燃え上がり連鎖する絶望と、眩しくも醒めぬ眠り 1 (副題;お礼がしたい!)

 「さてトモ君、君が晴れて俺ら悪魔の新たなる仲間となったわけだが、それに伴い決めておく必要があることがある」


ディメの所有する、別次元に存在する家。

そこはとある世界のオンボロアパートの扉と繋がっていた。


その先に広がる玄関と廊下、さらに廊下の先の扉を抜けるとリビングに辿り着く。

その部屋には5人の悪魔がいた。




シルクハットを被った黒い一つ目の悪魔、ディメ。


煙の体を持つ背が高くガタイの良い悪魔、ルイン。


心臓の体を持つ一頭身の悪魔、マァゴ。


とんがり帽を被った目玉頭の悪魔、ファジー。


そして、白い毛皮と髪を持つ赤い瞳の獣人の少女、トモ。





ディメは、ソファや椅子に座る4人の前に立って話をしていた。


「お前は俺…俺達に恩返し…あー…行き倒れのお前を拾ったことと、その身の保護のお礼をしたいって言ってたよな?」


ディメは少しうつむきながら、うなずいた。


「なら、ここにいる俺を含めた4人のいうことをきいてもらう」


トモは自分の周りに座る悪魔達を見回した。

悪魔達の目がトモへと注がれる。

トモはより一層縮こまってしまった。


ディメは自分の胸を右手で指差した。


「俺は色々な異世界を旅して商売をしている…一応、な」


薄ら笑いを浮かべるディメ。


「その仕事の手伝いをしてもらいたい」


「お…お仕事の…お、お手伝い…です…か…?」


トモは怖がりながらディメに尋ねた。

その目は少し涙に濡れている。


「なに、別に何かを作れだの、商品を売りに行けだの言ってるわけじゃあない」


腕を組んでトモを見下ろすと、首をふった。


「単なる荷物持ちだ。俺の代わりに鞄を持ってついて来るだけで良い、簡単な仕事だ」


トモはホッと息を吐いた。

しかし、その横槍をファジーが入れた。


「簡単な仕事、ねえ…商売相手は危険な連中ばかりだぞ?とって食われるか、流れ弾でくたばっちまうかもなあ…?」


ファジーは意地悪そうに目玉でニヤリと笑った。


「こないだも、『異次元聖教会』とやらに追いかけ回されてなかったっけな?そこの信仰してる牙いっぱい爪いっぱい、目玉多めの天使のバケモンが襲いかかってたっけなあ?」


「…ファジー…」


ディメがファジーを睨みつける。

トモの横にいるルインとマァゴがため息をついた。

トモは血の気の引いた顔で下を見つめていた。


「なんだよ?事実だろ?」


「…まあそうだな」


部屋の空気が少し静かになった。


「…じゃあ次は俺だな」


ファジーがトモの方を向いた。


「俺はディメの仕事の手伝いで傭兵まがいのことをしているが、本職は魔法薬の研究製造販売だ」


そう言いながら、目玉の下を右手の人差し指と親指で挟んだ。


「そうだなあ…お前には魔法薬の研究を手伝ってもらおうか?」


そう言うと、薄気味悪い小さな笑い声を出しながらにやけた。


「いやあ、実験用のモルモットが足りてなかったんだ。おまけに治験としては高品質の実験体だなあ。悪魔で獣人だから身体も頑丈だろうしなあ…?」


ファジーは身を乗り出してトモの顔を覗き込む。

その不気味に光る目玉に見つめられ、トモは蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなってしまった。

