燃え上がり連鎖する絶望と、眩しくも醒めぬ眠り 4
「貴様が何者であろうと、悪は滅せねばならない!騎士達、前へ!」
剣を構えるメイツの掛け声に合わせて数名の騎士がメイルの前へと出た。
「エンチャントを許可する!」
「はっ!『エレメンタル・エンチャント』!!」
騎士達が剣を右手で胸の前に構え、その刀身を左手でなぞる。
すると、刀身に文字のようなものが浮かび上がり、剣が光り出した。
ある剣は炎を吹き出し、ある剣は冷気をほとばしらせる。
ある剣は雷を纏い、ある剣は聖なる光を湧き出させた。
「目標を囲め!包囲の後、牽制での魔法照射!」
騎士達が火山の悪魔ヴォルケを囲むと、その左手に魔力を集め出した。
「「「「詠唱破棄!」」」」
「放て!!」
騎士達が左手を悪魔へと向ける。
その手から練り上げられた魔力による魔法がほとばしる。
光り輝くそれは聖なる魔法
「聖域魔法『ブリリアント・ホーリースプラッシュ』!!」
放たれた閃光の魔法がヴォルケに殺到した。
目の前が光で覆われる。
神官や法皇があまりの眩しさに腕で顔を覆っている中、厳光耐性のある騎士達は放たれた魔法の行方を目で追っていた。
光が治ると、未だ光で目が眩んでいる法皇達以外、騎士達は驚きで目を見開いた。
そこには、炎で包まれ、表面が熱せられたように赤く黄色く輝く悪魔が未だそこに存在していたからであった。
「あー眩しかった」
顔の前で腕をクロスしてガードしていたヴォルケがそうこぼした。
その声からは、ダメージが入っている様子を微塵も感じさせなかった。
ヴォルケが下に腕を振ると、腕から飛び出した赤い飛沫が床に飛び散った。
メイルは最初それが血に見えたが、よく見れば床から煙が出ている。
飛び散った飛沫は煙を立てながら徐々に黒くなっていく。
「溶岩…?」
それは、火を噴く山から時折解き放たれる炎の岩、溶岩だった。
悪魔の方を見れば、その腕からドロリとした液体のようなものがこぼれ落ちていた。
高音の湯気や煙が吹き出すところからも、悪魔の腕から溶岩が溢れ出ていることがわかった。
「今度はこっちの番だな」
ヴォルケが動いた。
正面で剣を構える騎士の一人に急接近すると、赤く光る右手を構える。
騎士が剣でガードするその鎧の体ごと殴りつける。
すると、剣と鎧が赤みを帯びて溶け出す。
そのまま拳はそれらを貫通した。
後ろによろめく騎士の体が鎧の内部から燃え出した。
「うぎゃああああああああああああああああ!!?」
騎士は叫び声をあげながら仰向けに倒れこんだ。
のたうち回りながら火を消そうとするが、その火が消えることはなく、他の騎士達が水の魔法で消す頃には、事切れていた。
ヴォルケは自身を囲んでいた剣を構える他の騎士達へと肉薄する。
一人の騎士の顔を覆う鎧兜ごと顔を掴む。
兜の中の顔が兜ごと溶ける。
そのまま掴んだ騎士を近くに立つ騎士に投げつける。
投げられた騎士は燃えながら他の騎士にぶつかる。
巻き込まれてぶつかり倒れる騎士。
まるでドミノのようにぶつかり、燃え移り、連鎖する。
騎士達の命が燃え尽きるのを目の端で確認すると、次の騎士へと向かう。
手を鋭く爪をててるように形作ると、騎士の首元を貫く。
貫かれた部分から徐々に頭の方へと炎が登って行く。
兜の隙間から叫び声と炎が吹き出す。
ヴォルケは手を引き向くと、踵を返す。
その後ろから、鎧が地面とぶつかり合う音が聞こえた。
ヴォルケを囲む騎士は全員燃え尽きた。
ヴォルケは振り返り、メイルの方へと顔を向ける。
「さて…次はどいつだ?」
ニヤリと笑う悪魔の目は、マグマのように赤く、黄色く、白く輝いていた。
メイルは無言で歩き出す。
その後ろを一番の部下である二人の隊長、アッザスとジェイクが続いた。
「こいつの相手は我々でする。他の者達は法皇様と神官達を連れてこの場を離れよ!」
「し、しかし…」
「団長さんはあんたらが足手まといだって言ってんだ」
「むん…我等のためにも法皇様達をしっかりとお守りしてくれ」
隊長達に諭され、騎士達は後ろ髪を引かれながらも、法皇達を連れてその場を後にした。
メイル達は剣を構え、ヴォルケを睨みつけた。
隙なく構える三人。
