The Demons !!
かませかませ
プロローグ:前編
雲が流れ、金色に光る空、それが辺り一面に広がっていた。
光溢れ、空気が澄み渡り、全てを見通せる場所。
ここは天界。
神と天使が住む天上の世界。
この星が誕生した時から存在しており、生命を創りだし、管理していた。
人間が誕生すると、それを愛し、助け、育んでいった。
下界を見守り、その星の生き物を導くことが神と天使の使命であった。
神聖であり、下界のものには不可侵であるこの場所には、数多くの異世界人が訪れていた。
それは、下界の世界を救うため、魔王などの悪しき存在と戦うために、異世界で死んだ魂を召喚し、転生あるいは転移させていた。
そうした者達を神々は”勇者”呼んだ。
勇者の働きによって、下界の平和は保たれた。
しかし、光あるところに影あり、
正義の味方いるところに悪しき者あり。
神によって召喚される勇者同様、悪しき魔王や魔族も消えぬことは無かった。
そこで神々は、悪を滅するのでは無く、正義の力によって抑圧することで、力のバランスをコントロールしようとした。
勇者勢力と魔王勢力との戦いは長く続いた。
何百年、何千年と戦いは続いたが、決着することは無かった。
しかしそれによって人間同士の戦争は減った。
神への祈りも耐えることが無く、神々の力も増していった。
人は神に誓った。
神を崇めると。
神は誓った。
人々を助けると。
神は人間を助け、人々は神へと感謝した。
…しかしその誓いは密かに破られることとなった。
神々によって…
◇◇◇◇◇◇
目を開いて最初に俺が見た光景は、こちらの目を見ながら微笑み美しい女性の顔だった。女神と名乗ったその女性の顔はとても優しく、どこか母性というものを感じさせる顔だった。
「いきなりの事で驚かせて申し訳ありません。ですが先ずは私の話を聞いて頂きたいのです」
「…ちょっと待ってください。一応聞くんですけど…これって異世界転生ってやつですか?」
「まあ!その様子だとお詳しい様ですね!」
「はあ…まあそこそこは…」
「それでは要点をまとめた上で、こちらの事情を伝えさせて”頂きます」
女神が言うや否や俺の頭の中に見たこともない風景、言語、情報が流れ込んできた。その光景の中にはゲームや漫画で見たことのある様な魔法、エルフやドワーフの様な種族、そして、禍々しくそびえる黒い居城…魔王城が、まるで見てきたかの様にありありと頭に刻まれた様だった。
「…っ…」
「大丈夫でしょうか?」
「…大丈夫です…」
…嘘です。めちゃくちゃ痛かったです。これ一言言ってくれてもよかったんじゃなかろうか…
「こちらの世界の言語や必要な情報を手早く伝えるためとはいえ無理をさせてしまい申し訳ありません…」
女神様が潤んだ目でこちらの目を見つめる。
…うん、許せる。
「いえ、全然大丈夫です」
「まだ辛い様なら言ってくださいね?」
「はい、ありがとうございます。…それで、教えてもらった情報通りだと…人類滅亡を狙う魔王を倒す。それが俺に課せられた転生に対する代償…という感じですかね?」
俺は自分の中で簡単にまとめた情報を確認を込めて女神様に伝えた。
「その通りです。…人界に現れた魔王は何百年もの間人々を苦しめてきました…。強大な力を持った魔王はこちらの世界の勇者と呼ばれる者たちが束になっても敵う相手ではありませんでした…」
「だから…異世界から勇者を呼び寄せたと…」
「その勇者はまさに規格外の力を持っていました。しかし魔王にも届くほどの力を持った異世界の勇者でも、魔王を倒すことができず、最後の力を振り絞って魔王を封印しました…」
うつむく女神様の目から涙が溢れる。
その涙から悲しみや優しさが俺の心に浸透するかの様だった。
「大きな犠牲を払い、長い間人類は平和を手に入れました。しかし…」
「その魔王がもうすぐ復活する…と…」
女神様が涙を拭う。
「そこで我々天界の神々は魔王を滅ぼすべく、異世界より勇者達を召喚しました」
「…勇者達…?」
「はい。あなた様を含め、これまで11人の勇者様の召喚に成功しました。」
「結構呼んだんですね」
「それほどまでに強大な相手なのです…」
女神様が俺の手を取る。
