お手伝いをしよう! 1

 次元の悪魔ディメ宅。

ここには5人の悪魔が暮らしている。

人々が時に恐れ戦き、時に崇め奉る。

そんな恐怖の存在が、とあるボロアパートの扉の先で暮らしていた。








悪魔の朝は早い。


まず最初に目が覚めるのは、煙の悪魔ルインである。


布団から起き上がり、部屋を出て洗面所で身支度をし、自室に戻って着替える。

その後、向かった先は台所であった。


彼の1日の最初の仕事は、朝食の用意である。

パンを焼いてトーストにしたり、昨日のうちに朝に炊けるようにセットした炊飯器の中の米をしゃもじで混ぜる。

今日の朝食はベーコンエッグのようで、卵とベーコンを冷蔵庫から取り出す。

それと同時進行でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。


その入れ立てのコーヒを一番に飲むのはルインではない。

二番目に起きてくる次元の悪魔ディメである。

彼はどこかの世界のルインでは判読できないような文字で書かれた新聞を片手に、台所の飲食のためのスペース…テーブル一つと椅子六脚…のうちの椅子一つ(いつもの定位置)に座ると、ルインの置いたマグカップに入ったコーヒーを飲みながら、新聞を読む。


パンが焼け、ベーコンエッグなどのおかずが机に並び始め、味噌汁のいい匂いが漂い始めると、心臓ボディの一頭身、自称神のマァゴがやかましく朝の挨拶をしながら台所にやってくる。

