異世界巨大迷宮攻略大作戦 part 9

 異世界に作られた巨大な迷宮の探索…

好きな奴が聞けばよだれダラダラのシチュエーションだろうな。

だが生憎俺はそう言うのはそこまで好きと言うわけではない。

それよりも、薄暗い路地裏の方が俺は好きだな。

そこに人間…もしくはそれに近い種族…それも希望に満ち溢れたようなやつを追い詰めてる時なんか、俺は大いに興奮するね!


だがここは残念ながら路地裏でも、一人暮らしの女が住むアパートでも、ましてや夜の街でもない。

訳わからん容姿をしたモンスター蔓延る”ダンジョンだ”。

そこへ一人足を運ぶのは、この俺…”殺人の悪魔"モルデさ!








「聞いてた話とちげえ!!」


俺は今、さっきまで慎重に歩いてきた通路を、コートの裾をはためかせ真っ直ぐに引き返して。

走りながら。

そして俺がさっきまで進もうとしていた通路の先には、ローブを身に纏った醜悪な見た目の人型のモンスター…亜人とかいう種族…7,8体くらいが横一列に並び、俺の背中に向かって火の玉やら氷の塊を飛ばしてきている。


チクショウ!聞いてた話とちげえぞ!


ディメが言うには、ダンジョンのこの区画にゃ人型のモンスターが大量にいるから俺の独壇場になるとかぬかしてたのにこのざまだ!

話がちげえじゃねえか!


俺がこの場にいないクソ野郎に向けて頭の中で呪詛を吐き散らしまくっている間も、背後からは小柄な亜人やらツノの生えたデカブツやらが魔法みたいなのを撃ちまくってやがる!

あんまり精度は良くねえのか壁やら床やらに外してぶつけまくってるが、数が数だけに弾幕を貼られて近寄れねえ!

武器でガードしようにも、弓矢ならまだしも魔法じゃ防げてもダメージを喰らっちまう!

だから今のところ、俺には逃げる一手しか選べねえってわけだ。

fu○kクソったれ!!


俺はなんとか最後に曲がった曲がり角までたどり着き、背中ギリギリまで迫っていた火の球を曲がり角を曲がることで間一髪回避した。

そのまま曲がり角の石造りの壁に背中をつけ、コートの内側から折り畳み式の手鏡を取り出し、それを曲がり角の外へと出して反射した鏡面を確認する。

どうやら少しずつだが俺の隠れた曲がり角へと距離を詰めてきているらしい。

先頭の小柄な三人は手にナイフを持ち油断なく前方を警戒して進んでいる。

その後方にいる奴らは片手を前方へと掲げながら、鋭い目つきでこちらも前進している。


…どうやら相手側にそこそこ優秀な教官か指揮官がいるらしいな。


俺はファンタジー世界の生態系なんざ詳しくねえ。

そりゃあ殺人の悪魔として人型モンスター…亜人?の体の構造くらいは一通り頭にゃ入れたつもりだ。

その上で仕事で相手にしなけりゃならん時はその都度調べてた。

だが、そんな俺でもこいつは異常なことだってわかるぜ。




「なんてったって、あのゴブリンやらオーガが、魔法をバンバンに売ってきてるんだからな…出会った全員が」







「…サーソ様の指示だ、いいか…『前列に近接武器を持った者を数名配置、後列の者は片手でのみ魔法発動準備、もう片方の手は状況に応じての魔法行使に使用しろ』…とのことだ」


