燃え上がり連鎖する絶望と、眩しくも醒めぬ眠り 5
メイル達が声に反応して振り向くと、崩れた溶岩の塊が熱を帯び、溶けて赤く白く輝き出した。
それは徐々に盛り上がって、人一人と同じくらいの高さになると、そのてっぺん付近の真ん中に、大きな一つ目が現れた。
「ちょっと可愛がってやろうと手を抜いた途端これだよ…やっぱり女はおしとやかな方が俺の好みだね」
角が生え、人の形になりつつある。
「バカな…体を両断されてまだ生きているというのか…!?」
メイルの目の前には、先程対峙していた時と寸分違わぬ姿で立つ悪魔の姿があった。
ヴォルケは左右に首を振って音を鳴らすと、長く息を吐いた。
身体は今だ熱を帯び、湯気を立ち上らせていた。
「あいにく、俺は強いんだ。完全に殺したきゃ俺の周りに火山やら地脈が無いようにするこった…な!」
ヴォルケが右足で床を思い切り踏んだ。
すると、地響きが教会を揺らした。
床に亀裂が入る。
そのまま膨大な熱を持ったかのように床が膨張した。
徐々に赤く、黄色く、白くなると、膨れ上がった床が弾けるようにして破られた。
「常夏顕現…『来たれ夏』!!」
そこから噴き出すのは高温のマグマだった。
マグマはそのまま最上階の部屋、悪魔と騎士達がいる部屋の天井まで到達すると、噴水のようにして反り返った。
反り返ったマグマは、部屋の内部で悪魔達を覆うようにしてマグマのカーテンを生み出した。
部屋の内部がマグマで完全に覆われ、逃げ場がなくなった。
「…これで私達を閉じ込めたつもりか…?」
騎士達の足元をマグマが流れる。
足首が完全にマグマに浸かるが、騎士達にダメージを受けたような様子は見られなかった。
ヴォルケは眉(眉なんて無いが)をひそめた。
「悪いが私達には『熱耐性』のスキルが備わっている。いくら高温のマグマを浴びせかけたところで、私達には一切の影響はない!」
そう言いながら、メイルと騎士達は剣を構えて迫ってきた。
ヴォルケが両腕を前に突き出すと、足元のマグマが盛り上がり、波の形となって騎士達を飲み込んだ。
そのまま騎士達を押し返すと、マグマは静かになった。
「熱耐性ねえ…まあ関係ないわな」
ヴォルケが両腕を顔の前で交差させて構える。
すると、悪魔の体が高温を発し、輝き出す。
そのアロハシャツの間から見えるTシャツの胸元が一際輝き出す。
ヴォルケは顔の前の腕を腰の横に動かして構えた。
あたりの空気が歪む。
炎が辺りを燃やし尽くさんと大きくなる。
熱が押し寄せる。
部屋の温度が急激に上昇する。
その温度は100度を優に超え、噴き出すマグマで作られたドームの内部の温度をどんどん上昇させる。
「貴様…何をする気だ…!?」
メイルがそう叫びながら魔力を練り上げる。
ヴォルケは左腕を突き出すと、人差し指をメイルへと向けた。
「俺はそんなに頭は良くないから、詳しいこたあ説明なんて出来無いが…人間ってのは1000度で燃え出すらしいね」
ヴォルケは目を細めた。
「熱耐性ってのを持ってる奴を何回か燃やしたこたぁあるが…その耐性の名称によって燃え始める温度も変わってくる」
ヴォルケはメイルに向けていた人差し指をアッザスへと向けた。
「すでに1000度なんて温度はとうに越した。まず最初に燃えるのは…」
「ぐぎゃああああああああああああああああああああ!!?」
「…『耐性』のやつ」
ヴォルケが言い終わらぬうちに、アッザスの体が鎧の内部から燃え出した。
そのまま膝をついて事切れたように動かなくなる。
「アッザス!?」
ヴォルケは次にジェイクを指差した。
ジェイクはヴォルケに斬りかからんと大剣を構えて走り出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「次に燃えるのは…そうだな…『完全耐性』か?」
ボグワアアアァァァ…
ジェイクの体が燃え出した。
走ったままの速度でヴォルケの横に倒れこむと、ピクリとも動くことは無かった。
「き、貴様あああああああああああああ!!」
メイルはヴォルケを睨み付けると、左手を突き出した。
そのまま魔力を迸らせ、魔法を発動した。
「『エンシェント・ブリザード』!!」
…しかし、魔法は発動することは無かった。
メイルは驚愕の表情を浮かべた。
「なに…!?」
「馬鹿だなあ、空気中の水分なんてとっくに消え去ったよ」
ヴォルケの体の輝きが増してゆく。
温度がさらに上昇していく。
メイルの鎧が溶け出した。
最早、部屋の中は感覚で計測できないほどの温度へと到達していた。
「…だがいくら温度が高くとも、私のこの体と聖剣を燃やすことは出来無いようだな」
服も燃え、裸となったメイルだが、動じることなく剣を構える。
「『熱・冷気完全無効』…最早貴様ではこの私を打ち破ることなど不可能だ…!」
「いや?お前が死ぬのも時間の問題だ」
「…私が脱水で死ぬまでの間に貴様を殺さないとでも?」
ヴォルケはニヤリと一つ目で笑った。
