白き獣の少女 4
暗い部屋の中に、小さな電球の光がゆらゆらと揺れていた。
虫が集る電球の下には、小さめの支えが置いてあり、そこに足を乗せるようにして坊主頭の一人の男が椅子に座っていた。
その目の前には、ロープで縛られた白い獣人の少女と、顔に殴られたようなあざのできた三人の男達だった。
「俺は確かに女を連れて来いとは言った…だがガキを連れて来いとは言ってねぇぞ…?」
「す…すいません…」
坊主頭の男は睨みを聞かせながら、目の前の三人の男達に話しかけた。
「騙して連れ込んで、脅しの写真の一つでも撮って喰い物にする計画だってのに…お前らはどうして俺をガッカリさせるんだ?ええ?」
「も、申し訳ございません!」
三人の男達は床に頭を擦り付けるかのようにして土下座をした。
それを無言で眺める坊主頭の男。
緊迫した空気が部屋の中に流れる。
「…まあ、お前らが連れてきたこのガキはここらじゃ珍しい獣人、それも見た目がいい。ボロい服を着てる訳だしどっかの孤児院から逃げ出したんだろ」
男はソファの背もたれに背を預けて座り直した。
「最近じゃガキ目当ての客も増えた…今回は見逃してやるが…次は無い」
「す、すいませんでした!!」
「わかったらさっさと次の女連れて来い!」
「はい!!」
三人の男達はそう叫ぶと、ドタドタと慌ただしい音を立てて、部屋から出て行った。
「…それにしても綺麗な毛皮だな」
坊主頭の男は床で、寝ている少女を見下ろした。
「客に出す前に一つ俺が味見をするとするかな」
下卑た笑いを部屋の明かりが照らした。
「はあ…近藤サンまじこえぇよ…」
「ああ…殺されるかと思ったぜ…」
「…別に女で犯れるんだったらなんでもいいだろ…」
殴られた顔の跡をさすりながら、三人の男達が建物の廊下を歩いていた。
ここは地下にある拠点。
ここにいる者達はそれぞれ日本人が名乗るような名字で呼び合っているが、その誰もが日本人とはかけ離れた顔をしていた。
それもそのはず、ここには日本人は一人もおらず、全員が不正入国者であった。
街で女を騙して連れ込んでは、無理やりに働かせて、その様子を写真に撮っては脅して働かせる。挙げ句の果てには殺して黙らせたり、店に人身売買をして女を売る、犯罪組織が街のビルの一角、その地下に潜んでいるとは誰も想像しないだろう。
「にしてもさっきのガキ、可愛かったよな」
「お?ロリコンか?」
「ばっ!誰が見ても可愛いっていうだろ!?」
「まあ、子供はみんな可愛いもんだよ」
三人の男達はふざけながら歩いていた。
ドアの近くを通ると、そこからは喘ぎ声が聞こえ、違うドアを通り過ぎれば殴る蹴るの暴力の音と女の叫び声が、また違うドアからは男の怒鳴り声と女の泣く声が…
恐怖で支配された女は、誰にも助けを求めることもできずにいた。
中には自殺してしまう者もいた。
ここは悪意の巣窟だった。
「だけどさっきの子、近藤サンに目を付けられちまったからな。きっと声も出せなくなるくらいにボロボロにされちまうだろうな」
「頭がぶっ壊れちまうかもな」
「近藤サンのお気に入りで3日と持ったやつは一人もいないからな」
三人の男達はドアを開けて、事務所のような空間に入ると、思い思いに寛いだ。
そこには他にも沢山の男達がいた。
その誰もが凶悪そうな顔をしていた。
ここは地下6階にある空間で、その上にも下にもまだ部屋が並んでいる。
男達の言う近藤サンという男がいたのは地下8階であった。
それほどまでに巨大な組織となっているのだった。
ピンポーン…
その時、部屋の出口のドアからチャイムのような音が鳴った。
男達が一斉にドアの方を向いた。
中には拳銃を取り出す者もいた。
「なんだ…?」
一人の男が不審そうにドアに近づいた。
ドアについた穴から外を覗くと、そこにはピザの配達人がいた。
「ピザのお届けでーす!」
男が後ろを振り向くと、部屋の男達は顔を見合わせた。
「誰がピザ頼んでたか?」
「部屋で仕事してる奴じゃないか?」
男達の中でそう結論付くと、ドアの前に立つ男はドアノブを捻ってドアを開けた。
「マルゲリータピザ四枚お届けにあがりましたー!」
「いくらだ?」
男がズボンの後ろポケットから財布を取り出そうとすると、ピザの配達人はそれを制止した。
「お金は結構ですー」
「ああ?時間がかかったのか?」
「いえいえー…お支払いの方は…」
「テメェらの命で払ってもらおうか?」
刹那、部屋の明かりに鋭い刃物が照らされる。
それは財布を手に持った男の喉を切り裂くと、すぐさまピザの配達人はの手から放たれ、机の上に座っていた男の胸に突き刺さった。
突然のことで反応できなかった男達を尻目に、ピザの配達人はさらに服と背中の間からククリナイフを取り出すと、近くの男に切り掛かった。
その男が血を撒き散らしながら切り裂かれると、部屋の中の男達はすぐに銃を抜くと、ピザの配達人へ銃口を向けて構えた。
「テメェ!!何者んだ!」
ピザの配達人の格好をした男は、その場で立ち止まった。
「そういえば名乗ってなかったなぁ?」
ニヤリと笑うと、手を広げて答えた。
「殺人の悪魔、モルデ」
「ただの人殺し愛好家だよ」
