お手伝いをしよう! 3

 ドアをくぐると、先ほどいた街並みと似たような家の立ち並ぶ通りのすぐ近く、薄暗い路地裏に出てきました。

後ろで鉄のドアが閉まる音がしました。

ディメさんは迷う様子も無く、すぐに路地の奥を目座して歩いだしました。

わたしは遅れないように思いカバンを持ちながらその後をついていきました。


なんだか暗くてジメジメしてて、怖いものが出てきそうな場所です。

さっきのお化け騒ぎを思い出して、より怖くなってきました。

わたしは辺りを見回しながら歩いていきました。


ゴミ箱や、こちらを見て唸ってくる黒猫、怪しげな雰囲気の人やお店を通り過ぎていき、ディメさんはどんどん奥へと進んでいきます。

途中で曲がったり、坂を降りたりして、数分歩いて疲れてヘトヘトになった頃に、ディメさんの足がようやく止まりました。


思いものを持ってたくさん歩いて疲れて、何回も息を吸ったり吐いたりしながら顔をあげると、そこにはビルが立っていました。

建物のすぐ横には地下に降りるための階段がありました。

ディメさんが見る方向と同じ方向を見ると、お店の看板が鎖で繋がれて上からぶら下がっていました。

知らない言葉で書かれていて、読むことはできませんでしたが、ナイフとフォークの絵が描いてあったので、ここにレストランがあるんだとわたしは思いました。


ディメさんはなんのためらいもなく階段を降りていきました。

わたしもそのあとについていきました。

弱々しい電球の明かりに照らされた暗い階段を降りていきました。


一番最後の段を降りると、そこには木のドアが置いてありました。

そのドアの銀色に光るドアノブを回して、ディメさんがドアを開きました。

ディメさんが中に入ると、わたしもそれに続いてドアをくぐりました。





そこは確かにレストランでした。


白いテーブルクロスのかけられたテーブルと木の椅子。

その上には三角に立てられたナプキンと、花瓶に入った色とりどりの花々。

壁には色々な絵が飾られていて、落ち着いた色の照明がお店の中を照らしていました。


ディメさんが入り口から見て左にある厨房へと歩いて行きました。

私もその後についていきます。

厨房からはいい匂いがして、水が沸騰するような音や何かを切るような、料理を作っている音が聞こえてきました。

厨房のカウンター席に置いてあったベルをディメさんが鳴らすと、音が少し静かになりました。

そして、厨房の奥から誰がやって来ました。


その人は、ディメさんのように黒い肌に一つ眼で、頭からは黒い角が生えていました。

白いコックさんの服を着ていて、首元には赤いスカーフ、頭には白いコック帽をかぶっていました。


コックさんがわたしたちの近くまでやってくると、ディメさんが手で指し示しながらわたしに紹介してくださいました。


「トモ、こいつはこの店のシェフ兼オーナーのニッシュ、俺らと同じく悪魔だ」


ニッシュと呼ばれたコックさんは、わたしの近くまで来ると、そこで屈んで手を差し出しました。


「ニッシュだ…よろしく」


「こいつはあの時のパーティー…お前を拾った日の宴会の料理担当でもいたんだが、厨房にいたもんでこれが初対面になるな」


わたしは慎重に手を出して、ニッシュさんの手を握りました。

わたしの手の尖った爪や鱗で傷つけないように慎重に。


握手を済ませると、ニッシュさんは立ち上がってディメさんの方へと顔を向けました。


「まったく…急に電話してきて店を開けろとは…本当に自分勝手だな」


「悪いね、今日の商売で予定よりも安くて済んだから、ういた金で美味いもんでも食おうと思ってな」


その会話を聞いて、わたしは慌てました。


「あ、あの…お邪魔じゃ…ないで、しょうか…」


わたしがそう言うと、ニッシュさんは驚いたように目を開いてこちらを見ましたが、すぐに優しい目をすると、わたしの頭を撫でました。

その手つきは優しいものでした。


「気にすることはない…料理を作るのがのが料理人の仕事だだ」


ニッシュさんはわたしの頭から手を離すと、厨房の中へと入っていきました。