その目からマグマが零れ落ちる。
ヴォルケの体はまるで太陽のように輝いていた。
「…!?」
メイルは首を抑えた。
剣を持たない手で喉を掻きむしった。
剣を取り落として膝をつく。
苦しそうに呻いていた。
ヴォルケはメイルの側まで歩いて近づいた。
足元のマグマが歩く振動で揺れ動いた。
メイルの側でしゃがみこんで、頭の上から覗き込んだ。
「密室、炎、酸素…俺だってこんくらいのこと思いつくよ」
メイルの脳裏に”酸欠”のに文字が浮かぶが、最早そのことを1秒も考えることは出来なかった。
そのまま顔からマグマの敷き詰められた床へと倒れ込んだ。
そのまま数秒が立つ。
すると、メイルの体が燃え出した。
死んでスキルの効果が完全に消滅したようであった。
ヴォルケは立ち上がると、高らかに天へと吠えた。
「『独りぼっちの夏季休暇_Lonely summer vacation_』…!!」
教会の最上階は、聖教国の希望は、跡形も無く燃え尽きた。
◇◇◇◇◇◇
法皇ユグムントは豪華な馬車へと乗り込んでいた。
悪魔を相手にしている騎士三人のうち二人の魔力反応が消えた時点で、法皇は国外へと脱出するための準備を行っていた。
数名の護衛が馬に乗り、馬車が動き出さんとしていた。
「くそっ…!まさか魔王軍の幹部クラスが乗り込んできたとでもいうのか…!?」
ユグムントは手の爪を噛みながら、呻くようにして呟いた。
「せっかくここまでの地位を手に入れ、もう少しで世界を支配できたところでこのざまか…くそ!!」
馬車の床を蹴りながら、忌々しげに窓の外を見た。
教会の最上階に空いた穴から、赤く光る何かが部屋全体を覆っているのが見えた。
「騎士団長ともあろうものがなんたる失態!だから女なんぞを団長に据えたく無かったんだ!」
この先の計画は無い。
しかし、何処かの国で法皇としての身分を利用して政治世界に食い込んでやろうと考えていた。
法皇の心は常に支配と欲望にまみれていた。
大地が揺れる。
地響きが鳴る。
馬が怯えるようにして嘶いた。
法皇は馬車の窓から顔を出すと、近くで驚いた顔をしている護衛に男に声をかけた。
「護衛長!これは何事か!?」
「わ、わかりません!す、すぐに出発しましょう、法皇様!」
「当たり前だ!」
馬車が動き出さんとしたその時、護衛長の地面が盛り上がった。
地面から何かが噴き出し、護衛長を飲み込んだ。
それはマグマだった。
辺りからは、他にも噴き出すマグマの柱が立ち並んでいた。
家が、人が燃え、辺りは阿鼻叫喚だった。
悲鳴が悲鳴を呼び、恐怖が伝播した。
法皇は泣いた。
死を悟り、絶望した。
これは厄災だと。
一際大きいマグマの噴水が、馬車を飲み込んだ。
◇◇◇◇◇◇
未だマグマが熱気を放出する教会の最上階。
ヴォルケは壁も天井もない部屋から外を、聖教国を眺めた。
眼下には、教会を見上げる人々が大勢集まっていた。
「さて…ディメは上から下まで全員殺せって言ってたが…上はあの法皇とかいうやつで…」
頭を掻きながらヴォルケは難しい顔をした。
「下…騎士団の下っ端か?あるいは国民か…?うーん…」
はあ…とヴォルケはため息を一つつくと、ニヤリと笑った。
その体を熱気が包み出した。
腕を眼下に広がる聖教国へ向けて突き出した。
「法皇も逃げたし、この国ごと全部焼いちまえば問題ないよな!」
大地が揺れ、人々から悲鳴があがる。
地面が裂け、裂け目から光が漏れ出す。
国全体が揺れているかのようだった。
「地脈解放…『南国召喚』!!」
マグマが噴き出す。
広場から、人の足元から、家の中から、国のあちこちから。
人々の悲鳴が木霊する。
家に火がつき燃える。
その炎は隣の家を焼き、さらにまた隣の家へと移ってゆく。
倒れた家や木の炎が人へと燃え移る。
馬は暴れ出し、崩れた家が人々を襲う。
人々の苦痛の叫びが木霊し、恐怖は連鎖する。
逃げ場などなく、ただただ自身の死を待つばかりとなる。
人々は天を呪った。
どうしてこんな苦しみを与えたのかと。
自分たちが何をしたのかと。
そして祈った。
せめて自分は苦痛なく召されたいと。
人々の嘆きが、炎とマグマの噴出が収まるまで、ずっと国中に響いた。
そこは地獄だった。
唯一、笑い声が聞こえた場所があった。
教会の最上階だった。
俺には夢があるんだ。
太陽ってあるだろ?
俺はあそこで暮らしてみたいって思ってんだ。
でもよ、いくら俺が”炎の悪魔”でも、太陽なんて行ったら燃え尽きちまうね。
…だから俺はもっと強い力の悪魔になるんだ。
そんで、太陽に俺だけの国を作るんだ。
…くだらないと思うか…?
…笑わないって?しかも応援までするってか?
あんた変わってんなあ…
…いいぜ、俺はあんたの野望とやらに付き合ってやるよ。
その代わり、俺の夢を手伝えよ?
…これは契約じゃねえ。
男と男の『約束』だ。
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