異世界巨大迷宮攻略大作戦 part 6

 俺は周りで吹き荒れる風に目を細めながら、空から降りてきた女エルフを眺めた。


「テメェがここの頭だな?」


「はい、私がこの『創世の世界樹』エリアの支配者のシズクと申します」


「そうか、俺は…」


「”火山の悪魔”ヴォルケイノス…ですね?」


「…なんだ、聞いてたのか」


どうやら俺とエルフの会話を聞いていたようだな。

魔法かはたまたエリアボスとしての力か…

俺は今に至るまでに何か聞かれてはいけないような事を言っていなかったか、少し前を振り返る。

そもそもこの場所にいる男エルフ共は殺して、女エルフ共は犯して壊すか殺す前提で会話をしたからなあ。

聞かれてるかも…なんて少しも警戒しなかったわ。


そんな事を頭の片隅で考えながらシズクとかいう女エルフと対峙していると、そいつの後ろにいた姉妹エルフのうち姉エルフが頭を下げたのち喋り出した。


「シズク様、私が未熟なばかりに守谷世界樹をこのような姿にしてしまい、本当に申し訳ありません…」


「いいえ、今回は相手の方が上手だったという事です。今回のことを踏まえて成長していくことができれば、それもまた我らの利益となりえます」


「シズク様…」


姉エルフが感動したように胸に手を当てて涙で頬を濡らす。

その横から今度は妹エルフがシズクへと話しかけた。


「シズク様!ルナが…ルナが…!」


妹エルフが泣きながら親友の狼だった炭や灰を両手で持ちながら立ち上がる。

その手と指の隙間からパラパラとそれらがこぼれ落ちてゆく。

妹エルフはシズクとかいう女エルフの元へとフラフラと近づくと、その側でガクリと膝から崩れ落ちた。


「ルナが…」


「…顔を上げなさい」


ボス女エルフは泣いている妹エルフの顔を両手で包むと、そっと優しく顔を上に向かせた。


「悲しむことはありません、世界樹に祈りなさい。そうすれば、きっと世界樹があなたを助けてくださるでしょう」


「シズク様…」


「そうよシグレ、世界樹が力を貸してくだされば、きっとルナはあなたの元へ戻ってくるわ」


「お姉ちゃん…」


ボス女エルフと姉エルフの言葉によって、妹エルフの目に光が戻りつつあった。

それは傍目から見れば、すごく感動的な光景だろうな。

俺だってただの傍観者として見ていれば、感動のあまり涙を流したろうな。

感動的な姉妹愛だなってな。


「って!何俺をほっぽって感動的な空気に浸ってんだオラァ!?」


俺は地団駄を踏みながら大声で叫んだ。

無視された憤りから無意識に撮った行為だったが、その地団駄でエルフ共は一気に俺を警戒しだした。

うむ、そうだそれでいい。

舐められるなんざ俺の嫌いなものランキング上位に入るくらい嫌いなんだよ。


「まさかテメェら、勝った気になってんじゃあねえだろうなあ?そんな女一人に何ができるってんだ!?」


俺がそう叫ぶと、ボス女エルフはため息を吐きやがった!

生意気だ!クソ尼!!

そのまま姉妹エルフから離れて俺の方へと歩み寄った。

姉妹から数メートル距離が離れたところで立ち止まり、10メートルほどの距離を開けて俺と向かい合った。

そいつの目は姉妹に向けた優しげなものとは違って、人睨みするだけで人を殺せそうな鋭い目で俺を睨みつけていた。


「なんだ?何か言いたげだなあ?言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?クソエルフ共」


「あなたにかける言葉などありません…しかし、ただ一つだけ、私が口にすべき言葉があります」


少し煽ってみるが全く手応えがなかったな。

その上、俺に何か悪口でも言おうってか?

生意気だな。

ボス女エルフは手に持った黄金の錫杖の先を俺に向けて掲げた。

その杖や体からは圧迫感のある魔力を抛走らせていた。



「勝つのは私です」



俺はその言葉を聞いて、心底楽しくなった。


「いいねえいいねえ!自身に満ち溢れた女を屈服させるの”オツ”なもんだなあ!」


俺は体から熱気を発しながら湧き上がるワクワクに酔いしれた。

この女をどう料理してやろうか。

考えれば考えるほど笑いが止まらなくなった。


「もう勝った気になっているのですか?いい気なものですね」


「ああ?」


俺はボス女エルフの言葉で一気に冷静になった。

そうだよなあ、まだ終わってもねえのに結果ばっかりに目を向けてちゃいけないよなあ。

取らぬなんとかのなんちゃらだ。

まずはこいつをボコボコにしよう。

その後でいくらでも楽しめばいいしな。


俺は右手を自分の左手の平に突っ込むと、腕の中で”柄”を掴んでから右手を引っこ抜いた。

出てきた右手には剣の柄が握られ、その先には蛇の装飾の入った鍔が付いていた。

そしてその鍔の剣の刃があるべき場所に掴むようにして左手をあてる。

そのまま左手を左に引っ張っていくと、握った左手の親指側から徐々に剣の刃が現れる。


それは紛れもなく剣!

