燃え上がり連鎖する絶望と、眩しくも醒めぬ眠り 3

 ここはアーミリム大陸の西に位置するゲッヘン丘の更に奥、ガーゼンテンル巨大集合墓地。

ここはかつて魔族によって占領され、アンデットの製造工場として日夜アンデットモンスターが生み出されていたが、聖教騎士団の活躍によってアンデットは滅ぼされ、魔族達を撤退させることに成功した。

それから百数年が経過し、今でもアンデットが自然発生はしているが、それも許容範囲内。

定期的に冒険者や聖騎士団が初心者の訓練などの為に訪れては、アンデットを間引いている為危険性が少ない場所とされていた。


しかし、その墓地には今や魔族による占領時にも負けないほどのアンデットなどのモンスターで溢れていた。


彼の名はタケシ。

日本に住む、ごく普通の高校生だった。

ある日、異世界の女神によってタケシのいる学校のクラスごと異世界に転移してしまう。

…はずだった。


女神はタケルを見せしめにした。

他の子供達が自分に逆らうことがないように。

聖域魔法によって、跡形もなく消滅させられた。


しかしタケルは死ななかった。

正確には死んでなお生きていた。

タケルの意識が徐々に鮮明になってくると、薄暗く、雨が降った後のような生臭い匂い。

そんな不気味な墓地に倒れていた。

起き上がり、自分の手や身体を見てみると、白い骨が目に映った。

近くにあった水溜りに顔を映すと、そこには骸骨の顔があった。


タケルはアンデットへと転生していたのだった。






タケルは今、石で作られた玉座に座っていた。


ここは墓地の地下。

タケルから権限を与えられた者しか入ることの許されない、アンデットの住処。

タケルの持つ固有ユニークスキル『墓場の支配者』によって生成された、秘密基地である。

しかし秘密基地と侮るなかれ、その広さは下手な城よりも遥かに広い広さ。

もしここに冒険者が入り込んだら、ダンジョンと間違えてしまいそうなほどに広い空間がそこにあった。


タケルの目の前には、骨のアンデット、腐肉のアンデット、犬などの動物の形のアンデットや、巨大な身体を持つアンデットもいた。

その前には、鎧で身を守るアンデット、ローブを身に纏ったアンデットが。

更にその前には、一見すると人間にしか見えないような、美女やイケメンが並んでいた。

彼らこそ、タケル直属の幹部にして、並みのアンデットやモンスター、魔族すらも凌ぐ力を持つ超位アンデット。


死体男爵、アゼット。

バンパイアクイーンゾンビ、フィーレット。

デッドカオスソーサラー、リーシャ。

至高の武士骸骨、ガシャラ。


この四体こそ、アンデット軍団最強の四天王であった。

その四体の超位アンデットがひざまづく先には、自分たちの創造主でありアンデットの王。


パーフェクト・イモータルキング、タケルの姿があった。








「タケル様、軍隊の準備は整っております。いつでも進軍、戦闘が可能です」


「補給班の準備ももうすぐ完了いたします」


「…遠距離高威力魔法部隊、準備オッケー」


「武器も申し分ない…かと」


四体の幹部アンデットが報告をする。

その顔には、自分たちの力を信じ切っている、圧倒的強者の余裕を感じさせた。


タケルは自身の骸骨の頭の口を開いた、


「準備が万端なのは良いことだ…しかしだからといって気を向いているようでは、思わぬことで足元をすくわれるぞ?」


「!申し訳ありません、王!」


「よい…相手はあの国の人間どもだ、簡単な相手故に侮ってしまう気持ちも分かる」


タケルは静かに四人の幹部を見下ろした。


「しかしこれは戦争である!油断は命取り!弱者をいたぶることなく敬意を持って、常に全力で挑むがよい!」


「はっ!!」


四体の幹部たこうべを垂れた。

他のアンデット達も平伏す。

まさにアンデットの王にふさわしき、息を呑むような光景であった。






タケルは怒っていた。

女神に、心の底から。

人間であった頃は、温厚な性格をしていた彼だったが、自分勝手で人間を物のように扱う神に、激しい怒りを感じていた。

彼は復讐の鬼となった。

先ずは地上の人間を、神に平伏する奴らを駆逐する。

そして次に、この世界へと転移した生前のクラスメイト達を仲間にして、神へと反旗をひるがえす。

神々と戦争を起こし、女神や他の神を殺すことで復讐を果たす。


そのために、先ずは丘を越えた先にあるシェット王国を滅ぼさんとアンデットの軍隊を作り出した。

そのどれもが上級以上のアンデットが編成され。

それを率いる幹部達は、もはや人では勝てない存在だった。




タケルは立ち上がった。

右手に剣を持ち、それを天へと掲げる。


「今ここに、人類への宣戦布告を宣言する!!」


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


アンデット達の叫び声が地下の空間に木霊する。

誰もが自分たちの未来の栄光を信じてやまなかった。












閃光。









光と衝撃とともに地下を覆う石や土が崩れ落ちる。

何体かのアンデットがその瓦礫に押しつぶされる。

無事な者達が天を見上げる。





光。


眩しいほどの光。

太陽かと思ったその光に目を凝らせば、人影が見えた。




光輪。

長方形の板のような物数個で形成された羽。

冷たく輝く三つの目がアンデット達を見下ろす。





