閑話 3:亜人料理人

 地球とは異なる別次元の世界でのお話。





草木も眠る深夜、とある巨大な屋敷。



そこの何百人もの人間が入れるほどのスペースのあるホール。

今まさにそこで美食家達が集まり、各々が連れてきた料理人によって腕を振るった料理を味わっていた。

その参加者の多くが、裏社会で活動する大物であった。

この食事会は、誰が一番かを競うものではなかったが、そこで多くの人々に支持された料理人は高く評価され、秘密裏に行われるこの裏の品評会から、表の世界へと評価が伝わってゆく。

そのため、各人が自身の自慢の料理人を連れて来ることで、表裏両社会においての高い地位を得ることもできるため、それぞれが様々な思いを募らせてこの会場へとやって来る。



しかし、この食事会が秘密裏に行われるのにも、もう一つ理由があった。


それは、この会で使用される食材にあった。

輸出入禁止のものや、狩猟禁止採取禁止、認められた場所や人物でなければ調理してはいけない食材などetc etc…


しかしまた、そうした禁止食材が食べられるからこそ、百人単位での参加申し込みがあるのであった。



今夜もまた、様々な思いを馳せて、多くの人々が参加していた…










広い会場には様々な匂いが充満していた。

香水の匂い、タバコの匂い、人の大衆に服の匂い、飾られた花の匂い…


しかし、最も部屋の中で充満しているのは、何よりも料理の匂いであった。


人々の座る白いテーブルクロスのかけられたテーブルの上に並べられているのは、普段目にすることのないような豪華な食事や、見たこともないような不思議な料理、これは本当に食べ物か!?…といったようなものが並べべられていた。