トモを映すファジーの瞳は、不気味に光ってトモを興味深げに見つめた。

ルインがファジーの頭を叩こうと立ち上がりかけるが、それより先にトモが口を開いた。


「わ…私に…できることが、あったら…な、なんでも…い、言って、ください…」


トモはか細い声を絞り出して答えた。

その声は、少ない勇気を振り絞ってひねり出されたかのようなものだった。

目には涙が滲み、鱗のようなもので覆われた手は強く握り締められていた。

細かく震える体を見て、ディメとルインはフッと軽く息を吐いた。


「…チッ…」


ファジーはつまらなさそうに舌打ちをすると、そっぽを向いて一人がけのソファに体を預けた。

ルインは椅子に座りなおした。


マァゴが立ち上がって、トモの前に立った。


「じゃあ次は僕の番だね!」


トモの両手をそれよりも大きな、白い手袋をはめた手で握った。


「改めまして自己紹介!僕はマァゴ!世界を真の平和へと導くため、この世界へとやって来た神さ!」


「か、神…様…!?」


トモは驚愕の表情を浮かべて目を見開いた。

口を開いたままでマァゴの大きな目玉を見つめた。


「そうさ!僕は神様!」


笑顔を浮かべながらトモに話しかける。


「他のミジンコみたいな連中とは違う、真の神だ。全ての神を喰らいて新たなる世界を創りし者…」


マァゴの子供のような声と口調が徐々に変化してゆく。

笑顔が消えてゆき、無を具現化したかのような顔となる。

声はこの世のものでは無くなり、全てを凍らし恐怖へと導くような冷たい声だ。

トモを握る手も氷のように冷たさを帯びてゆく。

トモの顔を、身が凍るその体を、背筋を頰を、冷や汗が伝う。


「君は僕に何を与えてくれる?何を捧げる?」


あたりの空気が異質なものへと変化してゆく。

そこだけ別の世界となったかのようであった。


ルインが今度こそ止めようと立ち上がる。

ディメが懐に手を入れて、何かを掴む。

ファジーは興味深げにその光景を眺めた。






「わ、わたしは…マ、マァゴ…様の…と、友達で…す…!」


トモは声を絞り出してマァゴへと言った。

マァゴがトモの顔を見つめる。

虚空のような黒のマァゴの瞳にトモの顔が映る。


時間が経過する…


マァゴがトモの手を離す。

目を瞑ると、思案するかのように静かになる。

異質な空気が徐々に鎮静化してゆく。


トモはそれを不安げな表情を浮かべて見つめていた。


マァゴが声を出した。


「…80点、かな」


「…え…?」


マァゴは一つ目でニコリ、と笑った。


「マァゴ様じゃなくて、マァゴでいいよ!」


マァゴはトモへと飛びかかり、そのまま抱きついてその場をクルクルと回った。


「それと、君は僕の友達じゃなくて親友だよ!」


マァゴは嬉しそうにしているが、抱きつかれているトモは目を回しており、話が入ってきているようには見えなかった。

ファジーは興味を失ったかのように目を瞑り、ディメは楽しそうにフッと息を吐き、ルインは安心してように溜息をついた。








「さて、二人が落ち着いたところで、最後はルインだな」


ディメが視線を煙頭の男、ルインへと向けた。

ルインはトモの方へと体を向けた。

トモは慌てたようにルインへと頭を下げた。


「ト、トモです…よ、よろしくお願い…します、ルインネス、さん…」


ルインが目を細めた。

ディメの方へと顔を向ける。


「…ディメが教えたのか」


ディメは肩をすくめた。


「何か問題でも?ただの本名だろ?」


「…トモ、ルインでいい。ルインネスは長い」


ルインはトモへと再び顔を向けた。

腕を組んでトモを見つめる。


「…俺は別に何もしてもらわなくても構わない」


「…で、でも…」


「…なら、家事の手伝いやお使いとかをしてくれればいい」


ルインの目が優しくなる。

その目は愛しいものを見るような、優しさを感じさせていた。


「わ、わたし…もっと、役に…立ちたくて…」


「…難しいことはしなくていい、君ができることをすればいい」


