白き獣の少女 5

 「くそっ!一体どうなってやがる!」


「6階から8階までの連絡が取れません!」


「こっちもダメです!」


「なんなんだいったい!特殊部隊でも突入して来たのか!?」


ビルの地下に作られた犯罪組織のアジト。

その最下層の一角の部屋の中には、複数の男達が慌てながらどこか後連絡をしていた。

また別の者は銃を用意して、その弾倉の確認などを行なっていた。


「このままじゃ全員捕まっちまう!」


「喧しい!!」


1人の男が叫んだ。

その男は大柄でガッチリとした体型をしており、見る者を威圧するかのような鋭い目をしていた。

この男こそ、この犯罪組織のボスである“田中サン”であった。

長い年数この街で女子供を拐い、それを使ったあくどい商売を行なってきた。

元々は日本国外で働いていたが、上からの指示でこうして日本にやって来ていたのだった。

田中サンは高いスーツに身を包み、金の指輪をいつくも指にはめていた。

そうして部屋の真ん中の皮張りの椅子に座って、部下達に指示を出していた。

その側には近藤サンが立っていた。


部屋の隅にはロープで縛られた若い女達が座り込んでおり、そこにはトモの姿もあった。

女達は恐怖で歪んだ表情で、ガタガタと震えていた。


「いいか!何がなんでもこの階に敵を入れるんじゃねぇぞ!証拠を全部消してこの地下を全部埋めるからな!」


そう言いながら忙しなく葉巻を蒸していた。


「安心してくださいボス。ここにゃあ小せぇ戦争ができるぐらいには武器も人員も揃っています」


そう話しかける近藤サンは元軍人で、銃の扱いは勿論のこと、軍隊仕込みの訓練を部下に施しているため、日本の警察如きに遅れを取らないという自信があった。

そうした点からも田中サンに信頼があり、こうしてボスの右腕という立場に立つことが出来ているのである。


「だが、念には念を入れてボスには早めにここを脱出してもらいたいです」


「この俺に尻尾巻いて逃げろってのか!?」


田中サンは机の上にあったブランデーの入ったガラスのカップを近藤サンに投げつけた。

それを首を動かしただけで避けると、近藤サンは続けた。


「俺の予想よりも相手の仕事が早いんです。意地張ってとっ捕まっちまうよりかは“賢い”選択だと思いますぜ」


「…わかった」


近藤サンが賢いの部分を強調して言うと、田中サンは大人しく言うことを聞いた。

近藤サンは田中サンが学歴が無いことを気にしていることを知っているからこそ、言うことを聞かせることができたのであった。

そうした野心の高さも本部のから評価されており、将来的には本部勤めのために引き抜かれるだろうと近藤サンは考えていた。

その輝かしい自分の未来のためにも、ここで下手なミスをするわけにはいかない。

近藤サンは厳つい見た目とは裏腹に、慎重な性格だった…









「ごめんくださーい」




その声が聞こえて来た瞬間、田中サン以外の部屋の中にいた者達は一斉に銃や得物を声のした方へと向けた。

向けたその先にはいつ入ったのか、黒いシルクハットを被った何者かが立っていた。


「突然の訪問失礼します。私はディメ・ディメンション。しがない商人です」


男達は抜け目なくその男を睨みつけていた。

ディメと名乗ったその男は見るからに人の容姿をしておらず、男達は本能的に危険な相手だと感じ取っていた。


「実はこちらで購入したい商品がありましてね?こうして伺った次第なのです」


ディメは一つ目でニコリと笑うと、隅に追いやられていた女達へと目を向けた。