「如月新羅様。いえ、勇者シンラ様、どうかこの世界を、人々を救ってください」
そのすがる様に俺の手を握る女神様を見る俺の心はすでに決まっていた。
「任せてください。俺がそんな奴さっさととっちめちゃいますよ」
「こちらをお持ちください。」
女神様がカードの様なものを手渡してきた。
「これは…?」
「これは『スキルカード』です。」
【ランクSSS:女神イートルの加護】
カードを受け取った俺の頭の中に文字が浮かんできた。
「スキルカードは様々な能力や技術、魔法が封じ込められています。カードはこの世界の様々な場所に存在しています。」
「つまりこのカードを集めることで強くなっていくってことでいいんですか?」
「入手するだけでなく、カードをタッチして使用することでカード毎の能力、『スキル』を覚えることができます」
話を聞きながらカードにタッチする。するとカードは光となって俺のみぞおちのあたりに吸い込まれていった。
「『ステータス』と唱えることで自分の現在の強さやスキルを確認することができます。」
ふむ、ここら辺はお約束だな。
「ステータス」
Name:シンラ・キサラギ
Lv:1
Job:勇者
Status
HP:100(×2)
MP:70(×2)
筋力:45(×2)
魔力:37(×2)
防御力:29(×2)
素早さ:33(×2)
スキル:【女神イートルの加護】
【女神イートルの加護】
女神イートルより与えられし加護。
全ステータスUP、能力への補助効果。
全属性耐性、状態異常耐性、ステータス異常耐性、その他所持者へのマイナス効果耐性。
所持者のレベルによって効果成長。
追加スキル:【鑑定】【千里眼】【拠点間転移】
…女神様の加護スキル強すぎじゃないですか…?
「この扉をくぐれば、そこより人間達の住む人界へと転移します。最後に何かありますか?」
「いえ問題ないです。色々ありがとうございます」
「これから世界の救世主となるかもしれない方ですもの。当然のことをしたまでです」
そういって女神イートル様は胸に手を当てる。
「どうか、どうか世界をお救いください。しかしあなた様も無理をしてはいけません」
「自分のできる範囲で頑張らせていただきます」
そう言って俺は胸を張る。
「我々天界の神・女神一同、世界の均衡を重んじる者として過干渉でない程度ではありますが祈らせてください…。
あなた様に祝福を…」
「それじゃあ、行ってきます」
俺は扉を開く。
そして大きく一歩踏み出した。
「…それではショーを始めさせていただきます」
女神イートルは何も無い虚空に向かい深く頭を垂れた。
すると女神の目の前の空間が歪み、そこに多様な容姿の男女が座ったテーブルが現れた。
「新たな参加者の名はシンラ・キサラギ。生前はいたって特徴のない平凡な生活をいくっておりました。」
11の神々は手元の資料を見ながら女神イートルの芝居がかった演説を聞いていた。
「しかしそんな平凡な日常を送っていた少年キサラギに悲劇が!なんと野犬に喉を噛まれあの世に旅立ちそうになるのでした!」
周りの神々の間から笑い声が聞こえる。
「この少年、その平凡な容姿、生涯とは裏腹になんと!子犬や子猫を様々な方法で殺すのが趣味だったのです!」
大きく腕を広げ、高らかに言う。
「そして今回の死因もいつものように子犬の首を絞め、ナイフで心臓を貫いて命が消える様に興奮していたその時!どこからともなく現れた母犬によって後ろから首をガブリ!」
噛み付くジェスチャーをする。
「そして痛みと驚き、そして恐怖でひっくり返ったところを上から、今度は前の方の首をガブリ!」
噛り付き肉を引きちぎる真似をする。
「哀れ少年キサラギはその16歳という短い生涯を終えたのでした」
「ふん、なんとも愚かな奴だ」
一人の男神がそう言った。
「しかしこの者はこれだけでは終わりません!今回の転生で彼が手に入れたスキル!それこそが彼がダークホースと呼ばれる所以であります。そのスキルこそ、【我が手に命あり】!」
女神は数歩歩く。
「このスキルの効果は対象に殺傷に対する精神的耐性を与えるとともに、生物への特攻補正がかかります。これにより、序盤の勇者の敵を傷つけることへの抵抗を早期に克服し、素早いスタートダをきることができ、さらに特攻補正によって数多くの敵を蹂躙することでしょう!」