彼女達こそ、聖教騎士団の”三剣聖”と呼ばれる、天銀級の冒険者に匹敵する実力を持つとされていた。
「んー?逃しても意味ないぜ?さっさとお前らを殺して、とっ捕まえに行くからよぉ」
ヴォルケは笑いを押し殺しながら三人の騎士の前に対峙した。
抜かりなく三人を捉えるその目は、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「貴様こそ減らず口はそこまでにしておけ」
「そうだぜ?今ここで俺たちがあんたを粛正しちまうんだからな」
「むん…悪は滅す。それが我等生騎士団なり…」
メイルは直刀を。
アッザスはレイピアを。
ジェイクは大剣を。
それぞれが剣を構える。
メイルの構えは、この世界の英雄とされる過去にこの世界を訪れた勇者と同じ流派のもの。
アッザスは独学で学んだ剣術だったが、これまで一度もその連撃を破ったものはいなかった。
ジェイクの大剣捌きは一人で千人の兵士を相手どれるほどの剛剣だった。
緊迫した空気が流れる。
悪魔の開けた天井のステンドグラスに空いた穴から風が入ってくる。
風に煽られたガラスのかけらが窓から落ちてくる。
カツンッ…と音が部屋に響き渡った。
まず最初に動いたのはメイルだった。
鋭い剣技でヴォルケを強襲すると、目にも止まらぬ斬撃を放つ。
その斬撃一つ一つが、屈強な戦士しか持てないような堅固な大盾をも切り裂くほどの威力があった。
ヴォルケはそれを紙一重で避けながら、腕で受け止め、去なす。
よく見れば、剣撃を受け止めるその腕は、黒く硬質化していた。
メイルの剣とヴォルケの腕がぶつかるたびに火花が散った。
メイルの背後からレイピアが突き出される。
それはヴォルケの顔を捉えて放たれた。
ヴォルケはそれを顔を横に少し動かして回避する。
そのままスイッチしてメイルとアッザスが入れ替わる。
メイルよりも素早い刺突が放たれる。
それはヴォルケの身体に徐々に擦り傷を作ってゆく。
ヴォルケは顔に放たれたレイピアの一撃を手で掴んで受け止めると、アッザスの顔を掴まんと腕を伸ばす。
そのタイミングで、ジェイクが大剣による一撃を放つ。
ヴォルケはそれを左腕で受け止めるが、その豪腕から放たれる剛剣によって大きく吹き飛ばされてしまう。
バランスをとって着地すると、メイルの激しい剣技が迫る。
これこそが、三剣聖と呼ばれる聖騎士団最強の3人による必勝の連携攻撃であった。
「うっざいな!」
ヴォルケの右手の手首から先が橙色に輝く。
そのまま右手をメイルに向けて下から振り抜く。
「『白き砂浜』!!」
手の平から数センチの大きさの赤い飛沫が銃弾のような速度で飛ばされる。
メイルはそれを剣で弾く。
弾かれ、床に落ちた溶岩は煙を立てながら冷えて黒くなった。
剣で弾かれなかった溶岩の弾は、メイルの背後の壁に当たると穴を開けた。
メイルがバックステップでアッザスと交代する。
すると、ヴォルケの肘から先が溶け出すかのようにしてマグマに覆われた。
腕を天井に向けたのち、一気に振り下ろす。
「『陰る太陽』!!_」
腕の側面から半月状の溶岩が放たれた。
それはアッザスに向けて放たれた。
「スキル『千斬散し』!!」
アッザスの放った連撃が飛んできた溶岩をバラバラに切り裂いた。
その横からジェイクが大剣を大きく振りかぶる。
「スキル『天地断裁』!!」
天と大地を切り裂くかのような一撃が放たれた。
ヴォルケは両腕を交差させて頭に振り下ろされる大剣を受け止めた。
火花が散り、ミシミシと軋むような音がヴォルケの腕がら聞こえてくる。
斬。
ヴォルケの両腕が両断された。
「チッ!」
ヴォルケはバックステップで後ろへと飛び退がる。
その隙を狙い、メイルとアッザスの二人が詰め寄る。
それを防ぐようにして、ヴォルケの足元からマグマが湧き上がる。
騎士二人は急停止した。
ヴォルケの切り離された腕の断面からマグマが滴る。
それは徐々に量を増しながら、腕を形作ってゆく。
「腕をぶった切っちまうとはなかなかやるじゃねえか!…まあ俺は防御力に自信はなかったがな」
腕が完全に元に戻ると、ヴォルケは目を細めて騎士達を睨みつけた。
その体から炎と煙を立ち上らせた。