その後に次いで、目むタゲに目をこすりながら新入りのトモがやって来る。


二人が席に着き、朝食の準備が終了しだした頃に、幻想の悪魔ファジーがやってくる。

大体が二日酔いで寝坊しており、三日に一回は普通に起きてくるのだが、それでも5人の中で一番最後に起きてくる。

どうやら今日は二日酔いの日のようだった。


全員が席に着き、朝食を食べ始める。

トモとルインが「いただきます」と挨拶をすると、マァゴもそれに習い、ディメも遅れて手を合わせる。

ファジーはそんなこと御構い無しに食事を始める。


これが彼らの1日の始まり。












「さてトモ、今日は君には俺の仕事を手伝って貰うぞ」


ディメさんがそうわたしに話しかけました。

わたしはマァゴさんと一緒にリビングで、マァゴさんの持っている本を見せてもらっていました。

その本には、怖い見た目のモンスターがたくさん書かれていて、それを読みながらマァゴさんは「窓」がどうとか言ってましたが、わたしにはさっぱり分かりませんでした。

怖くなっていたわたしとは違って、マァゴさんは楽しそうに本を読んでいて、「僕の好きな本の一つ」と楽しそうに言っていました。


「お、お仕事の…お手伝いですか…?」


「何、そんなに難しいことじゃない。別にあれこれ売ってこいだとか言うわけじゃない」


ディメさんは足元に置いていた四角くて大きいカバンを手で持つと、わたしに差し出してきました。


「鞄持ち…つまりは俺の後をこの鞄を持ってついて来るだけでいい。簡単だろ?」


ディメさんはそう言うと、わたしにカバンの持ち手を持たせて、カバンから手を離しました。

すると、とたんにカバンの重さがわたしの腕にのしかかってきました。

重くて持てなくなって、床に降ろしてしまいました。

あまりにも重すぎてわたしはびっくりしてしまいました。


その様子を見ていたファジーさんが、ソファに座りながらわたしに話しかけてきました。


「おいおい、そんなんじゃあディメの仕事を手伝えないぞ?恩返しがしたいんじゃあなかったか?」


ファジーさんはケラケラと笑いながら、そう言いました。

近くいたマァゴさんが、ファジーさんに蹴りかかってケンカになったの横目で見ながら、ディメさんは歩き出しました。

わたしは慌ててカバンを持って、ディメさんを追いかけました。

カバンはすごく重たくて、持っては降ろすを繰り返さないと、少しも動かすことができませんでした。

わたしはがんばってカバンを運びました。


なんとか玄関まで運ぶと、ディメさんが玄関のドアの前で待っていてくれていました。


「…無理そうならやらなくていいぞ?」


ディメさんはそう言いましたが、わたしは首を振りました。


「わ…わたし…がんばります…!」


わたしは助けてもらったお礼がしたいという決意を込めてそう言いました。

わたしを見下ろしながら、ディメさんは「そうか?」と一言だけ言うと、玄関のドアを開きました。

視界が光で包まれました。









そこは石や木で造られた家が立ち並ぶ、おとぎ話のような世界でした。


歩いている人の服や家が、わたしがイソーローしているお家のある街と全然違っていました。

ルインさんがくれた、絵本の中の世界のようでした。


ディメさんとわたしの後ろのドアが閉まる音がしました。

後ろを振り向いてみると、そこには周りと同じような石や木でできたお家が建っていました。


「細かい説明は省くが、あのアパートの扉をいろんな世界や場所に繋げてある。ここはそのうちの一つだ」


ディメさんはそう言うと、家が左右に並んで建っている石が敷き詰められた道を歩き出しました。

周りの景色に見とれていたわたしは、カバンを動かしながら慌ててその後をついていきました。


通りにはいろんな人が歩いていました。

畑仕事をしているような人が野菜の乗った荷車を押していたり、剣を持った鎧の人、顔が隠れるくらい大きなフードを被った人、魔法使いみたいな格好をしている人…。

そんな人たちに目移りしながら歩いていると、ディメさんから離れてしまったことに気がついて、わたしは急いでカバンを運びました。


すると、何かにぶつかってしまい、バランスを崩して転んでしまいました。

ぶつかったのは人で、優しそうな顔をした若い男の人でした。


「ん?お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


男の人はわたしの手をとると、立ち上がらせてくれました。


「こんなところに獣人だなんて珍しいね、一人かい?」


「あ…えっと…その…」


わたしが恥ずかしくなって俯いていると、男の人はしゃがみ込むと、わたしの肩に手を置きました。

そして、わたしの耳元に顔を近づけました。


「君がさ、僕の足にぶつかっちゃたせいでさ、ズボンが汚れちゃったんだよねえ…弁償してくれる?」


男の人は優しい笑顔を浮かべながらそう囁きました。


「…え…?」


「おまけに足の骨にヒビが入っちゃったみたいだなー。痛いなー。どうしてくれるのかなー?」


「えと…あの…」


わたしは後ろに下がろうとしましたが、肩を男の人にガッチリと掴まれて、逃げることができません。

男の人は顔を近づけてきました。


「ズボン弁償してもらわないとなー?足の治療費払ってもらわないとなー?お金持ってるのかなー?」


優しげな男の人の表情が、徐々にニタニタした笑いに変わっていきました。


その時、その男の人とわたしがいた孤児院にいた意地悪な男の子の顔が重なりました。

