第2話 慰め
金属質な音を響かせながら、少し錆び付いた非常階段を登る。特別棟の端にむき出しに取り付けられているこの場所は、各階と共に、普通だったら入れない屋上へと繋がっている。
太陽はもう沈みかけている頃合いで、空を見上げるとカクテルのようなグラデーションが目に映る。だんだんと暗色になっていく空は、どこか物悲しいような寂寥感にも似た雰囲気を放っていた。
屋上に続く踊り場に到着する。一人で来てもいい場所だが、今日は待ち人がいる。そいつはいるかもしれないし、いないかもしれない。少し気まぐれな奴なので、メッセージで連絡しただけで待っていてくれるかどうかは怪しかった。
居なくても、一人でしばらくぼんやり過ごしてから帰ろう、なんて思いながら最後の五段を登りきり、屋上に足を踏み入れた。
今にも沈みそうな夕日から放たれる斜陽で、辺り一帯は橙色に染まっている。
まるで世界の終わりが来たかのような、郷愁と哀愁に満ちた空間。その端っこで、この美しい風景になんの違和感も無く溶け込む者がいた。
風に揺れる長い黒髪と、夕日を反射して朱色に輝くセーラー服。フェンスに寄りかかって黙考する姿は、見慣れている僕でも息を呑むほど美しい。
足音が聞こえたのか、それとも気配を感じ取ったのか、彼女はおもむろに目を開く。蜂蜜色の透き通った瞳は琥珀のようだが、どこか冷たい光を帯びている。
その視線がゆっくりと入口に、つまり僕の方に向けられ、まっすぐに僕本人を捉える。怜悧な眼差しは、すぐに知人に向けられる優しげなものへと変わった。
僕はその変わらない姿に安堵して、彼女に一歩踏み出した。片手を上げて挨拶しようとする。
「っ………」
何故か声が出ない。
代わりに熱いものが頬をなぞり、顎へ伝って地面に落ちる。
胸がまたかっと熱くなって、心が極限まで収縮して潰れてしまうかのようなキリキリとした痛みが僕を襲った。
ぼやけた視界に何かを叫びながら駆け寄ってくる彼女の姿が映るが、上手く聞き取れない。
死の直前とはこんなものなのだろうか、と思ったりもした。
「絢斗っ!」
だからこそ、すぐ近くでその叫び声が聞こえた時、僕は心の底から安堵した。
拒絶の意思が一切含まれていない、純粋にこちらを慮るだけの声に。
ふっ、と、極度の緊張から解き放たれたせいか全身の力が抜け、そのまま地面に叩きつけられる自分を幻視する。
一瞬の浮遊感。
しかし、痛みも衝撃も来ない。気が付けば、僕の体は柔らかい何かに抱きしめられていた。
視界は暗く、僕の頭は優しいもので包まれている。
鼻腔をくすぐる甘い香り。頭を撫でられるくすぐったい感じ。幼児が母に抱かれる時に感じる、あの安心しきった感覚が蘇る。彼女は僕の頭を胸に抱いたまま、言い聞かせるように優しい言葉をかけてくれる。
「がんばったね……」
その言葉を聞いた瞬間、先程の記憶が脳裏をよぎる。そして同時に、僕の中で何かが切れる音がした。
「っ………」
限界だったのだと思う。
気取ったフリをして、淡々と自分の心を押し込め続けるのも。
失恋という心の傷から、必死に目を逸らし続けるのも。
そして、幼馴染との関係が終わってしまったことにも。
今までたくさんの負の感情を押し込んできた心が、その言葉によって決壊した。
「ぅ……ぐ……」
濁流のように感情が流れ、声となって溢れだす。彼女は僕の頭を撫でながら、一層抱きしめる力を強める。
「大丈夫……誰もいないから、いっぱい泣いていいのよ……」
優しい。あまりにも優しい。
こんなに優しくされたら、僕は--
誰よりも優しい親友の
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