厨房の中のカウンター席の正面の場所に立つと、わたしたちに先に座るように手で促しました。


「いつも店を開けるのは夜だが…新作の研究で昼前から店にいたから問題は無い」


わたしとディメさんが先に座る間に、ニッシュさんはそう話しました。

ニッシュさんは手を洗いながら、きいてきました。


「注文は?」


ディメさんはわたしの顔を見ながら言いました。


「何でも好きなものを頼むといい。こいつに作れない料理はあんまり無い」


「…そこは無い、と断言したいところだな」


お二方に見つめられるなか、わたしは考えました

けれど、いくら考えても食べたいものは思いつきませんでした。


「…今までで一番美味しいと思った食事は?」


ディメさんがきいてきました。

わたしは少し考えて、答えをだしました。


「…は、初めて…みなさんと食べた…あ、朝ごはん…です…」


「は?そんなんが一番か?それなら毎朝でも食えるだろ」


ディメさんにそう言われて、わたしは恥ずかしくなってしまいました。

すると、ニッシュさんが口を挟みました。


「…いや、誰かと一緒に食べる食事はうまいものさ」


わたしはそう言ってもらえて、嬉しくなりました。

ディメさんはやれやれと肩をすくめていましたが、それ以上は何も言いませんでした。

すると、ディメさんは何かを思いついたようにニッシュさんに話しかけました。


「なら”お子様ランチ”でも作ってくれよ。2人前」


「…お子様ランチ…?」


「…お子様ランチ…って、なんですか?」


ニッシュさんとわたしは首をかしげてしまいました。

わたしはお子様ランチが何か分からなくて首を傾げましたが、ニッシュさんはどうしてそのお子様ランチというものをディメさんが注文したのかわからないといった様子でした。


「こいつは今まで孤児院暮らし…しかもロクな扱いをされていなかったようだから、うまいもんの詰め合わせでも食わしとけばいいだろ」


「…それでお子様ランチ…か…」


ニッシュさんは少し考えるように下を見つめた後、顔をあげると厨房の奥へと入って行きました。


「ディ…ディメさん…お子様ランチって、ど、どういう食べ物なん…ですか…?」


「うーん…ま、見て食えばわかるよ」


そう言ってディメさんは腕を組んでいました。

わたしは料理が来るのを待っている間、お店の中を眺めていました。


ここは地下のはずなのになぜかカーテンがあったり、何も入っていない大きめの水槽が置いてあったりしました。

壁には色々な絵が飾ってあるのですが、血が出ている人の絵や、恐ろしい姿の怪獣の絵が飾られていました。

描いてある人や怪物と目が合ってわたしはビックリして飛び上がりそうになったりしました。


そうしているうちに、厨房の中からいい匂いが漂ってきました。

今まで嗅いだことのないような、いい匂いでした。

わたしは席から身を乗り出して厨房の中を見ていました。


「うちじゃあ和食が多いからな…たまに洋食も食いたくなるんだよな」


ディメさんがそう言っていましたが、煙の悪魔のルインさんの作る料理はどれもすごく美味しいです。

それに、わたしはイソーローをしている身なので、贅沢なことは言えません。

ご飯が食べられるだけでも、わたしがいた孤児院よりもすごく恵まれています。


わたしがそう考えていると、ニッシュさんが両手の白いお皿を一つずつ持ちながらカウンター席の前の方まで来ました。

わたしとディメさんの前にお皿を置くと、近くの引き出しからナイフとスプーンを取り出してお皿の側に置きました。


「お子様ランチ、お待ちどうさま」




その真っ白なお皿には、いろんな料理が載っていました。

大きな肉団子にスパゲッティ。

揚げ物にサラダ。

真っ赤なお米の山の頂上には、ちっちゃな旗が立てられていました。


「こ…これが…お子様ランチ…?」


わたしはその見た目と匂いで口からよだれがこぼれそうになりました。

唾を飲み込んでいると、隣でディメさんが腕を組んでうなずいていました。


