第22話 未知瑠先輩 上

「やーやー。迷える少年くん」


 開口一番、未知瑠先輩はそう言った。


「浮かない顔してるね」

「……どうも」


 軽く頭を下げる。こんなにちっこいが一応は先輩で、この学校の生徒会長でもある人だ。


「二日ぶりですね。お疲れ様です」


 僕が言うと、先輩は気味悪そうにたじろいた。


「なんか、綾人くんが礼儀正しくなってる……?」

「なに言ってるんですか。いつも通りですよ、変輩」

「平常運転だったか……」


 ほっと胸を撫で下ろす変態。罵られるのが普通とか、ドMの気質がありそうで困る。そう思いながら一歩踏み出して僕は聞いた。


「それで先輩、どうしてここにいるんですか?」

「どうしてって……そりゃ綾人くん、仕事だよ仕事。生徒会の」

「へえ……生徒会なんて、終業式や文化祭とかの司会進行だけやってればいいものかと」

「んなわけないでしょ。むしろ事務作業の方が多くて、そういう行事は裏方の努力で成り立ってるんだから。ほとんどは私の活躍だけどね!」


 ふふん、と偉そうに先輩は無い胸を張った。さすがは生徒会長、癒月や葵とは存在の格が違う。


「それはすごいですねー。ご褒美に高い高いしてあげましょう」


 僕は迎え入れるように両手を広げたが、先輩はぷいっとそっぽを向いた。


「やだよ! 前やった時ぶん投げられたじゃん!」

「力加減が難しいんですよ。先輩軽いし」

「だれがチビだ!」

「チビなんて言ってないですけど」

「言ったじゃん!」

「いつ」

「この前!」

「だからいつ! 何月何日、地球が何回まわった時!」

「知らん!」


 もはや言いがかりとすら取れる強情さ。コレが良いと言う人も中にはいるのだから、世の中好みは千差万別ということなのだろう。癒月のような模範的な美女がすぐ横にいたにも関わらず、ぶれずに葵が好きだった僕みたいに。

 はぁ、と大きなため息が口から漏れた。頭の中は緑川のあれこれで満ち満ちている。

 未知瑠先輩が気遣うような顔で尋ねてきた。


「やっぱり、なんかあった? さっきも変な顔してたよね」


 軽く首を横に振る。


「何も無いですよ。ちょっとだけ、相手が手強かっただけですから」

「ふうん。……それはもしや、綾人くんの恋のライバルというやつですかな? そうなら先輩、相談に乗っちゃいますよ?」


 うりうりー、とにやつきながら鬱陶しく小突いてくるので、ペイっとその指を払って言う。


「先輩にしては意外に冴えてますね」

「ふっふっふ。女の勘を舐めたらあかんぜよ?」

「……と、勘違いした未知瑠先輩は偉そうにふんぞり返るのだった……」

「いや違うんかい!」


 どこぞのツッコミ役のようにびしびし平手を打ってくるので、僕は片手で受け流しながら言った。


「でもまあ、癒月とかには話せないこともありますし。相談とかはして欲しいです」

「えー、どうしよっかなあー。綾人くん意地悪だからもうやめよっかなぁー」

「そこを何とか」

「なんでもします、って言うなら考えてあげなくも無いけど」

「できる限り何でもします」

「無条件で?」

「それは無理」

「ッチ」

「うわ舌打ちした。生徒のリーダーが生徒に」

「先輩だからいいんですー」


 そう言って未知瑠先輩はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、踵を返して歩き出す。横に並んでも文句は言われなかったので、話は聞いてくれるらしかった。


 特別棟の校舎から離れ、王の字に並ぶ三つの一般棟までやってきた。先輩は実験室や二、三年生の教室が入っている手前の二棟は無視して、奥の三つ目の棟に向かう。ここには職員室の他に生徒会室も設置されているが、先輩が向かっているのは多分食堂だろう。この時間、購買のおばちゃん以外は誰もいない穴場だ。


 予想通り、先輩は校舎の傍に寂しげに立つ食堂の扉の前に立った。からりと開けて元気よく挨拶する。


「こんちわおばちゃん! 今日もカウンセラーだよ!」


 購買のおばちゃんは入ってきた未知瑠先輩を見るなり、眩しいものをみるように目を細める。


「はいはい。いつも頑張ってるねぇ、未知瑠ちゃん」


 先輩は見世棚の冷蔵コーナーに立ち、アレとこれと指さながら言う。


「そーなんだよね。今日は久しぶりに後輩からなんだ」


 おばちゃんは未知瑠先輩にペットボトルを二本渡し、代わりにお金を受け取った。


「そうなの。偉いねぇ」


 そしてあとから入ってきた僕に目を止めると、「あらまあ」と嬉しそうに笑う。


「綾人くんじゃないの。今日は癒月ちゃんと一緒じゃないのかい?」

「はい。ちょっと先輩に相談があって……」

「あらそう。じゃあ、おばちゃんは奥で静かにしてようかしら。何か欲しいものがあれば呼んでね」

「はい、ありがとうございます」


 おばちゃんはうんうんと頷き、暖簾の向こうに引っ込んでいった。それを見届けて僕は先輩に聞く。


「いつもこんな事してるんですか?」


 先輩はパキパキとペットボトルの密封を解きながら答える。


「まあね。生徒の悩みを聞くのも、会長としての仕事の一つだと思ってるし。

……ほら、目安箱とか口だけ言って置いてるけど、実際ほとんど要望なんて入れられてないのよ。学校に表立って意見するくらいなら、最初から自力でやってやるって人がほとんど」

「確かに、社会の縮図である学校の悪い一面ですよね。民衆の意見を聞くようなフリして、実際は何も参考にしちゃいないっていう……あ、お金払います」

「奢りでいーよ」

「……そっすか。ありがとうございます」


 僕は礼を言いつつ、蓋を開けて果実エキス入りのミネラルウォーターを喉に流し込む。桃の果実が弾けたような甘みと香りが広がった。


「………」


 半分の量を僕が一息に飲み干すまで待っていた先輩は、悪い笑みを浮かべて言った。


「……さて。じゃあ、何があったか聞かせて貰おうかな。今日と、それから昨日のことも。癒月ちゃんと何があったのか」

「……はい」


 そういや、この人は僕に葵という幼馴染がいることを知らないはずだ。その部分も踏まえて説明しなければ……

 頭の中で話を紙粘土のように練っていた僕は、先輩に勧められた椅子に座り、ひとまず二日前のことから話し出した。

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