席に着く人々はそれらを食べて飲んで楽しみ、立っている人も立食パーティーのように食べて飲んで楽しんでいた。

もちろん、そこで出される酒などの飲み物も、最高級のものや、めったに飲むことのできない珍品などが多く取り揃えられていた。


そんなホールの一角、複数人で座れる丸いテーブル、そこに男が一人で座っていた。

その男の不気味な見た目と怪しげな雰囲気が、周りに誰も近づけさせていなかった。

男は黒いシルクハットを被り、静かにワイングラスを傾けていた。

真っ黒な肌に、大きな一つ目の瞳の血のような色を照明が照らしていた。


彼の名は次元の悪魔ディメ。

このパーティーの参加者の一人である。


そんな悪魔の元へと、一人の男が近づいていった。

白いコック服と帽子を身に纏い、首元には赤いスカーフを巻いていた。

真っ直ぐにディメの席へと近づいていくと、ディメの側で立ち止まった。


「…料理の出来はどうだった…?」


ディメはワイングラスをテーブルに置くと、男の方を見ないで答えた。


「今日もバッチリだったよ、ニッシュ」


「ありがとうございます」


ニッシュと呼ばれたコックは一礼した。


彼…ニッシュはディメと同じ悪魔であり、凄腕のシェフでもある。

その腕前は、人間では到達できない領域へと達していると言われている。

その為、彼の経営する店は常に予約が一杯で、長い時には予約が十年先まで一杯の時もあるほどだった。


ディメはやれやれといったように首を振った。


「毎回言っているが、そんなにかしこまらなくてもいいだろ」


「…あくまで今は仕事だからな。今の俺とお前は料理人と客の関係だ」


「つれないなあ…」


ディメはそう言うと立ち上がった。

服の襟を正すと、どこかへと歩き出した。


「なら、今度は仕事の会計になろうじゃあないか」
















 屋敷の厨房。

さらにその先、頑丈な扉の向こう側には巨大な倉庫があった。

適切な温度と室温が保たれ、中には大量の食料が並んでいた。

広大で薄暗い倉庫の通路が長く続いていた。


そこに二人の人影が並んで歩いていた。

それはディメとニッシュであった。

先頭をディメが歩き、その後ろをニッシュがついて歩いていた。


静けさに包まれた倉庫に、ニッシュの声が響いた。


「…それで?食材はちゃんと用意したのか?」


ディメは歩きながら後ろを振り返った。


「勿論さ。要望・品質ともに完璧さ」


「…まあ、お前のことだから妥協はしないだろう」


そう話しながら歩いていると、金属製の頑丈そうな両開きの扉へと辿り着いた。

そのドアの先には、倉庫よりも更に暗い場所へと繋がっていた。

ディメたちがそこへ足を踏み入れると、何か音が聞こえてきた。

奥に進むたびに、小さな音が徐々に大きくなっていき、そうして音のする方へと進んでいくと、うっすらと明かりが見えてきた。


扉の隙間から明かりが漏れる部屋へと入っていくと…そこには大量の檻が並んでいた。


積み重ねられている物もあれば、部屋の天井にまで届きそうなほど大きなものもあった。

檻の中には生き物が入っていた。

豚のような犬のような生き物や、鳥と蛇が合わさったような生き物など、地球では見たことがないような生き物が並んでいた。


ディメ達はその檻を眺めながら歩いていた。


「どうだ?ちゃんと高品質で生きたまま持ってきたぞ?」


ディメがそう話すのに対し、ニッシュはしげしげ通りの中を覗き込んでいた。

生き物達を流れるように見て品定めをしていた。


「…問題はないな」


「あったりまえだ」


ディメは胸を張ってニッシュを見た。

しかしニッシュはディメを一切見ることなく、倉庫の奥へと進んでいった。

ディメは少しムッとしてニッシュを睨んだが、ニッシュが気がついていないとわかると、肩をすくめてニッシュの後に続いていった。


倉庫を更に進んでいくと、先ほどの生き物達が入っていたおりよりも、更に大きいサイズのおりが並んでいた。

その中からは、獣とは違う呻き声が聞こえてきた。

声と同様に小さな明かりに照らされたその姿は、先ほどの獣達よりも大きなものだった。


「コイツらか?」


「ああ、ここにあるのが今回のパーチィの分だ」






そこにいたのは、檻に入れられた人間であった。





いや、人間だけではない。


耳の尖った美形のエルフ。

植物の体を持つトレント。

体を毛で覆われた獣人。

水槽に入った人魚に魚人…etc,etc…


檻に入ったものを眺めながら、ニッシュは呟いた。


「死んだ物も、大きな傷がある物もないようだ…」


「そりゃそうさ。皆大好きゴブリンもいるぞ!」


そういうディメが指差す檻の中には、醜悪な見た目で緑色の肌を持つ小鬼が入れられていた。

ニッシュがその檻に近づくと、中に入っているゴブリンは歯を剥き出しにして、威嚇するように唸っていた。

ニッシュがしげしげと眺めていると、その隣に立つようにしてディメがやってきた。

すると、途端にゴブリンは怯えたように檻の隅っこへと逃げていった。

そのままカタカタと震えて縮こまっていた。

ディメは目を細めてニタリと笑った。


「んー?何をそんなに怯えてるんだろうなー?」


それに対しニッシュはため息をつくと、他の檻を眺めていった。




一通り檻を眺めた後、部屋の中央辺りで二人は話し出した。


「…問題無いようだ…いつも通りお前の口座に振り込んでおく」


「わかった…支払いは日本円か?この世界の通貨か?」


「地球通貨の残りが少ない…この世界の通貨で…」





ガンッ…





ディメ達が話していると、近くの檻から打撃音が聞こえてきた。

二人が音の方へと目を向けると、そこには檻に入れられた人間の少女の姿があった。

その少女は二人の悪魔を睨みつけていた。


「あ…あなた達…一体私たちをどうするつもり!?」


悪魔二人は顔を見合わせた。


「どうするって…」


すると、他の檻の中からも抗議の声が聞こえてきた。


「そ、そうだ!俺達を…一体どうするつもりだ!?」


「ここから出して!」


「助けてくれ!」


「お家に帰りたい…!」


檻の中の人々が騒ぎ出し、檻を叩いたり蹴ったりし始めた。

それを二人の悪魔は、氷のように冷たい目で眺めていた。

ディメがニッシュに話しかけた。


「だとよ…答えてやったら?」


「…」


ニッシュは一歩前に足を踏み出した。


「俺は料理人、ここは食料庫…後はわかるな?」


