プロローグ:後編

「コフッ」


ドサッ



喉を長い刃物で刺された女神が倒れる。

そしてそこには永遠とも思われる様な沈黙と、女神を刺した黒い”何者か”がいた。


その者は、漆黒の様な肌に、その黒にも負けない様な黒いシルクハット。

そして何よりも、大きな目玉しかない顔が神々の目を引いた。



「き、貴様!!貴様貴様!!」


神の一人が金縛りが解けたかの様に、怒気を孕んだ声で叫んだ。


「自分が一体何をしたかわかっているのか!!神を傷つけたのだぞ!!」


そう叫ぶ神を悪魔は興味なさげに見る。


「そんなこと見れば分かるだろ。なんだ”この世界”の神は頭の中と性根だけでなく、目ん玉まで腐ってるのか?」


バカにしたかの様にそう言う悪魔を、真っ先に叫んだ神は顔を赤黒くしながら睨みつけた。

今までそんなことを言われたことがなかったのかの様に、頭にくっきりと血管を浮かび上がらせている。


「き、貴様ぁ…!!」


「お前は何者だ?」


今にも怒鳴り散らしそうな神を遮る様にして別の神がそう言った。


「お、そこそこまともそうな奴もいるじゃないか」


声のした方に顔を向けながら悪魔は言う。


「ま、確かに名乗りは大切だよなあ…。それじゃ御期待に答えますかね」


そう言うと悪魔は、こちらを見る神々の方に体を向け、仰々しくお辞儀をした。



「我が名は『次元の悪魔 ディメ・ディメンション』。次元を、世界を巡る悪魔であり商人であり、全次元の”改革者”である。以後お見知りおきを」


悪魔はそう名乗った。


しかしいくら待っても悪魔の期待する声は聞こえてこなかった。

疑問に思い顔を上げてみれば戸惑い困惑する顔や怒り睨む顔、蔑み見下す顔はあれど恐怖に慄く顔はどこにも無かった。

知られていないのは良いことだが、ほんの少しの期待通りのリアクションがないことにため息をつきながら、ネクタイの位置を正す。


「ああ、ちなみにそっちは自己紹介とかしなくていいから。興味ないし多分すぐに忘れるだろうからね」


「一体何が目的だ?」


先ほどの叫んだ神がまた怒鳴りそうになるのを発言して遮るのは『悠久の煉獄神 エカモース』。

悪魔の記憶では神々の中でもまとめ役という実質リーダーの立場の男神である。


「人類の神への謀反か?それとも地獄の悪魔が地上の魔族と結託して天界の征服でも企てたか?」


この世界にも悪魔はいる。そして魔族とはその悪魔の上位存在である。


「そんなお前らの次にしょーもない連中と一緒にしないでほしいね」


ため息をつきながら悪魔は言う。


「さっき言ったと思うが俺は次元の名を持つ悪魔だ。この世界とは違う世界から来たのさ」


「…違う世界?そんな奴が一体何の用があって我らの同胞に手をかけ、今、目の前に立っている?」


「お怒りのようで?」


「質問に答えろ。悪魔風情が」


ふざけた調子で話していた悪魔のニヤけた目がふと鋭く神々を見据える。


「ここまで来てまだ分かんねえのか?決まってんだろ?」



悪魔は首を掻っ切るジェスチャーをした。



「お前らを殺しに来たのさ」






その場は騒然となった。


怒り狂い怒鳴り散らす者、高笑いをする者爆笑する者、憎しみを込めて睨む者見下す者、興味深そうに見る者目を輝かせて食い入る様に見る者、静かに静観する者……。


そんな中にあっても悪魔は言葉を続ける。


「俺は思ったのさ、この世界がここまでしょうもないのは一体どうしてか?考え考えた結果俺はわかったのさ。疑問の答えは簡単だ…お前ら神がしょうもない連中だからさ」


一息置いてから悪魔はそう言った。


「そりゃもちろん神の中にもまともで真面目で慈愛に満ち溢れて優しさの権化で人や世界を愛して平等でいて時に厳しく接する様なすっっっっっばらしい神様とやらもいるだろうさ…お前らとは180度と300万光年かけ離れた神、がな?」


