうぞ、要約文を見せていただけないでしょうか」


 伏してお願いすると、癒月は偉そうに鼻を鳴らした。


「よろしい。……あ、でも、後で綾人のものも見せて。私より文章書くの上手いでしょ」

「なんなりとお見せいたします」

「よろしい。じゃあ、早く帰りましょうか」

「だな」


 僕らはその後、鴎外について適当な話題を見つけてきて、議論したり貶しあったり、色々と雑談を重ねた。お陰で歩みは遅々として、自宅のマンションにたどり着いた時にはまたもや六時を回ってしまっていた。

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「月がきれい」とかぐや姫は言った。 アラタ ユウ @Aratayuu

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