「「「了解した」」」


俺はゴブリン。

名前はないが、”245”という番号がある。

俺はいくつか編成されたダンジョン内の巡回部隊の一つに配置された隊長だ。


今まで、ダンジョン内をただ徘徊するだけだった俺たち魔物に、ソーカ様は部隊の編成を指示し、おまけに全員を魔法職へと鍛え上げた。

この前代未聞の指示には俺も驚いた。

俺達ゴブリンやオーガはいわば前衛職。

刃物などの武器を片手に敵と接近戦をするものだと思っていた。

いや、本能的にそうあるべきと頭の中に刻み込まれていた。


しかし今になってわかる。

これまでダンジョン内へと侵入してきた冒険者共は、俺たちがゴブリンやオーガとわかるや否やすぐに武器を抜いて切り掛かってきていた。

そんな今となっては無防備としか思えない行動をした連中へと魔法を放てば、まるで吸い込まれるようにして命中していく。

そして魔法を放たれた冒険者共は皆一様に心底驚いた顔をした。

それは、今まで蹂躙されるしかなかった俺たちにとって、とても痛快なものだった。


これこそソーカ様の狙いであったと今となっては大いに理解できる。

敵の先入観をついた恐るべき戦略であると。





「隊長、そろそろ曲がり角に到着します」


「ああ、先ほど連絡した16番隊が攻撃を開始するとともに、角を曲がって前列が近距離攻撃魔法を発動、それと同時に後列も角を曲がっての攻撃…これでいこう」


「皆んな聞いたな?別部隊の攻撃と同時に俺たちも先頭へと加入するぞ!」


「「「了解!!」」」


全員が戦闘態勢のまま曲がり角から10メートル前後の位置で待機をする。


「うわあ!!?」


待機から数分後、曲がり角の先からそんな叫び声が聞こえてきた。

それと同時に俺は突撃の指示を出した。


「今だ!」


作戦通り前列のゴブリン三名がナイフを片手に、もう片方の手で近距離魔法を発動。

そのまま後列のゴブリン・オーガも角を曲がり、敵を捕捉せんとする。


しかし、そこで全員の思考が一瞬だが停止する。

そこにいる筈の、先程驚いた声を発したはずの侵入者。

その姿がどこにもいないのである。

その代わりとばかりに胸や首を何か鋭いもので切り裂かれ突き刺された、数名の仲間の死体が転がっていた。


全員が侵入者がどこへ消えたのか思考するのに、ほんの1、2秒を費やした。

その数秒思考する俺たちへと声がかけられた。




頭上から





「いないいないばあ」






天井に、俺たちへ背を向けて情けなく逃げていたあの男が、壁と天井に突き刺さった何かの柄のような物で体を支えて張り付いていた


それは一瞬の出来事だった。


そいつは天井から落下しながら、さっきまでは持っていなかった小ぶりなハンマーで、ナイフを構えていた前衛のゴブリン一人の頭を叩き割った。

そしてすぐさまハンマーから手を離すと、もう片方の手に持っていた天井に指していたであろうナイフで、前列にいたもう一人のゴブリンの緩急を突き刺した。

そしてハンマーを手離した手の方のコートの袖からナイフが飛び出したのが視界の端に見えた。

そのまま流れるような動きでそのシンプルなデザインのナイフを前列最後のゴブリンへと投げつけた。

そのナイフは吸い込まれるようにして眼球へ…先程刺されたゴブリンとは反対の眼球へ…と突き刺さった。


ここまで十秒前後の出来事だった。


しかし我々もただ見ていたわけではなかった。

直ぐさま掲げていた腕をその男へと向け、無事な者全員で魔法を行使した。


魔法は問題なく発動した。

各々の掌に浮かんだ魔法陣から、炎、氷、雷、風の魔法が解き放たれた。

それはどれも初級から中級の間ほどの威力しかない物だったが、それでもこの数十センチの近距離で放てば階級以上の威力が出る。

おまけにこの距離で魔法を外したものなど、この部隊の中には一人としていなかった。

もしそんな奴がいれば、サーソ様の地獄の様な扱きを浴びることになる。

それはサーソ様に対する畏怖の念でもあり、自身の魔法技術の自信でもあった。


そして、発動した魔法が着弾し、爆発と共に砂埃が舞う。

魔法を放った全員が手応えを感じながら、砂埃が収まるのを待った。

そうして視界が晴れていく。


だが、晴れた視界の先には我々が期待した光景は無かった。


そこには、上半身が吹き飛んだ同胞の死体が、残った下半身のみで立っていた。


俺は嫌な予感とともに背後を振り返る。

そんな背後を振り返った俺の目の前で、仲間が二人、ゆっくりと崩れ落ちていくのが見えた。

その二人の首からは血が吹き出し、壁へと不気味な模様を描いていく。


そこには、ニタリと不気味に笑う”悪魔”の姿があった。


その不気味な笑顔の張り付いた顔の、左頬の端の方が燃えていた。

まるで、顔にが張り付いているかのようだった。

それを違和感として感じ取った男が左頬へと手を当てる。

そしてそのまま何かを捲るようにしてを剥がしていった。


そうして顔の皮が全て剥がれ、そこに現れた顔には口がなく、おまけに鼻も耳も存在しなかった。

そこには逆三角形状に配置された、三つの眼だけが並んでいた。