「そちらにある商品に興味がありましてね?是非とも買わせていただきたい」


「生憎今日は店じまいだ。他をあたりな」


近藤サンがそう返すと、ディメは溜息をつきながら首を横に振った。


「…ならば言い方を変えましょう…大人しく引き渡せ」


ディメが丁寧な言い方をやめて話し出すと、周りの男達はより一層警戒心を強めた。


「ほう?いきなり来ておきながら、寄越せとは…厚かましいにも程があるぞ?それとも何か?俺達の商売に文句があるとでも?」


田中サンがそう話しかけると、ディメは静かに下を向いた。


「別にお前らが人間同士で人を売り買いしようが殺し合いをしようがなんら興味はないね」


ディメが顔を上げた。

その目は静かに、しかしはっきりと見下すような目をしていた。


「ただテメェらは俺の“所有物”に手を出した。それはたとえ知らずにやったことだとしても、万死に値する」


「知るかよ!だったらちゃんと首輪でもつけとくんだな!」


近藤サンが合図をすると、男達は一斉に引き金を引いた。

大量の弾丸がディメ目掛けて殺到する。





「悪魔の持ち物に手ぇ出したこと、永遠に悔いながら死ね」





弾丸は目標に当たることはなかった。

目標から逸れた弾丸も何かに当たる方はなかった。

解き放たれた弾丸は全て、ディメひ当たる直前に空中に静止していた。


「『エイミゲンチ地方産対瞬炎蚊用不可視術式蚊帳』」


動きを失った弾丸が全て、床に落ちた。




その音を皮切りにして、ディメの後ろに突如としてドアが出現した。

木製のそのドアが蹴破られるようにして勢いよく開くと、その中から何かが複数高速で飛び出して来た。

それらは銃を持った男達に当たると、その身体を抉るようにして貫通すると、壁に当たってめり込んだ。


ドアからゆっくりと誰かが歩いて出てきた。

そいつは白いコートを羽織り、白いとんがり帽子を被った、目玉の頭の男だった。




背中に手を回して上品に立つディメの横に、気怠げなコートのポケットに手を突っ込んだ目玉男が並んで立つと、2人は続けて名乗った。



「次元の悪魔、ディメ」


「幻想の悪魔、ファジー」


武器を持った男達が構える。


「「俺ら悪魔を怒らせたこと、後悔させてやるよ」」











死体の山と血の海で満たされた部屋の中で、二人の悪魔が話していた。


「なあ村井、本当に俺達手伝わなくてよかったのか?」


「モルデ、あの二人が勝たないとでも?」


「そうじゃなくてさ、いつもディメは自分で動くことがなかったじゃん?」


「ああ…なんか怒ってたからな。自分の手で始末しないと気が済まないんじゃないか?」


「案外そういうところが子供っぽいなぁ」


「ディメに加えてファジーもいるからな。思ってたよりも早く終わりそうだ…」










ディメが懐から取り出した回転式拳銃は、近藤サンも見たことがないような作りをしていた。

いやむしろそれは、人の世のものでは無いと感じさせた。


真っ暗な本体は無駄を無くしたシンプルなデザインをしているが、明らかにグリップと引き金をの位置が“人間の手で掴めるような形状”をしていなかった。

しかしディメはそれを両手で器用に使った。

放たれる弾丸はまるで意志があるかのように目標に向かって曲がった軌道を描きながら当たっていった。

リロードも隙がなく、絶え間なく放たれる銃弾に周りの男達は手が出せなかった。


一方ファジーの方は、その後ろに浮かぶガチャマシーンのような形状のガムボールマシーンから、出てきては自身の幅を衛星のように漂うガムボールを一切手を触れずに高速で発射させていた。