「ここの責任者…頭は名乗りを上げよ」


地下に開いた穴に浮かぶ人影がアンデット達に話しかけた。

アンデット達は顔を見合わせ、タケルの方へと一斉に顔を向けた。

タケルは口を開いた。


「…私がこの巨大墓地…アンデットの王国の王、ルケタだ。貴様は何者だ?」


目を細め、光に中にいる人外が声を発した。



「光の悪魔、明光。契約の話をしに来た」










◇◇◇◇◇◇














聖教国家、ホーリクシム国。


その最も天高く建てられた、最も煌びやかな白い城のような建物。

しかしそれは城ではなく、教会であった。


その最上階。

白い鎧に身を包んだ者が直立姿勢で並んでいた。

その身体の向く先、部屋の奥。

そこには豪華なローブに身を包んだ初老の男性。

その前には白い鎧を着込んだ男女数名。

彼女達こそ、聖教国が誇る最強の聖教騎士団の隊長達と団長であった。




「…よく来てくれたね。聖騎士団団長メイル・アーシャント殿」


「はっ!法皇様のお呼びとあらば!」


法皇ヴェクトは和かな笑みを浮かべていた。

その穏やかな笑顔は、大人からも子供からも人気があり、この国の多くの人々から支持されて来た。


「今回来てもらったのは他でもない…魔族領に関する話だ」


「…!」


「知っての通り、魔王が現れたのに合わせて、勇者が隣国のニーシャ王国に召喚されたのは知っているだろう」


法皇は目を伏せた。


「どうやら、そのことに気づいた魔王軍に動きがあった。…近いうちに、戦争になるだろう」


「安心してください!我ら聖教騎士団がいれば、たとえ相手が魔王だったとしても負けるこたはありません!」


メイルが高らかに法皇に宣言すると、その後ろに立っていた男も口を開いた。


「そうですぜ、ニーシャの連中は臆病ですな。我らがいるにも関わらず、勇者の召喚なんて神の手を煩わせるようなことをしてくれちゃってねえ…」


「アッザス!口を慎め!法皇様の御前だぞ!」


アッザスと呼ばれた男は肩をすくめた。


「よい、メイル殿。…しかし、念には念を入れておく必要もある。勇者はそのためのものと考えればよい」


法皇はメイルをなだめると、手を後ろに回した。


「…近々起きるであろう魔王軍との戦いに備えるためにも、不安の種を取り除きたい」


「むん…と、申しますと…?」


アッザスの隣に立っていた大柄な男…ジェイクが口を挟んだ。


「うむ…ここより西に位置するゲッヘン丘の更に奥、ガーゼンテンル巨大集合墓地。そこに動きがあった」


「!…まさか魔王軍が…!?」


「冒険者が何人も行方不明となっている。おまけに複数のアンデット…それも上位種の姿も確認された」


「まーた魔族どもがアンデットで何かしようと企んでやがるのか?」


「むん…許されることではない…!」


「法皇様!墓地の奪還、我ら聖教騎士団にお任せください!」


騎士団の騎士達は胸を張り、自信に満ちた表情を浮かべた。

その胸の内には、自信と誇りに満ち溢れていた。

この聖教騎士団には、大陸の中でも屈指の実力者が揃っており、冒険者等級で表すならば全員が上から二番目にあたる白金級に相当する実力があった。

竜を殺し、魔王軍の幹部を滅ぼし、何度も多くの人々を救ってきた。

その純白の鎧は勝利と信頼の証であった。


「…決して簡単にいく戦いではないだろう…それでもやってくれるのか?」


「世界の平和、神の愛した世界のためならば!」


「「「「「神の愛のためならば!!!!!」」」」」


周りに並ぶ騎士達からも声が上がる。

掲げられる剣が太陽の光で輝いた。











その輝きが消えた。




教会の最上階の部屋に影が落ちる。


メイルは法皇の腕を取ると、その場から離れた。







ステンドガラスが割れて、天井近くの窓から何かが落ちてきた。

それは、大きな音と衝撃と共に着地した。

あたりをガラス片が踊り、土埃が舞った。




人ならざるものが降り立った。






黒い肌に角、どこかの国のものであろう半袖で花の描かれた服と、膝までしか丈のないズボン。

一つ目がぎょろりと辺りを見渡していた。




「…聖教騎士団に法皇ってのはあんたらだな…?」


騎士団達は法皇やその側近達を背で庇いながら、剣を向いて構えた。

好きなく並んだ騎士の一番前、最も人外に近い位置に立つ騎士団長メイルは前方に立つ人外を睨みつけた。


「貴様…何者だ!魔王軍の者か…!?」


人外は服についた埃を払いながら、立ち上がった。


「んん?いや、違うね。俺は悪魔だ」


騎士達の間からどよめきが漏れる。

悪魔といえば、魔族に劣る魔物。

それが敵の本拠地、それも聖教騎士団の前に現れ襲撃してきたのだ。

一同は罠を警戒した。


「そう警戒しなさんなって、俺一人だよ」


「悪魔が単独で襲いかかるとは信じられん!何が目的だ!」


メイルは声を張り上げた。

他の騎士達や法皇は二人のやりとりに注目した。


「お前らを殺しにきた」


悪魔はニヤリと笑った。

そのまま息を深く吸うと、大声をあげた。


「心はホット!頭はクール!熱き魂燃え上がる!」


悪魔は自信の喋りに合わせていくつかのポーズをとると、右手の親指で自分の顔を指差した。







「火山の悪魔、ヴォルケイノス!ここに見参!!」



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