三つの目玉が、俺達の顔を見つめていた。

それぞれの目が似たりと笑った時、俺は息が出来ない程の、恐怖にも似た威圧プレッシャーを本能が感じ取った。


それは、過去に一度だけ見たことのあったこのダンジョンの主人、ヒロシ様の持つ圧倒的強者のオーラとは全く異なるもの。

それは人でも、モンスターでも、ヒロシ様のでも出すことの出来ない、異様で異質で異形なもの。

自分達には全くの興味が無い。

しかしその目には俺たちの無残な死体だけが映っているかのよう。

つまりは、俺達を殺すことが酷く楽しみで、冷たく、残酷で無邪気な感情が漏れ出したかのようなオーラを、俺は感じ取った。

それは、まるで”悪魔”であった




そんな中、仲間達が死を恐れ必死の思いで魔法陣を構築し、魔法を悪魔へと放っていく。

だが悪魔はそれを左右に動くだけの最小限の動きで回避し、こちらへ向けて前進していく。

視線も、頭も動かさず、まるで過去にも今の魔法のような、いやそれ以上の速度の何かを回避してきたような慣れた動きだった。

そうした動きの合間にも一人、また一人と仲間達が首を刺されていく。

刺された仲間達は首から漏れる血や空気を押しとどめようと首を押さえる。

しかしその抑えた手や指の隙間からも血や空気が漏れ出してゆく。

ゴボゴボと粘度の高い液体が泡立つ音が通路に響いていく。

悪魔はその音を心地良さそうに、うっとりとした表情で聞いていた。


「あー…いい音だ…着信音にしたいくらい、いい音だなぁ…」


悪魔が初めて口を開いた。

いや、口が見当たらない顔で喋り出したと言うべきか。

どうやって喋っているのか気になったが、今はそれどころでは無い。


「俺はよお、ホントはなあ、お前らみたいな飛び道具使いを大人数相手にゃできねえんだよな」


そう言いながら悪魔は手に持ったナイフを見せびらかすようにして顔の横に掲げた。

そのナイフの刃には、首を刺された仲間達の血がべったりとついていた。


「けどよお、ここは結構狭いからなあ…もっと広い場所だったら危なかったかもなあ?今みてえにすぐに距離を詰められねえからなあ!」


ケケケと悪魔は面白そうに笑い出した。


俺は悪魔の今の発言とふざけた笑い声で完全に頭に血が上った。

それはこうして魔法職によって部隊を作り、それをダンジョン内へと配置する作戦を考え実行した、サーソ様を侮辱する発言だった。

その発言は、決して許されるものでは無い…!

俺は背中に回していた手に魔法陣を構築。

回避されることなどを考慮してある属性の魔法を準備する。


そして、悪魔が気まぐれに始めた話は終わりとばかりにこちらへ向かって走り出す寸前。

俺は背後に回していた手を悪魔へと向けて突き出した。

そもまま一気に魔法を解き放つ。


「『雷刺針』!!」


悪魔はその魔法を目視すると同時に、俺の思惑に気がついたようだ。


俺の放った魔法には他の雷系の魔法ほどの攻撃力は無い。

しかし、この魔法の一番の特徴はその速度にある。

練度や内包魔力にもよるが、それでもかなりの速度が出るこの魔法を今まで回避できた侵入者はいない。

だが今回の狙いは目の前の侵入者では無い。

走り出し、地面に足をつけて間もない、床を踏み締める足である。

その状態の足ならばすぐに動かすこともできない。


そして足に突き刺さった電気の針は悪魔の動きを少しの間止めることができるだろう。

そうしてできたチャンスにかければ、まだ勝機はある!

俺は魔法を放ったと同時にすぐにもう片方の手で魔法陣を構築する。






結論から言えば作戦は失敗した。


俺の放った『雷刺針』は悪魔の足に突き刺さることは無かった。

悪魔がタイミングよく振った腕。

そのコートの裾から飛び出したナイフ。

そのナイフの刃部分の平らな面に、魔法によって作られた雷の針が弾かれてしまったのだ。


そのまま悪魔は俺の目前まで肉薄すると、魔法を防いだ腕とは反対の、コートの内側に突っ込んだ腕を下から上へと縦に振るった。

その手に握られた鉈のような刃物によって俺の顔の右目を切り裂いた。

そして魔法を防いだ方の腕で俺の顔を掴んで、後方にいた仲間の一人へと俺を投げつけた。

俺が投げられ仲間と衝突したことに動揺した最後の仲間が、投げつけられたナタのような刃物が頭へと突き刺さった。


こうしてダンジョン内の一角で起きた、一対複数名による戦闘がわずか数分で終了したのだった。








俺は倒れたまま最後の力を振り絞り、サーソ様へと念話を繋げようとした。

しかし何度通信を送っても、サーソ様が答えることは無かった。


絶望する俺の目の前へと悪魔が蹲み込んだ。


「いいねその顔」






俺は、叫びたかった。



だが、できなかった。



もはや、恐怖で呻き声すら上げることもできなかった。








目の前が暗くなる寸前、悪魔の囁きが聞こえてきた。









「次の奴はどんな顔で死んでくんだろなあ…?」




ケケケケケケケケケケケケ………



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る