そうニッシュが言うと、檻の中の人々の顔が青ざめていった。

檻の中の人々が騒めく倉庫の中に、まるでニッシュの声だけが響くかのように聞こえてきた。


「自己紹介がまだだったな…俺の名前はニッシュ」






「”亜人の悪魔”だ」






◇◇◇◇◇◇






 元々俺は、”食器”の名前を持つ悪魔だった。


料理人を志していた俺は、”料理の悪魔”の師匠の元へで修行をしていた。

長い年月を学びや研究に費やした。

しかし、俺には何かが足りなかった。

他の弟子達が師匠に認められる中、俺だけが取り残されていくようだった。


自分に足りないものは何か…長い時間をかけて考えた。

色々な調理方法も試してみた。

そうして辿り着いたのは、誰にも真似できない食材の使用。

他の料理人が使わないような食材を試していく中で、俺はそれに出会った。



そう…亜人でだ。



最初はオークや魚人の肉を使っていたが、ゴブリンや人魚、エルフや人間の肉を使うようになっていった。

そうして腕によりをかけて作った料理は、多くの人々に好評であった。

しかしその多くの人々は、材料を知ると嫌悪を表した。


そして、亜人を食材として使っていたことが師匠の耳に入ると、俺は破門を言い渡された。

だが俺はせめて俺の料理を食べてから判断してくれと頼み込んだ。

そして師匠は最後のチャンスを与えてくれた。

師匠が認めるような料理を作れれば、破門を取り消すと言ったのだ。


だから俺は、最高の食材で最高の料理を作り上げた。




料理の悪魔という最高の食材である、師匠を使って。





その最高傑作を作り上げた時





俺は”亜人”の名前を手に入れた。








◇◇◇◇◇◇





 元は王族だった私がなんでこんな目に…


檻に入れられ、こんなボロ布を身につけているだけ。

しかも周りには私が見たことも無いような、様々な種族が檻に入れられているわ。


私達の目の前、鉄格子越しに見えるこの広い空間の中央に、二人の人外が立っていた。

そのうちの一人、白いコック服の人外が自らを悪魔と名乗った。


私は勇気を振り絞って叫んだ。


「わ…私達は人間よ!?食材にするなんて許されないことだわ!」


「そ…その通りだ!」


「亜人を食べるだなんてどうかしている!」


周りの人達も口々に抗議する。

しかしそんな喧騒の中、悪魔達は私達を冷たく見下ろすばかりでした。

悪魔達は顔を見合わせて何かを囁き話していた。

話終わったのか、悪魔二人は再び顔を私達へと向けました。




「…で?何か問題でも?」


「な…!?」


黒いシルクハットの悪魔が、私の目の前まで近づいて来た。


「今の君達は奴隷だ。つまりは扱いとしては人間ではない」


悪魔はニヤリと笑った。

その笑みは今まで見たどんな人間の笑顔よりも邪悪だった。


「お前達は物だ。それをどう使おうが所有者の俺たちの勝手だろう?」


「…」


シルクハットの悪魔だけ喋り、コック服の悪魔は静かに口をつぐんでいた。


「森を焼かれ奴隷に落ちたエルフ、密猟者に捕まった人魚、剣闘使として闘技場にいた獣人…これら全てに人権など存在しない」


「そ…そんな道理あってたまるか!!」


「そうだそうだ!!」


「お前達は今だに自分の立場を理解していないようだな」


悪魔はずいっと顔を近づけると、私の体を指差した。


「奴隷のままならお前は男の下処理をする仕事をしていたんじゃあないか?それが他人に感謝されるようなことができる…むしろ感謝して欲しいくらいだね」


檻に入れられた人たちの間から、すすり泣くような声が聞こえてきた。


「おお…神よ…」


「神、ねえ…」


悪魔は一瞬、目で嫌悪感を表したが、すぐにまたニヤリと笑い出した。


「そういえば、この世界の神…ルミナとか言ったっけ?それならとっくの昔に殺したっけなあ…?」


「「「…は?」」」


「光と風を操る鬱陶しい奴だったが、”刀”に頼んで殺してもらったんだったな」


悪魔は懐から何かを取り出した。

手に持つそれは黄金に輝き、宝石のはめ込まれた装飾品だった。

少女はそれを見たことがあった。

教会のマークにもなっている物だった。


「これなーんだ?」


檻の中の人々…魔力を操れるエルフや、教会に属する者は特に反応が顕著だった。

顔が真っ白になり、歯をカタカタと打ち震わせ、下を向いてうずくまってしまった。


「ま、せいぜい自分の運命を受け入れるこったな」


ハハハ…と笑うと、シルクハットの悪魔は倉庫から去っていった。


後に残るのは、檻に入った怯える人々と、コック服の悪魔だけだった。

その悪魔も私達を一瞥すると、倉庫から出て行こうとした。







すると、倉庫の奥の暗闇から光る矢がまっすぐに悪魔の顔を狙って飛んで来た。

悪魔はそれを頭を少し動かすだけで避けると、飛んで来た方向を睨みつけた。


するとその暗闇から徐々に人が姿を現して来た。


武器を手にした男女のグループが、悪魔を睨みつけながら歩いて来た。


「やはりここか…情報通りだな」


「違法な奴隷を売り捌くなどあってはならんことだ」


「ここの会場内の金持ち共も一網打尽だ」


それは、依頼によってやって来た冒険者達だった。

屋敷全体を国の騎士達が取り囲んで、一斉に取り締まりを開始しようとしていた。

このゴミ溜めの中の害虫を駆除せんと。








ニッシュは知っている。

ディメという悪魔は用意周到であると。

そして、こいつらが侵入してくるのをわかって、このタイミングで俺をここへ連れて来たのだと。


だから俺が今俺がすべきことは、こいつらを殺すことだ。


俺はつけているエプロンのポケットに手を入れる。

そこから包丁を二つ取り出し、両手に持って構えた。


「あん?そんなもので俺らとやりあおうってか?」


「冗談だろ?ただの料理人風情が俺たちに勝てるものか!」


そう言いながら、冒険者達はニッシュへと襲いかかった。

ニッシュは腰を落として、包丁を構えた。




「…調理開始だ」












その日、会場で振る舞われたニッシュの料理は、多くの人々を虜にした。

開催者は、予定よりも多く振る舞われた料理の量に首をひねったが、会場の人々は予定に無かったドワーフなどの肉を食べることができて、大好評だった。






その様子を眺めながら、ディメはニタリと笑っていた。




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