ルインはトモのそばに近寄ると、白い髪が光るその頭を優しく撫でた。

撫でるその手は、壊れやすいものを、危ういものを丁寧に扱うかのような手つきだった。

撫でられるトモは目を細めて、少し怖がりながらも気持ちよさそうにしていた。


「話は済んだかい?」


ディメが二人に声をかける。

ニヤニヤと笑うディメに見られ、ルインはバツが悪そうに頭に手をやった。

マァゴは羨ましそうに見ていた。


「まあそういうわけで、ここで居候するからには働いてもらうよ…じゃあ解散!」


ディメが手を数回叩くと、悪魔達は席を立って思い思いに動き出した。

トモは周りを見渡すと、少し焦るかのように喋り出した。


「あ、あの…な、何か…手伝い、ことは…」


「うん?…ああ、早速仕事がしたいってか…ルインー…」


「…そうだな…なら、近くの自販機で飲み物を買ってきてくれ。人数分」


ルインは台所に入ると、近くの戸棚からエコバックを、上着のポケットからガマ口の小銭入れを取り出した。

小銭入れをエコバックに入れると、トモに渡した。

そして、マァゴの方を向いた。


「マァゴ、ついて行ってやってくれ」


「オッケー!」


マァゴはトモの手を取ると、その手を引っ張ってリビングを出て行った。

そのまま玄関へと向かう。


「トモちゃん!このマァゴ様がこの街を案内してあげるよ!」


マァゴは笑顔で走る。

その後に手を握られているトモが続く。

慌ててついていくトモの顔は驚きながらも、どこか嬉しそうであった。

マァゴがドアノブに手をかけた。


「それじゃあレッツゴー!」


ドアが一気に開かれた。









荒々しく波が崖の側面の岩を削る。

目の前に白く泡が立つ海が広がった。


崖にマァゴとトモがぶら下がるようにして宙に浮かんでいた。

…正確には、ルインに足を掴まれたトモとマァゴが崖で宙ぶらりんの状態…であった。


「おーい、言い忘れてたが、ドアの接続先崖になってるからなー。変えとけよー」


リビングの方からディメが話しかけてきた。

崖から落ちかけた二人とそれを助けたルインに対して、のんびりしているかのような声をかけられて、ルインは少々怒りと呆れを感じた。


崖から引き上げて玄関い二人を下ろすと、ルインは溜息を吐いた。


「二人共、大丈夫か?」


「楽しかったー!」


マァゴは楽しそうに笑い出した。

崖から落ちかけたというのに、全く怖がる様子はなかった。


「トモ、大丈夫か…?」


「トモちゃん!楽しかったね!」


「…」


ルインとマァゴがトモに話しかける。

しかし、返事が無い。


「…トモちゃん?」


トモの体からは力が抜けており、マァゴに頰を軽く突かれても無抵抗だった。

…完全に気絶していた。


「…あー…」


「…はあ…マァゴ、部屋に運ぶぞ」


「…うん」


波の音が鳴り響く玄関のドアが閉じられ、トモを抱えたルインとその後に続くマァゴはその場を後にした。









◇◇◇◇◇◇











玄関のドアが開かれる。

二人分の足音が廊下に響いた。

リビングのドアが開かれた。


「おーっす!来てやったぜー?」


「邪魔するよ」


二人の男がリビングに入って来た。


一人はアロハシャツと短パンを着ていた。

肌は濃い灰色で頭には黒い角、顔には火のように赤く光る瞳の一つ目が。

ズボンのポケットに手を突っ込んで、片手を上げる。


一人はゆったりとした黒いズボンと白いパーカーを着ており、その服についたフードを被っていた。

頭には二つに割れた後輪が浮かび、白目部分が黒く、瞳が真っ白な三つの目玉を開いていた。

アロハシャツの男の後ろを静かに歩いていた。





ディメはソファに座り、どこからか持ち出したのか缶コーヒーを飲んでいた。


「お、やっと来たか…ヴォルケイノス、明光」


ディメはニヤリと笑った。


「さて、仕事の話だ」



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