「ふむ、なかなか優秀そうではないか、イートルよ」
「しかしお主のことだ、何か裏があるであろう?」
女神はにっこりと微笑む。
「はい。このスキルは強力ですが、そのデメリットとして…殺すことへの殺害衝動が発生します」
「ふん!そんなことだろうと思ったわ」
溜めを含めながら発言する女神に対し偉そうに答える声が響く。
「確かにこれでは彼は人類を守るどころか驚異へとなり得ます。しかし考えてみてください?」
こめかみに人差し指を当てながら後ろを向いて歩き出す女神。
「彼はその趣味性癖とは裏腹にいたって平凡な容姿に性格、そんな彼を一方的に悪く言う者はいないでしょう」
立ち止まり振り返る。
「そしてそこに彼の固有スキルに私が授けた加護スキル…」
「なるほど…確かにこれはなかなか…」
神の一人が呟く。
「まさしく”規格外”の存在となることでしょう!」
大きく腕を広げる。
「さあさあ果たして魔王を討伐し勝者となるのは一体どの異世界の勇者なのか!」
周りを見渡す
「そしてその勇者を見事予想し300年の間我ら神々の会議の決定権を手にするのは一体どの神・女神なのか!」
胸に手を当てお辞儀をする女神。
「これにて女神イートルによる11人目の異世界の勇者、シンラ・キサラギの紹介を終わらせていただきます」
パチパチパチ……
あたりから拍手が聞こえる。
「ククク…それにしても、女神イートルよ。」
「はい、『揺蕩いし海神 クモッズ』様」
「又しても一人、其方の魅惑の網に引っかかった者がでたわけだ。なかなか罪深い女神だなぁ…ククク…」
クモッズと呼ばれた神がそう言った。
「ふふ…人間という生き物が絆されやすいだけですことよ?」
「はっはは!よく言うわ!たぶらかして遊んでおるくせにのう!」
口を開けて笑いながらクモッズが言う。
「その誘惑の毒を撒く唇を是非とも我の物にしたいものだ!」
「チッ…クズ野郎が…」
「ん?なんだダーソ?嫉妬か?見苦しいぞぉ?だから貴様はモテないのだよ」
「んだとテメェ!?死にてえようだなあ!?」
「全く…しょうもない雄どもだな」
「神としての気品が足りんよ」
「全クモッテ喧シイデース!」
「ああ!早く人間どもが死ぬ様子が見たいなあ!」
「勇者同士で殺し合いでもさせるのはどうだ?」
「この手で殺して神の偉大さを知らしめるべきだな…」
「五月蝿い連中じゃなあ…」
「…はあ…」
そこから聞こえる会話は神とされるものの会話とは思えぬような、傲慢さを感じさせるものであった。
その時、女神のいる召喚の間の扉から光が漏れる。
「おや…?」
女神が声を上げる。
そこに、女神の眷属である天使が入ってくる。
そして何やら女神に耳打ちをした。
「皆様、どうやら12人目の異世界からの転生者が現れたようです!」
「ほう、今回は二回連続の紹介となるわけか」
「急な知らせのため皆様のお手元に資料を用意出来ませんでしたが、その分皆様に次の勇者の魅力を十分に伝えられるよう尽力させていただきます」
そう言いながら扉に向けて手を向ける。
「次に来る勇者の名は、
神々は扉へ目を向け身を乗り出したり、椅子の背にもたれたり、腕を組んだり、目を輝かせた。
「この者はどうやら名のある武術の家系の生まれの様です」
扉の隙間からは絶えず光が漏れる。まるでそこから出て来る者をこの先の地獄の旅路を祝福しているかの様だった。
「彼が一体どのような人間なのか!先ずはその人柄を見ることとしましょう!」
女神が扉の取っ手に手をかける。彼女はその顔にいつも人間を相手にするときと同様の見下した目を慈愛に満ちた顔で覆った表情を浮かべる。
「さあおいでなさい異世界から来る勇者よ!そのちっぽけな生を持ってして我ら神々を楽しませよ!!」
そう言って扉を大きく開いた。
光が溢れる。
「そいつはこっちのセリフだ」
その一言、
そのたった一言で、
神々は頭で、体で、本能と呼べる何かで、
自分たちの生涯の歯車が狂うのを感じた。
神々が目を向けるその先には、
喉を刃で貫かれた同胞と、
悪魔がいた。
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