辺りを銃弾が飛び交う。
それは一人の男を狙って放たれたものだが、どれ一つとして目標に対して命中することはなかった。
殺人の悪魔モルデは常に動き回り、人や物を盾にして立ち回るため、弾は当たらず狙いも定まれにくかった。
そうして攻撃を避ける間にも、投げナイフを投げつけ、ククリナイフで敵を斬りつけた。
また一人、男を切り裂いた時、その男が呻き声を上げながら苦しそうに床をのたうち回ると、それを見て恍惚の表情を浮かべた。
「いいなぁ…人が死ぬ様を見るのは楽しぃなぁ!」
また一人を斬りつける。
「もっともっと苦しめてやるよ!」
犯罪組織の男達は拳銃を撃ち続けるが、それが一向に当たらず、徐々に苛立ちを覚えていた。
「くそっ!どうなってやがる!」
「化け物かあいつは!」
モルデが1人の男をターゲットに捉えた。
拳銃の銃口を向けられるが、それに構わずに突っ込む。
放たれる銃弾。
しかしそれを紙一重で躱すと、一瞬にして男の懐へと潜り込んだ。
「ひいっ!?」
男が驚いて仰反ると、モルデは手に持ったククリナイフを胸へと一気に突き刺した。
そのまま男を体当たりで突き飛ばすと、男の後ろにいた連中にぶつけた。
「武器を放したぞ!」
「殺せ殺せ!」
「あ、やべっ」
モルデに対して男達は拳銃を撃ちまくった。
それをモルデバックステップで躱しながら、近くにあった机を倒してその後ろに隠れた。
「いいぞ!袋の鼠だ!」
「囲んで嬲り殺しだ!」
男達が慎重に詰め寄ってくる。
「あー…ミスったわ…しゃーねーか」
モルデは天井に視線を向けると、大きな声で叫んだ。
「出番だぞ!“刀”!」
そういうや否や、天井が崩れ落ちた。
モルデを狙っていた男達の上に瓦礫の山が降り注ぎ、そのほとんどの者を押しつぶした。
崩れた上の階から誰かが飛び降りてきた。
その男は、瓦礫の山の上に着地すると、手に持った刀を腰の鞘に仕舞った。
「上は片付いたのか?」
モルデが聞いた。
「ああ、粗方な」
刀を持った一つ目の男はモルデの質問に対して簡潔に答えた。
「それじゃあついでにこっちの奴らも頼んだ!」
「…はあ…調子に乗って得物を手放した様子が目に浮かぶ…」
「うるせー!殺しまくってちょっと気分が良くなってただけだ!」
「まあいい…残るはここだけだしな」
刀を持った男は、今も銃口を向ける厳つい男達に向き直った。
「刀の悪魔、村井。推参した」
その時、部屋のドアから複数の男達が一斉に入ってきた。
荒々しくドアを破って入って来た男達の手には自動小銃が握られていた。
「何が悪魔だ!銃の一つも持たねぇでこの数に勝てると思うなよ!」
男達は一斉に銃の引き金を引いた。
モルデは慌てて机に隠れ直した。
「殺せ!!」
解き放たれる弾丸の壁。
それらは悪魔達は向けて殺到した。
壁に弾丸が穿いた穴が次々に空いていく。
コンクリートの壁のかけらが巻き上げられる。
しかし、放たれた弾丸がモルデの隠れる机に当たって穴を開けることはなかった。
悪魔達は向けて放たれた弾丸は、何かに当たる前に全て床に転がった。
刀の悪魔が振るう青白く鈍く輝く一振りの刀によって、全て弾かれていた。
男達の持つ銃の弾倉が全て空になるまで放たれたが、どれ一つとして悪魔達に当たることはなかった。
「『瑞刀時雨柳』_露払い_」
硝煙が漂う静かになった部屋の中に、村井の呟きが静かに木霊した。
銃を持った男達は呆然とした。
今まさに目の前で刀一竿だけで、弾丸の嵐を切り抜けられたのだ。
声も何も出なかった。
「ナーイス!村井!」
村井が鞘に刀身を納めると、モルデの隠れていた机に切れ目が走った。
チンという小気味の良い音がなると、机が一息にバラバラになった。
「おわぁ!?何すっだテメェ!?」
「見てないでお前も働け」
村井が顎で指し示す先には、弾倉を新しい物へと取り替えようとする男達の姿があった。
「くそっ!なんなんだこいつらは!」
「化け物め!」
モルデは近くに落ちていたあの男達の仲間の物だった拳銃を手に取ると、残弾を確認した。
「オーケー、右のはやるから左は任せた」
そう言うや否や、目の前の男達に向けて一気に駆け出した。
両手に持った拳銃の銃口を男達へ向けて引き金を引く。
それらは寸分違わずに男達の心臓を貫いていった。
「任された」
村井は腰の刀に手をかけると、目の前の男達に向けて歩き出した。
男達は村井に掴みかかろうと近寄るたびに、居合斬りによって次々と地に倒れ伏した。
村井が最後の1人を斬り伏せた。
しかし、その背後から1人の男が現れ胸ポケットからナイフを取り出し襲い掛かった。
すると、どこからともなく放たれた凶弾によって眉間を貫かれ、男は何も出来ずに仰向けに倒れた。
「礼には及ばんよ」
モルデがドヤ顔をしながら村井の元へと歩いて来た。
その頭上から瓦礫が落ちて来た。
モルデが頭を抱えるよりも先に、村井がそれを刀で弾いた。
「礼は不要だ」
村井がそう言いながら部屋のドアへと向かうと、その後ろをふてくされた顔をしたモルデでついていった。
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