剣の先端まで手を抜くと、そこには真っ赤に光る炎の剣が現れた。

しかしこれはただの剣ではない!

右手に持った剣を横に振ると、剣の頭身が伸びた。

刃がワイヤーで繋がれた伸縮自在の鞭のような剣…

これぞ蛇腹剣!


「テメェの足をぶった切って素敵なおもちゃにしてやらあ!ついでにそこの姉妹は殺しといてやるよ!」


刀身から炎を撒き散らしながら、蛇腹剣が唸る。

俺は蛇腹剣を鞭のように空中で何度かしならせ、エルフ共に向けて振るった。

さっき使った炎の鞭よりかは速度は落ちるが、それでも避けることのできない速度で蛇腹権が振るわれた。

武器で守ればその武器ごと切り裂き、魔法で防御しようものならそれすらも焼き尽くす。

最早エルフ共の命運は決まったも同然!





…の、ハズだった。






「『崩壊の風』」




ボス女エルフが風の魔法を唱えた。

そこそこの強さの風だが、こんなんじゃ俺にはかすり傷すら与えられん!

俺は余裕を持って蛇腹剣をエルフ共へと向けた。


しかし、奴らへと刃が届くことはなかった。

ボズ女エルフの目の前で蛇腹剣は静止すると、急速に冷却されたかのように熱による光が消えていった。


「なに!?」


そして風は徐々に蛇腹剣の刃の根元までと迫っていき、俺がとっさに柄から手を離すと蛇腹剣は剣の形をした真っ黒な岩石へと変わってしまった。

いったい何をしやがったんだあのエルフ!?


その風が俺の体に吹き付けられた。

瞬間、身体中を力が抜けていく感覚が襲う。

なんだこの風は!?デバフの類か!?

いや、それじゃあ俺の攻撃を防いだのを説明できねえ。

魔法か、はたまたスキル関連のものか。

世界によっちゃあ異能なんて呼ばれてたりもするが…


いやそんなことより、ただわけも分からずにやられるなんざ俺自身が許せねえ!

ともかくやることは一つ!


「当たって砕けろだ!!」


俺は手に熱エネルギーを集め、それによって手のひらをドロドロに溶かしてマグマにする。

俺の体は溶岩によって構成されてるから、俺の体の形は自由自在なのだ!

そして俺は手をエルフどもへ向けて振るう。

すると、その手のひらから真っ赤に燃える飛沫が飛ばされる。


「『白き砂浜』!!」


その飛沫は、手を洗った後に手を振るって飛ばされる水しぶきなんかよりも、はるかに速い銃弾のようなスピードで飛んで行く。


しかし、その飛沫もまた先ほどの蛇腹剣と同様、ボス女エルフの放った謎の風魔法の中をある程度進んだところで、急速に冷やされたかのように黒い石になり、失速して地面に落ちた。

その石は地面に落ちた途端に砕けてしまった。


チクショウ!一体どうなってやがる!?

どんな手品を使えばこんな結果になりやがるんだ!?

頭にくるぜ!

だがそんな時こそ冷静に、俺の冴え渡る脳みそをフル稼働させてどうにかしてあのアマをぶち殺さねば…!


そう俺が考えていると、ボス女エルフが口を開いた。



「あら、悪魔というのも大したことないのね」



「この程度で粋がるなんて、なんとも哀れな生き物ね」





「せいぜいそのちっぽけで傲慢な心を大事にしながら惨めったらしく生きていくがいいわ」



「んだとこのアマァ!!」


その口から出てきたのは弱音でもなければ命乞いでもない。

俺へと向けた見下したような言葉であった。

俺はそれを聞いて完全に頭にきてボス女エルフの元へと突っ込んでいった。

そんな中でも俺の冷静な頭脳はこれを罠だと感じ取っていた。

しかしそんな俺のイカした理性よりも、俺のウルトラにイカしてる情熱的な心が情景反射的に動いちまった。


俺は身体中にありったけの熱エネルギーを循環させた高熱のスーパーアーマーを纏い、特に両腕に多めに熱を帯びさせた。

その時俺の頭の中には、片手でボス女エルフの汚ねえ声の出る首を骨が折れるほどの締めながら、もう片方の手でそのくそったれな脳みそが詰まってそうな頭を鷲掴みにして、引っこ抜いてやろうと考えていた。