その銃弾ににも劣らないお菓子の弾丸は、当たるたびに爆発してガムのようなネバネバを放出した。

それは強い溶解力があるらしく、触れるもの全てを溶かしていった。

それは人間も例外ではなく、顔に当たり声にならない悲鳴を上げて倒れるものや、足が溶けて立つことができずに痛みの叫び顔を上げながら這いずる者もいた。


その戦いの結果は近藤サンには容易に想像できた。

全滅の二文字が頭の中を過ぎる。


「おい!近藤なんとかしろ!!」


田中サンの怒鳴り声が浴びせられるが、近藤サンはそれどころではなかった。

今はどうやってこの場を乗り切るかを考えていた。

すると、その目に部屋の隅で戦いのを震えながら見守る女達が映った。

近藤サンは手に拳銃を持つと、女達の前に立ち塞がった。


「おい!こいつらがどうなってもいいのか!?」


ディメとファジーが近藤サンの方を見てピタリと動きを止める。

ニヤリと近藤サンは口を歪ませた。

この隙をついて他の奴らにこの二人を殺させようと考えた。

しかし周りをよく見てみれば、自分と田中サン以外には誰一人として生き残ってはいなかった。

近藤サンの頰を汗がつたった。


「いいか、武器を捨てて両手を上に上げろ!」


近藤サンがそう悪魔達に命令するが、悪魔二人はどこ吹く風だった。

そんなもの関係ないとばかりに徐々に歩いて近寄って来た。


「クソが!」


近藤サンが一人の女性の頭を撃ち抜いた。

それでも止まらない二人。

続けてさらに二人の女性の頭と眉間を撃ち抜くが、それでも怯むことなく突き進む。

近藤サンの銃口が残った最後の一人に向けられた。

その白い毛並みの獣人の少女の目が見開かれる。

悪魔達の歩みが止まった。

近藤サンは確信した、あいつらの目当てはこのガキだと。


近藤サンは少女の腕を掴んで無理やりに立たせると、自身の前まで連れてきた。


「このガキを殺されたくなけりゃあいうことを聞くんだな!」


そう近藤サンが言うと、ファジーが指を鳴らした。

ファジーの背後に浮かんでいたガムボールマシーンが煙のように消え去った。

近藤サンは勝ちを確信した。


しかし、ディメは歩みを止めなかった。

近藤サンは唖然とした。

人質をとっている相手に対してまさかお構いなしに向かってくるとは思わなかったからだった。


「おい!動くなと言っただろうが!」


そう近藤サンが叫んで銃口を少女の眉間へと押し当てると、ディメの歩みが止まった。

膠着したかのような空気が血の匂いが充満した部屋の中に流れる。

少女は恐怖で震え、怯えるようにしてディメの顔を見ていた。

その涙で濡れた真っ赤な目を見ながら、ディメは手に持ったリボルバーを、目の前の男と人質となった少女の方へと向けた。


(!?正気か!?)


近藤サンは自分の目を疑った。

先程から驚きの連続で精神的にも疲弊していた。

しかし頭の中は冷静だった。


「い、いくらカッコつけて構えたところで、俺は分かってるぞ!その銃は見たところ6発しか弾が入らねぇ…そしてテメェは戦いが終わった時点ですでに6発撃ち切った!おまけにリロードもしてねぇ!」


確かに、ディメの持つ銃はこの世界のものでは無いとはいえ、その回転式の弾倉には6発しか弾が入らないように見えた。

リロードもされていない今、その武器はもはやただの鈍器と化している筈である。


「わかったら大人しく武器を捨てて床に這いつくばれ!」


しかしディメはその言葉を無視して銃の撃鉄を引いた。


「なっ!?弾もねぇのに何するつもりだ!?」


しかしここで近藤サンは自分があの銃の残り弾数を見誤ったのではないかと疑い始めた。

それほどまでにディメの行動には自信や確信を感じさせた。


「俺は今からお前に向けて引き金を引く」


唐突にディメがそう喋り出した。


「ガ、ガキごと撃つ気か!?」


「当たらないさ。まあ当たったところで俺に影響があるわけでもないしな」


「あ、頭おかしいんじゃねぇのか!?」


「まあ俺達は人間じゃあないからな」


「お、おい!お前もなんとか言え!」


近藤サンは人質にとっている少女の猿ぐつわを外すと、助けを求めさせようと銃口をより強く押しつけた。


「う…うああ…」


トモは恐怖で縛られ、何も口にすることができなかった。


「くそっ!この役立たずが!」









近藤サンがそう口にした瞬間、トモの脳裏に断片的な映像が流れ込んだ。



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