一息でそう言うや否や横を向いて苦しそうに大きく呼吸をしだす悪魔。

息を整え再度向き直る。


「だが蓋を開けてみればどうだ?世界は残酷、神は怠慢、人間は絶望してると来たもんだ。こりゃあ一肌脱ぐしかないと思ったのさ」


そう言って悪魔は話を締めくくった。



「本当にそんなことができると思っているのか?」


神エカモースがそう言った。


「私が知る範囲でもこの場所以外にも世界は無数に広がっている。それらすべての世界に行き、そこに住む神やそれに準ずる者共を全員始末すると、…本気で言っているのか?」


静寂。


「何回聞かれても俺の答えは…”Yes”、だ」


悪魔ディメはそう答えた。




「笑止!!!」


そう言うと男神エカモースは身に纏う鎧のぶつかる音を響かせながら立ち上がった。


「その様な戯言をぬかす悪魔ごときに我々が臆すとでも思ったか?」


それに遅れる様に他の神々も立ち上がる。


「不意をついてそこの女神を殺した程度で奢るとは…やはり悪魔とはチンケな存在ですな」


「あーあー、まだそいつとは一回もヤってなかったのになあ…もったいねえ」


「あいつは我が殺す!!貴様らは手を出すな!!」


「えー?僕あいつと闘ってみたーい!」


「一瞬で終わらせてやろう」


口々にそう言うと、それぞれスキルを発動させる。


空間の歪みの窓越しに召喚の間に圧倒的な魔力が溢れ出す。



「この世に生を持ったこと、我らの前で悔やむがいい」










「んー…」


顎に手を当てて悪魔、ディメは言う。


「別に俺一人で相手してもいいんだが…それじゃあ時間がかかり過ぎるしー…」


ニヤリ、と


ディメの目が笑う。






「予定通り手分けするか」




パチンッ



召喚の間にディメの指が鳴らした音が響く。


神々の座るテーブルの後ろに突如としてドアが現れるのが見える。

いち早く気づいたエカモースに続き他の神々も後ろを振り返る。

そこには先ほどまでなかったはずのドアがあった。



ガチャッ



あるドアはゆっくりと内側からドアが開き、


あるドアは激しく軋み内側から吹き飛ばされ、


あるドアは内側から激しく燃え上がり、


あるドアは内側から何かに切り刻まれた。




そして神々の前に、またして人ならざるものが現れた。





「紹介しよう」


ディメはそう言って腕を広げた



「俺の友達であり、仲間であり…家族である悪魔達だ」



ある悪魔は腕が赤く黄色く白く輝き、


ある悪魔は何処からともなく刀を取り出し、


ある悪魔は後ろから異形の怪物を従え、


ある悪魔はコートを棚引かせ虹色に輝く人差し指を銃の様に構える。



「それじゃあ別れも惜しいところだが……」









「殺せ」









「…」


 「お前もいつまで寝たふりしてんだ?女神さんよ」


「…!」


そう言って悪魔は喉を刃物で貫かれ、息絶えていたかと思われた女神の側に立った。

その女神の体は弱々しい呼吸によって微かに動いていた。


「あんた運が良いなあ。他の神の連中の死に様を拝めるんだからな。まさしく特等席ってわけだ」


しかしそこで悪魔ディメは首をひねる。


「…しかしおかしいなあ。確かに喉を『堕ちた歌姫』で刺してんのになんで特定部位即死効果で死ななかったんだ?」


考えるのを諦めた様に肩を竦める。


「神ってのは頑丈だねえ」



ズガガガガガ……



そう言っている間にも召喚の間では激しい戦闘が繰り広げられていた。


「そら、見えにくいだろうから見えやすくしてやるよ」


そう言いながらディメは床にうつ伏せに横たわっていた女神の髪を掴んで無理やり顔を持ち上げた。


「ほら、これでよーく見えるだろ?」


女神の顔を覗き込みながらその一つの目玉しかない顔でニヤリと笑った。


「さてさてあいつらはどんな様子かな…?」



「おいおい、お前そんな頑丈そうな見た目のくせに打たれ弱いんじゃねえかぁー?もっと根性見せろやオラァ!」


「貴様の刀、良い刀だ…。うつくしい刀身だ…、お前には勿体無い。代わりに私がもらい受けることにしよう…」


「ケハハ!そんなに逃げてちゃ終わんねぇぞお!右腕の次は左脚をもらってやるよ!」


「君たちには愛が足りないよ愛が!恋の伝道師である僕が君たちの恋の特別レッスンをしてあげるよ!イエーイ!」



そこには絶対的存在であると自身のことを疑いもしなかった神達が苦戦を強いられている様子が見えていた。


「お、『質量』の奴さては最近流行ってるプロレス漫画に影響されたな?」


「『刀』の奴またコレクションを増やす気か…俺にはほとんど同じに見えるんだがなあ…」


「あー右足も持ってかれたなー。あれじゃあまるで虫だな」


「あーダメ!あーこれはあかん。テレビなら絶対放送コード超えちゃってるよあれ、見てられねえな…まあ見るけど」



その一つ一つの様子をまるで実況解説でもするかの様にディメは眺めていった。