つまりは…完全に頭にきていた。

こうして冷静に俺自身を観察できてはいるが、完全にキレている俺を俺自身で止めることはもはや不可能であった。


そういや他の悪魔連中にも、「確かにお前は落ち着きのあるイカしたナイスガイのイケメン悪魔だが、どうにも暑くなりすぎる節がある」…とかなんとか言われてたっけな。

だが俺に言わせりゃ、ばかにされて黙っていろだなんて正気の沙汰じゃないね。

馬鹿にされるってことは、今までの生き方や自分の魂を貶されたも同然だ。

それを黙って聞いてるってことは、その言葉を肯定するってことだ。

そんなの俺は断じて許さねえ!

俺を馬鹿にする奴も、罵倒を黙って聞いてる奴も全員、俺は全力でぶちのめす!

それで…




…まて…


俺はなんでこんなことをこんなに長ったらしく考えてんだ?




…いや、これは…







…走馬灯…?













俺を包み込むようにして風が吹き抜ける。


風が、空気が、空気中の分子が俺の側を通過するたびに、吹雪なんざ目じゃない程に俺の体表の、体内の熱が奪われていった。

俺の突撃の勢いが徐々に殺されていき、数センチ単位でしか動けなくなる。

体から熱が、力が抜けていき、熱で赤く光っていた体も冷えて光を失い、溶岩のように冷たくなっていった。

もはや歩くのもやっとの状態だった。



そうか…こいつはただの風でも、冷たいってだけの風じゃねえ…


「”熱を奪う風”か…!!」


「ご名答です」


俺の呟きをボス女エルフ…シズクが耳ざとく聞いてやがったのか、クイズの司会者のように肯定した。


「この風魔法は相手の熱を奪う性質を持っています」


「通りで俺の体がイケメン石像みてえになってると思ったぜ…!」


「さあ、観念して神に懺悔でもしなさい」


「お断りだね」


こうしてくっちゃべってる間にもどんどん熱を奪われやがる。

何か打開策はないかと俺は目だけを動かして辺りを見渡す。

それに気づいたのかシズクが俺に声をかけた。


「無駄です。私の『崩壊の風』はあらゆる生物、無機物から熱を奪うもの。アンデット系かゴーレムでもない限り防ぐことも耐えることも不可能です」


「へーえ…火が嫌いな雑草エルフにゃぴったりだな。そいつを使って蝋燭みてえに燃えてるあの木の火でも消したらどうだ?」


俺はそういって顎を使って俺が燃やした世界樹とかいうでかい木を指し示した。

すると、エルフの顔が曇り、かつ怒りで歪んだ。

俺はそれを見つつ続けた。


「いや、やっぱ消さなくていいんじゃね?よく燃えてるみてぇだからよぉ…そのまま薪にしちまえばいいんじゃね!?さすが俺!天才のヒラメキだわ!」


俺が笑いながらそう言うと、シズクはもう我慢ならないとばかりに顔を歪ませて手を頭上へと上げた。


「…もうあなたのようなものの顔など1秒たりとも見たくありません!」


そのまま手に魔力を集め出し、なにやらすごそうな呪文を唱え出した。

きっと今の俺を消し去るくらいの魔法を使おうとしてるんだろうな。




好機!





俺が意識を集中させると、俺の背後の遠くから金属のこすれぶつかり合うような音が聞こえてきた。

その音が徐々に近づいて来ると、俺の背後の焼け焦げた木の隙間から赤く光るロープのようなものが現れた。

それは地面から引き抜かれながら徐々に俺へと近づいていき、俺の足元へと到着すると踵から足首、太ももと順に俺の体から引き抜かれていき、最終的には俺の背中から一本の鎖が背後へと伸びていた。


それに気づいたシズクや姉妹エルフが何かしようとするがもう遅い。

鎖は俺を後ろへとものすごい勢いで引っ張っていった。

あいつが俺を煽って罠にはめたんだから、俺も逆に罠にはめてやったってわけだ!


驚き焦るエルフどもの顔を見ながら俺はしてやったりの笑みを浮かべた。



「ざまみろバーーーーーーーーーーカ!!」




俺とエルフどもは見えなくなってゆく相手の顔を見えなくなるまで見ていた。



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