「ハンバーグにナポリタン、エビフライとサラダ、チキンライスは山にして旗をさす…わかってるねえ…」


ディメさんは満足そうに頷くと、フォークを手に取りました。

わたしもフォークを手にとって、両手を合わせました。


「いただきます…」


わたしがご飯の前のいただきますのあいさつをすると、食べ始めようとしていたディメさんも両手を合わせてあいさつをしました。

それをニッシュさんは笑いながら見ていました。











お子様ランチはすごくすごく美味しかったです!

どれもこれも食べたことがないものばかりでしたが、全部美味しかったです!

食べ終わった後も夢心地でイスに座っていました。


そんなわたしの横で、ディメさんは白いナプキンで口元をふいていました。


「うまかったか?」


ディメさんはわたしにそう質問しました。

わたしは何度もうなずきました。


「はい!すごく!すごく!…お、美味しかったです!」


「そりゃあよかった」


ディメさんもニッシュさんも、優しい眼差しでわたしを見ていました。

わたしは一人だけはしゃいでいるのが恥づかしくなって、服の裾をつかみながらうつむいてしまいました。









「また来るといい…これはお土産だ」


お店の外の路地裏にある階段を登り切ると、ニッシュさんは服のポケットから何かを取り出しました。

わたしの手に乗せられたそれは、リボンなどでラッピングされた袋で、中にはクッキーが入っていました。


「こ…これ…」


「知り合いの作った物だ。遠慮しなくていい」


わたしがその甘い香りをかいで嬉しくなっていると、横から袋の中をのぞきこんでいたディメさんが、嫌そうな声を出しました。


「げ…その知り合いって…砂糖か…?」


「そうだ」


「おいおい、そんな危険物をうちの荷物持ちにくれてやるな」


わたしはどうしてディメさんが嫌がっているのか全然わかりませんでした。

すると、ニッシュさんが説明してくれました。


「俺の知り合いに、”砂糖の悪魔”というのがいるんだが、彼女はパティシエとしての腕はいいんだが…」


ニッシュさんと交代するようにしてディメさんが続きを話しました。


「あいつはいつも『女の子は太っている方が可愛い!』…って言っていてな。食うと風船みたいに膨らんだり一気に豚みたいに太る危ない甘味を作っては、売ったりばら撒いたりしてるヤベー奴だ」


ディメさんとニッシュさんは何かを思い出すようにして遠くの空を見上げながら、ため息をついたり空を睨んでいたりしました。

わたしは自分の手に爆弾が乗っているような気になって、クッキーを見るのも怖くなってしまいました。

すると、ニッシュさんは苦笑いをしながら、クッキーを一枚手にとってわたしの口元へと運びました。


「大丈夫だ、これはただのクッキーだ。毒味もした」


わたしはしばらくの間クッキーを見つめましたが、意を決して、クッキーにかじりつきました。

すると、口の中いっぱいに甘さが広がっていきました。

サクサクとした食感で、中には甘いシロップのようなものが入っていました。

こんなに甘くて美味しいものは今まで食べたことがありません!

わたしはおもわず笑顔になってしまいました。

ディメさんはわたしが食べ終わるまでずっと警戒しながら見ていました。


「あ、あの…!あ…ありがとう…ございます…!」


わたしが声を振り絞ってお礼を言うと、ニッシュさんは笑いながらわたしの頭に手を置きました。


「こちらこそ、君のおかげで元気が出てきたよ」


そう言いながらわたしの頭を撫でました。

わたしもなんだかうれしくなりました。


路地裏の道を歩きながら、わたしは何度も後ろに立っているニッシュさんに手を振りました。

その姿が見えなくなるまで、ずっと…




その時ディメさんが何かをつぶやいていましたが、手を振るのに夢中で聞こえませんでした。








「あいつも…子供には弱いのか…」



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