「さて、そろそろ向こうも終わりそうだし後はお前だけだな」


掴んでいた髪から手を離し、蔑む様にして足元の女神を見下す。


「これでこの世界の神の領域は手中に収めたってわけだな。予定より早く終わりそうだな」


そう言ってズボンのポッケに手を突っ込む。




「…る…な…」


「…るな…」


「ん?」



「私をぞんな目で見るなああああああああああああああああああああああああああああ!!」



叫び声をあげながら女神が勢い良くディメに摑みかかる。


「!」


「わだじは!!この神域のトップどなり!!人類だげでなく、世界も神々をも支配ずる!!絶対神どなる存在だ!!」


ディメの首を絞めながら喉にナイフが刺さったまま叫び続ける。


「ぞれを!!貴様ら如ぎ悪魔風情に!!邪魔されでだまるがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


血反吐を吐き、目から血を流しながら叫び、首を絞める力を強めていく。


「死ね!!死ね死ねしねいsねいsねいsねいs目おs目指名sねいsねいs目おsジェおっ死ね死ね氏えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」






「醜いねえ。神たる存在とは思えん。まるで人間のようだな」






ディメは女神イートルの喉に刺さっていたナイフを抜き、すぐさま首を絞めていた女神の手を切り落とす。

女神の目は落ちていく自身の手に釘付けになった。

そしてディメは後ろに下がりながら、ナイフを持った右手とは反対の手をポケットから出して何かを女神に投げつける。


「!!」


切り離した女神の手がボトリと地面に落ちる。


「お前がどんな地位や力や野望を持っていようが関係無いね。」


ピンの抜かれたガスグレネードが女神の顔の前で踊る。


「何が立ち塞がろうがそれら全てを壊し滅ぼし滅し轢き潰す」


ガスグレネードから急速に気体の噴出する音が聞こえてくる。



「最後に笑うのは、俺達、いや…」




「俺だ」




ボトリ



女神の切り落とされたのとは反対の腕が地面に落ちる。


「!!? わ、わだじの腕があああああああ!?」


そう叫ぶ間にも女神の身体がボロボロと崩れていく。


「ぎざまああああああああああああ!!!わだじにいっだいなにをじだああああああああああああああああ!!!」


「O-End製薬会社製『有機物分解酸素生命体 OΩ《オー・オメガ》』だよ。えーと説明書によると…?…『あらゆる有機物を酸素に分解する特別な微生物によって周りの無機物を一切傷つけることなく迅速かつクリーンに有機生命体の排除ができます…』…だってよ」


「グギがああああああああああああああああああああああ!!!」


「ちなみに、『約5分で使用した微生物は死滅する安心設計…』だとよ。よかったな!」


「が、がだがああああああああああああああがああああああああああああああ!!!」


「…叫ぶ以外に何か言うことはないのか?」


呆れたように首を横に振って溜息をつく。


「だ、だのむ!い、いのぢだげば…!!」


「ダメ」


命乞いを始めようとした女神を一蹴し、ディメは終わったものだと跡かたずけを始めた。

女神の身体から外れて落ちたアクセサリーの音が召喚の間に広がる。


「ご、ごんなごどじで、だ、だだでずむど、お、おもぶ、なよ…!!が、がならず!がならずぎざま、らば、ばずをうげるだろぶ…!1」


「あーもー何言ってるか全っ然わからん。同じ言語で話せ」


ディメが自分が扉から出る前に殺した少年の死体を、新たに出現させたドアの中に放り投げて片ずけながら言った。


「ご、ごの…ぐ、ぐぞ……クソ野郎共め…」


女神の身体は完全に崩壊し、風が吹いた後には分微生物に分解されなかった貴金属などが残った。


「ああ、やっと聞き取れたな」


ディメの大きな一つ目がニヤリと歪む。


「ありがとう」



何もいなくなった広い広い召喚の間で、ディメは女神がいた場所にお辞儀をして呟いた。





「最高の褒め言葉だ!」
















_________________________




注意事項のようなもの


・この作品は、悪魔と呼ばれる”人外”が主人公です。

・敵として人間などがボコボコにされますが、作者は人間嫌いでも悪魔崇拝者でもありません。

・人間よりも異形頭やケモノなどの人外が好きなだけです。

・聞いたり見たことのある設定の異世界転生・転移者などが登場するかもしれませんが、それらは他作品の登場人物を批判したりいじったりしているわけではありません。


・文章に拙い面や何言ってるか訳わからない部分もあると思いますが、生温かい目で見てやってください。




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