「時間をかけ過ぎると後のお楽しみの時間が少なくなっちまうからな…そろそろ殺すとするか」
悪魔の呟きを聴きながら、メイルは背後にいる隊長二人に話しかけた。
「…二人とも、もはや魔力の残量も周囲への影響も気にしてはいられない」
「ああ、一気にケリをつけよう」
「…うむ…」
三人の騎士は体内で魔力を練り上げる。
メイルからは白い魔力が、アッザスとジェイクからは青い魔力が、オーラのように体から立ち昇る。
メイルがヴォルケに向かって突撃する。
その手に持つ剣が白く輝く。
「『シャイン・エンチャント』…『聖龍の牙』!!」
メイルは飛ぶ斬撃をヴォルケへ向けて放った。
それは放たれた瞬間、五つの斬撃へと分裂した。
「『迫る高波』!」
ヴォルケの目の前にマグマの壁が現れた。
壁は斬撃全てを防ぐと、そのまま斬撃を飲み込んで地面へと消え去った。
ヴォルケの左右にアッザスとジェイクが回り込んでいた。
二人の掲げるて手に魔力がほとばしる。
「「『インテンス・ブリザード』!!」」
部屋の中、特にヴォルケの周囲に猛吹雪が吹き荒ぶ。
息は凍りつき、体に霜が降りる。
徐々にその体の内部まで凍りつき始める。
「さっっっむ!?テメェら何を…!?」
白い冷気に紛れて、メイルがヴォルケに接近していた。
ヴォルケの身動きが鈍った隙を狙っての強襲。
凍りついた体が足を引っ張り、ヴォルケは防御の姿勢をとることが出来なかった。
その手に持つ剣が光を増してゆく。
体の横に剣を構えながら走る。
その目が、体が、剣が太陽のように輝く。
「全てを清め、祓う聖なる一撃…」
メイルはカッと目を見開いた。
「『聖なる鎮魂歌』_ホーリー・レクイエム_!!」
ヴォルケの腹にメイルの輝く剣が突き立てられた。
そのまま深々と剣を押し込み、剣が根元まで突き刺さると、メイルとヴォルケの顔は数センチほどの距離に近づいていた。
ヴォルケはニタニタとした笑みを浮かべてメイルの顔を見ていた。
メイルは眉間にシワを寄せてヴォルケの顔を睨みつけていた。
「ふぅん…見たところ”顔は”いい女だな…その目玉を穿り出して焼いて食べてやりたいね」
「…滅びなさい…悪魔…!!」
剣が一際輝きだす。
そのまま光は剣の幅をはるかに超える大きさにまで広がった。
それは、ヴォルケの身長を超えるほどにまで大きくなっていった。
光が、見えるだけのものから変化し、この世に顕現した。
剣から迸る光は教会の最上階を切り裂いた。
ヴォルケごと、縦に。
巨大な穴が開く。
空が見えた。
青空が。
青空を背景にして、ヴォルケが立っていた。
その体の真ん中に徐々に縦の線が入る。
「ああ、クソが」
ヴォルケの体が真ん中の線を中心として縦にズレた。
体が真ん中から左右に分かれた。
分かれた体は氷から水へと溶けるかのように、溶岩へと変化していった。
溶岩が床に滴り、煙を上げる。
溶岩は徐々に冷え固まってゆき、黒い岩となっていった。
冷えた溶岩は徐々に崩れていった。
そのままバラバラになり、床に散乱する。
…静寂が訪れる。
騎士達の息遣いだけが最上階のこの部屋に木霊した。
メイルは剣についた溶岩のかけらを振り払うと、腰に下げた鞘にしまった。
そのまま踵を返して部屋の出口へと向かって歩いて行った。
「…法皇様の無事を確かめに行く…あなた達は他にも侵入した者がいないか周囲の警戒にあたって」
「わかった」
「…うむ」
二人の隊長も剣をしまうと、メイルの後をついて行った。
「団長さんよ、結局あいつは何だったんで?」
「…分からない、あいつは今まで会ったどの悪魔とも似つかない…」
「うむ…あれ程の力を持つ悪魔となると、貴族位を所持しているというレベルでは無いだろう」
三人は敵の思惑を図りかねていた。
しかし、今は何よりも法皇や町の住民たちに被害が無いか、そして更なる敵襲が無いかの警戒をしなければならなかった。
だが三人は、強大な敵に打ち勝てたことによって、自分達の力が魔王の命にも届くと確信した。
心の中に、決意と希望が満ち溢れた。
「夏が来る」
部屋に不気味な声が木霊した。
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