その子にネチネチと嫌味を言われたことを思い出して、わたしは耳を抑えてその場にしゃがみこみたくなりました。

しかし、男の人はわたしの腕をとると、何処かへと連れて行こうとしました。


「お金が無いなら体で支払ってもらわないとなー?なに、ちょっとお兄さんと一緒にきてくれるだけでいいからねー?すぐに終わるからねー?」


その獲物を見るような目で見られ、わたしは怖くなりました。

声を出そうにも、恐怖でうまく口が回りませんでした。

周りを見渡しますが、誰もわたしたちを気に留めていませんでした。


そのまま近くの路地裏に連れて行かれそうになる。

その薄暗い建物と建物の間の隙間を見て、わたしは怖くなって涙を流して目をつぶってしまいました。

この先自分がどんな目に合わされるのか、想像できませんでした。

それくらい怖くてなりませんでした。





「おい、そこのお前。うちの荷物係に何か用か?」


知っている声が聞こえてきました。

恐る恐る目を開けて見ると、わたしと男の人の目の前に、ズボンのポケットに手を入れているディメさんが現れました。

その真っ黒な顔の中心にある一つ目は細められて、わたしと男の人を睨んでいました。


「んん?この子の保護者さんかな?それなら話が早い」


男の人はわたしの腕を掴んだまま、ディメさんの方に向き直りました。


「この子が俺のズボンを汚して、その上足まで怪我させてきたんだ。どう責任とってくれるんだい?」


ディメさんは視線を男の人からわたしに移して言いました。


「と、こいつは言っているが?どうなんだ、トモ」


ディメさんは品定めをするかのようにわたしを見下ろしました。

わたしはディメさんを怒らせてしまったのかと思い、縮こまってしまって口を開けませんでした。

互いに無言の時間が流れていくと、男の人が口を開きました。


「そういやあんた、黒髪に黒目だなんてここらじゃ珍しい姿をしてるが、東の方の出身かい?」


わたしはキョトンとして男の人を見上げました。


ディメさんは赤い瞳の一つ目だし、顔や体は黒いけれど髪は生えていませんでした。

なぜ男の人がそう言ったのか、全然分かりませんでした。


「…だとしたらなんだって言うんだ?」


「そんな遠いところから来るなんて、よほど金持ちなのか…それとも?何か訳ありなのかと思ってさあ?」


男の人はニチャリとした笑い顔をしました。

わたしはその顔を見てびくりと肩を震わせてしまいました。


「それで?どう責任とってくれるのかな?んん?」


ディメさんは考えるようにして顎に手を当てました。

そしておもむろにズボンの後ろのポケットに手を入れると、何かを取り出しました。

ポケットから引き抜いた手には、金色のコインが握られていました。

それを手に持って親指で軽く弾いて、男の人の方へ飛ばしました。


宙を舞うコイン。

それは太陽の光に照らされてキラキラと光っていました。

男の人はそれをわたしの腕をつかんでいる手とは反対の手でキャッチしました。









辺りが急に真っ暗になりました。

はっきり姿が見えるのは、ディメさんと、男の人…


そしてその背後にいる足のない怪物でした。


その怪物は、沢山の人間を寄せ集めてできたような姿をしていて、見ているだけで気絶しそうでした。

男の人は驚いた顔をしながら辺りを見回し、背後にいた怪物に気がつくと、大声を上げて飛び下がりました。

ディメさんはその怪物に言いました。


「複合生命体『金の亡者』よ。そこにいる男が貴様への貢物を奪い取った」


ディメさんがそう言って男の人を指差すと、怪物は男の人の首を掴みました。

男の人は逃げようと手足をバタバタとさせますが、怪物のつかむ力は一向に弱まりませんでした。

そのまま男の人を掴んだまま、怪物は何も無い空中に吸い込まれるようにして消え去りました。

男の人も一緒に、です。

怪物と男の人が消え去った後には、金色に光るコインだけが宙に残されていました。







あたりの光景が先ほどの街並みに戻りました。


わたしが驚いてキョロキョロと周りを見渡していると、ディメさんは落ちたコインを拾ってズボンの後ろポケットにしまいました。

ディメさんはわたしを見下ろして言いました。


「あんまり俺の時間を無駄に使わせるなよ」


それだけ言うとディメさんは再び歩き出しました。

わたしがうつむいて自分の足元を見つめていると、ディメさんは立ち止まって振り返り、「行くぞ」と急かしました。

わたしは慌てて涙を拭いて、カバンを持ってディメさんの後ろ姿を追いかけました。




_______________________________






複合生命体『金の亡者』の金貨


とある世界の金持ちたちの間で流行っていた、『金の亡者』に捧げ物をするとより金持ちになれるという噂。

多くの人々の醜い欲望によって生み出された精神生命体が、人間の肉体をいくつも奪い取ることによって生まれた怪物、それが複合生命体『金の亡者』。


その捧げ物の一つだったコイン


『金の亡者』の捧げ物として扱うこれを所持している間は、金銭に関する運勢が向上する。

しかし一度それを奪われる、または使用する失くすなどして手元から離した者。

そして奪い取った者は執着心の強い『金の亡者』によって、供物として連れさらわれてしまう。


きっとその者達は、『金の亡者』の体の一部として苦しみながら永遠に生き続けるのだろう。


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